英雄と並ぶ人物
「話を戻すけれど、レン君は参加ということでいいかい?」
ナーゲンに問い掛けられる。俺は……小さくため息をつき、
「シュウさんが関わる以上……そしてラキが出場する以上、出なければならないでしょうね」
「わかった。頼むよ」
――とうとう、自らの意志で出場に同意してしまった。今まで必死に抵抗してきたが、結局乱立したフラグを回収する他なかった。
「そういえばセシルが、君の出場に関して言及していたはずだね……一報を聞いたら、喜びそうだ」
「なんか、嫌な予感しかしないんですけど……」
脱力しつつ俺は言う。屋敷に帰って報告したら、好戦的な眼差しが向けられそうな気がする――
「とりあえず闘技大会については以上でいいのか?」
そこでルルーナが口を開いた。ナーゲンは「そうだね」と同意し、話題を変える。
「シュウの件についてもこの辺りでいいだろう……さて、レン君。実は君が選定した仲間のことで、話がある」
「話ですか?」
「今日メンバーと話をするだろう? その後に言おうかと思っていたんだが……ここに来て丁度良いし、予定していた人も直に来るだろうから、説明しておくよ」
「仲間以外に、誰かつけると?」
「ああ」
頷いたナーゲンは、俺に微笑みながら解説を始めた。
「選抜試験から数日後……君とリミナ君に説明した時、情報収集の人物が必要だと言っていただろう?」
「あ、はい。そうですね」
「その人物の選定が終わり、君が集めたメンバーの中に組み入れようと思ったわけだ」
「メンバーに?」
「シュウ達を追うことを優先とした君達の近くに、そうした人物を置いた方が良いと思ってね」
「なるほど……それで、誰なんですか?」
「ロサナだ」
少しばかり驚いた……まさか、英雄クラスの人物が加わるとは。
「これには君達の援護も入っている……相手はシュウである以上、さすがに新世代の人間ばかりではまずいという見解と、何よりロサナの立場を考えれば、私達に関わる組織に入った方が良いという意味合いもある」
「組織……?」
「風来坊だからな、あの人は」
俺が聞き返すと、ルルーナが嘆息をしながら発言した。
「私も戦士団団長として城の者から話を聞いたことがある。流星の魔女は流浪生活が長く、信用に置けたものではないという話だ」
「むしろ彼女がシュウ達を手引きしているんじゃないかと、証拠もないのに言い募る人がいるくらいだからね」
ルルーナに続いてナーゲンも語る。ふむ、どうやらロサナは信用されていない気配だな。
「まあ、彼女は一つ所に留まらなかったため、そうした噂が出るようになってしまったわけだけど……ともあれ、そういう経緯から彼女は私達のように国と関連させるのが難しい。だからこその人選という面もある」
「……俺達に関わることで、少しは彼女に対する国の態度が改善すると?」
「レン君達の活動は公にしない――というより、シュウにまつわる事実を世間に広めていない以上、公にできないから……彼女には選抜した人達を見てもらうという名目で、参加させることにしたわけだよ」
そういうことか……それならまあ、問題にはならなそうだな。
「というわけで、レン君が選んだ人以外に彼女が参戦する。リミナ君もいることだし、特に問題はないはずだ」
「はい」
「そして、もう一人」
語ると、ナーゲンは苦笑に顔を変化させた。
「私達が忙しくなるということで、君達の剣を見てもらう人を呼んだ」
「呼んだ? となると、闘士とかではなく?」
「ああ。国内にいるのは間違いないけど、ベルファトラスに来るようなことはなかったな」
「初耳だな」
彼の言葉に今度はルルーナが反応した。
「別の人間を呼んだ? 信用におけるのか?」
「ルルーナも知っている人物だよ」
あっさりと答えるナーゲンに――ルルーナは口元に手を当ててしばし。
やがて、心当たりがあったのかはっとなり、手を口から離してナーゲンに告げた。
「もしや、リュハンか?」
「正解だ」
「……よくあいつを、呼び寄せることができたな」
「一つ重要なことを思い出したんだ。だからこそ、招くことができた」
リュハン……新しい名だ。
「その人物は?」
俺が訊くと、ナーゲンではなく対面するルルーナが解説を始めた。
「あまり知られていないが、英雄アレスを始めとした、魔王と戦っていた人物の一人だ」
「魔王と……」
「認知度は相当低い。原因は、戦線の途中離脱にあるな。魔王との戦いで彼は大きく負傷し、戦いの終盤はずっと後方にいた。早期に治療できればよかったのだが、魔族から毒を受け回復が遅くなり、全快となったのは魔王を倒し一年後だったから、仕方ないな」
「毒……失礼ですけど、それって大丈夫なんですか?」
魔族から毒を受けたのであれば、シュウのように魔の力に浸されている可能性もあるのでは……けれど、ナーゲンは首を左右に振った。
「きちんとその辺りは見極めているから心配いらないよ。で、彼はその後英雄アレスと同様姿をくらまし、数年後この国の片田舎で暮らしているという情報が私の耳に入った。その時聞いた話では……彼は、戦うことをやめたと言っていた」
やめた……何か理由があるのだろうか。
「私はそれを聞き、以降干渉することなくここまで来たのだが……今回の戦いでは必要だと思い、依頼し彼は受諾した」
「ブランクがあるだろう? 大丈夫なのか?」
問うたのは、ルルーナ。
「隠居が長い以上、剣の腕が錆びついていてもおかしくないぞ」
「確認済みだよ。戦いをやめても訓練は怠っておらず、技量は健在だった」
彼女に返答したナーゲンは、次に俺に視線を送る。
「再会した時、戦う意志は無いと言われた……けれど、君のことを話したら頷いたよ」
「なぜ、ですか?」
「君が英雄アレスの弟子だからだろう」
ナーゲンは俺にそう告げると、改めて説明を加えた。
「彼は、剣術においてアレスと同じ師匠を持つ人物なんだ。もし戦線を離脱しなければ彼がアレスの隣にいてもおかしくなかったし、リデスの剣という呼称もリュハンの剣に変わっていたかもしれない」
「弟子……とすると、アレスと親交があったと」
「ああ。彼は確か、アレスの兄弟子にあたる人物だったはず」
兄弟子――その事実に、俺は驚いた。まさか、そうした人物がいるとは。
「レン君、ここまで聞けばわかると思うけれど……この人選は君のことを考えてだ。君の中にある体の経験は、英雄アレスと同じ剣技が眠っている。それを成長させるには、同様の剣技を持つ人物から教えを受ける他ない」
「私達が変にやろうとすると、まずいことになるだろうからな」
これはルルーナの言……確かに、剣技の強化には最高の人選。
「だからこそ、無理にお願いをしたという面もある……今彼は城に挨拶をしに行っているところだけど、その内こちらに来るはずだ。今日会うということでいいかい?」
「はい」
即答した。俺もまた話をしたいと思った。
「なら、しばし闘技場で待機していてくれ……あ、暇なら私が訓練に付き合うけど?」
「ナーゲンさん、仕事とかは?」
「今日は一日暇だからね」
「なら、私が付き合おうか」
すると、なんとルルーナが発言。
「前訓練した時からずいぶんと成長しているだろう……それを見るのも悪くない」
「え、えっと……?」
なんだかまずい展開のような気が……というより、あの地獄の訓練が頭に蘇り、首を左右に振ろうとする。
「そうか。なら頼んだ」
けれど非情にも、ナーゲンはルルーナに丸投げした。これにより、俺とルルーナという訓練ながら大変な対戦カードが決定してしまった――




