彼が望む事
――店を出た後、俺とルルーナはシュウを伴い闘技場へと向かう。そしてルルーナが一連の事実を伝えるべく闘技場へ入り、俺とシュウは入口近くで待つことになった。
「戦う意思はなさそうだが……もし怪しい動きをしたなら、容赦なく切り捨てろ」
そうルルーナは言いつつ闘技場へと入った……それができるなら苦労はしないと思いつつ、俺はシュウに視線を送り待つことにする。
「警戒するのも無理はないが、そう肩肘張らなくても大丈夫だ」
シュウは肩をすくめてそう述べる……が、俺としては素直に応じることもできなかった。
なんとなく、この場で剣を抜き放ち斬れるのかと自問してみた。けれど魔王を滅する力は収束までに時間が多少必要であり、抜剣した瞬間に攻撃してもおそらく通用しない――
「その腕輪は、まだ身に着けているのか?」
シュウがふいに俺に指摘する。右手首にある……制御のブレスレットのことだ。
「……力自体はほぼ解放できていて、これは現在微調整的な役割なだけで――」
「ふむ、君も順調に訓練を重ね強くなっているようだ」
シュウは満足げに頷いて見せると、俺を見据えた。
「だが……ラキもまた強くなっている。次に出会った時……君はまだ、勝てないだろうな。現状では、まだラキが望む形には至っていない」
「……何が言いたいんですか?」
俺は不審に思い彼に問い掛ける。すると、
「彼は、君と戦いたがっていたよ」
シュウは両手を広げ、俺に言った。
「再会して以後、出会う度にどんどん強くなっていく……君が私と同じ世界からやって来て、勇者レンの経験を少しずつ引き出したとだけだと私にはわかっているが……事情を知らないラキからすれば、君の成長は著しいものだと映ったらしい」
「……まだ、話していない?」
魔王を滅する力を持つこちらに対し、さすがにシュウ達も俺に関する真実を教えているのではと思っていたのだが――
「そうエンスと約束したのだろう?」
当然とばかりに、シュウは答えた。
「約束を守るタイプでね」
「それはどうも……」
「ああ……話を戻すが、ラキは統一闘技大会の時、場合によっては自分と対等に戦える存在になっているのでは――そういう風に、考えている」
シュウは手を下ろし、俺に和やかな視線を投げる。
「話によると、君は闘技大会に出場する気がないらしいな……けれど、ラキが出場するなら、その限りではないだろう?」
「……あんたは」
彼の言葉を聞いて、俺は訝しげに問う。
「俺を出場させ……何をさせたいんだ?」
「そう理由を求めなくてもいいだろう……実を言うと、ラキに頼まれてね」
シュウは俺の目に対し、笑みを浮かべながら応じた。
「どこかの舞台で、決着をつけたいらしい」
「決着……」
「無論それは、君達が私達の計略を潰そうと戦う時でも構わないのだが……彼としてはきちんとした舞台で、というのを望んでいるらしい」
何のために……俺が沈黙していると、闘技場の入口からルルーナがやって来る。
「話は通した。ついてこい」
「やれやれ……もう少し丁寧にできないのか?」
「この街に留まれることだけでも、ありがたく思え」
「そうか……では行こう」
シュウは苦笑しながら歩き出し、俺はその後を追随し始めた。
闘技場にいたナーゲンとの話し合いは、ものの五分で終了した。彼の意向としては「ベルファトラスを脅かす目的が無ければ拒む理由はない」とのこと。それを聞きシュウは満足したのか、出場の約束を取り付けてあっさりと引き上げた。
「……さて、ナーゲン殿。どう見る?」
シュウを帰した後、三人で話し合いを始めた。場所は例によって上等な客室。先ほどまで俺とナーゲンが隣同士で座り、シュウを見張るようにルルーナが立っていたのだが、彼女は現在俺達と対面する形でソファに着席している。
「取り立てて目的があるようには思えなかったけどなぁ」
対するナーゲンのコメントは、あまり緊張感が無かった。
「相手がああ言っている以上、フロディアが相応の対策を行うだけだよ」
「魔法で、か……けれど、それを破られてしまえば――」
「無論、それ以外にも考慮する……で、話は変わるんだが」
言いつつ、彼は俺へと首を向けた。
「レン君、どうやら君にも働いてもらう必要が出てきたね」
「……闘技大会に出ると?」
「レン君を含め、シュウを追う面々については指示を与えるつもりはなかったんだ。セシルだけは絶対に出るだろうけれど、それ以外は任意の予定だった。しかし……」
と、ナーゲンはルルーナに視線を送る。
「相手は中々の精鋭……層は厚いことに越したことはないだろうね」
「優勝は絶対にさせないという心積もりか」
「それが本当の目的かも知れないし」
ナーゲンは小さく息をついて、ルルーナの言葉に答えた。
「統一闘技大会の優勝者は、賞金の他土地と邸宅などが国から与えられる……まあ、彼らにとっては必要のないものだろうけど、一つだけ可能性があるとするなら、人を集めるのが目的かも知れない」
「人?」
俺が聞き返すと、ナーゲンは静かに頷いた。
「優勝者という名声を利用し、傭兵や勇者を集める……そして、洗脳させるなどして味方に引き入れる、なんて可能性もある」
「シュウを利用し引き入れることだって可能だろう。なぜそんな面倒なことをする?」
もっともなルルーナの意見。けれどナーゲンは首を左右に振った。
「シュウの名声が高いことは自明の理だが、それは魔法使いの中でという注釈がついてしまう。魔法使いと戦士というのは相いれない関係であり、だからこそ支持する人間も異なる。だから戦士的な意味合いの実力者を集めるのに、優勝者という名声が必要になるわけだ」
「なるほど……一番良いのは一回戦で負けてもらうことだが、難しいかもしれんな」
ルルーナは口元に手を当て考え込む。
「精鋭を揃えるにしろ、奴らと一回戦で当たる可能性は、低いだろう」
「なら、ある程度操作すればいい」
そこで、ナーゲンはとんでもないことを言い出した。
「統一闘技大会はトーナメント方式で、誰が戦うのかは基本くじだ。けれど今回は、多少ながら人の手を入れさせてもらう」
「八百長するということか?」
ルルーナが問い掛ける。顔には多少ながら不満が出ていた……相手がシュウ達とはいえ、そういう真似をするのは気に入らないらしい。
「八百長、というのは違うかな。彼らに対し、強い人をあてがうというだけだ。そこからは、真剣勝負」
ナーゲンは語ると、統一闘技大会のことを交えながらさらに続けた。
「彼らは基本実績をもたないから、必然的にノーシード……となれば予選をこなす必要がある。あらかじめ本戦出場が決定している推薦選手の枠組みを決めておいて、本戦が決まった時点でラキ達を激戦必至の場所に配置しよう」
「……なるほど、一回戦から相当な面々を用意し、優勝を防ぐというやり方か」
「そういうこと……気に入らないというのなら他の案を」
「……まあ、いいだろう」
ルルーナは渋々といった様子で言った。そこで俺は、ナーゲンに対し質問をする。
「あの、予選というのは……?」
「本戦に出場できる枠というのは、始めから決まっているんだ。その枠の中に各国からの推薦や、闘士の中で一定の成績を収めた者などが最初から出場決定とし、実績を持たない人は予選を行う。出場希望者は相当な人数だからね……こうしてまずは絞らないといけないんだ」
「そうなんですか……もし俺が出る場合は?」
「推薦枠だろうね」
……英雄アレスの弟子であり、魔王を倒せる力を有しているとなれば、ある意味当然かもしれないと、率直に思った。




