英雄の要求
白昼の大通り……そんな場所で誰にも見咎められずこちらへ歩む魔王の力を持つ英雄シュウ――擬態魔法を使っているに違いない。
「どうやら魔法の道具はきちんと機能しているようだ」
ルルーナが重い声で呟いた。どうやらフロディア達が作成した魔法道具――それが機能を果たし、彼女の目にも擬態魔法を見破ることができているらしかった。
「やあ」
やがてシュウは近づき、朗らかな声で俺達に呼び掛ける。
「私達との戦いに関わりがある人物ならば誰でも良かったんだが……ここでレン君に会えたことは、運命的なものを感じるな」
「一体、何の用だ?」
限りない警戒を込めルルーナが問う。それに対し、シュウは苦笑した。
「どうやら私のことが見えている様子……まあいい、そう構えないでくれ。今日はただ話をしに来ただけだ」
「話だと?」
「魔王と、出会ったはずだな?」
問い掛けるシュウ――公にはしていないはずなのだが、やはり伝わっている。
「私が知っていることは……まあ、特に語る気はないな。ともかく少し話がしたいのだが、いいか?」
「内容による上、お前が何をしでかすかわからない以上、即答もできないな」
ルルーナが毅然として答えると、シュウを見据え、
「こんな所に現れ……早々に、決着をつけるか?」
「血気盛んなのは仕方ないが、私自身戦う意思はないよ」
肩をすくめ応じるシュウ。その表情はひどく穏やかであり、殺気も一切ない。
「話をしないか? 昼食は? 食べたのであれば食後の茶でも飲もう」
「……貴様」
ルルーナは今にも剣を抜きそうな雰囲気。俺としてはどう動くべきなのか、じっと事の推移を見守る以外なく――
「……ふむ、仕方ないな。では目的だけは話そうか」
シュウは本題を切り出した。
「ここに来たのは……君達に布告をしに来た」
「布告……だと?」
ルルーナは険しい目つきで応じる。それにシュウは小さく頷き、
「ああ。といっても宣戦布告などと物騒な真似ではないよ……勝負を一つ行わないか、と言いに来たわけだ」
勝負……意図がまったくわからず俺は沈黙する他なく、
「――私達は、統一闘技大会に参加する」
「……何?」
シュウの言葉に、ルルーナは目を見開き驚いた。
「統一闘技大会……?」
「予め言っておかなければ、門前払いされると思ったからね。だから今日こうして、告知をしに来たわけだ」
そこまで語るとシュウは、周囲をぐるりと見回す。
「これ以上の話が聞きたければ……そうだな、ここには私も利用していた美味いカフェがある。そこにでも行って、ゆっくりと話をしようじゃないか」
ルルーナは硬い表情を示しつつ、無言となった――平穏な街の中で二人を取り巻く空気だけが黒いものへと変化し、俺は固唾を飲んで眺めるしかない。
今はまだ大丈夫だが、この状況が続けば周囲の人達に気取られてしまうだろう……そうなると非常にまずい。シュウの態度から交戦する可能性は低いが、騒動があってもおかしくない――
「……口惜しいが、取れる選択肢は少ないようだな」
やがて折れたのは、ルルーナの方だった。
「いいだろう。話を聞いてやる」
「そう言ってもらえると助かる……さて、案内しよう」
シュウは笑み、俺達を先導し始める。
「レン殿、一緒に」
ルルーナはそう呼び掛け、歩き始めた。そして俺もまた足を動かす……シュウの後姿を見て、なんだか現実感が無い思いつつ……彼に従い続けた。
少しして訪れたのは、以前ラウニイと共に入った高級そうなカフェ。その中で端かつ窓近くの席を陣取り、シュウと対面する形で俺達は着席した。
注文を済ませ、目の前にケーキと紅茶が運ばれてくる。店に入り注文以外の言葉は一つもなく、場違いな程硬質な空気が辺りに充満する。
そうした中で、重い沈黙を破ったのはシュウだった。
「さて、君達は……なぜ統一闘技大会に出るのかを、とにかく訊きたいはずだ」
カップを手に取りながら、彼は話し始めた。
「だが、それについて述べることはできない……というより、そこまで手の内をひけらかすつもりはない」
「だろうな。この店で話をするのは、出場できるよう確約をもらうため、といったところか?」
ルルーナが問い掛ける。シュウは紅茶を一口飲みつつ頷いた。
「そういうことだ……与えられる情報としては、出場する人物についてだな」
「ほう、わざわざ教えてもらえるのか?」
「そこを言わなければ、擬態魔法を使用している面々を通してはもらえないだろう?」
「無論だ」
シュウの問い掛けにルルーナは即答……とりあえず、擬態魔法は前提で大会に出場するつもりなのはわかった。
「出場者は三名。私の助手であるミーシャ。そしてエンス。加え……ラキだ」
ラキも――まあ、大会に出るという時点で、なんとなく予想はしていた。
「この三人が出場し、優勝を狙うことにする」
「……本気か?」
ルルーナが問い掛ける。その表情は、何かを疑っているもの。
「ここに来た以上、お前は多少ながら統一闘技大会に関する情報は持っているはずだ」
「そうだな。壁を超える技術の訓練成果を見極めるための場……私の耳にはそう入っている」
彼はフォークをケーキに刺しつつ、さらにルルーナへ向け笑みを浮かべた。
「そして、現世代の戦士達が出場予定というのも知っている」
何……? 俺は思わずルルーナを見た。彼女を含め、現世代の戦士達も参戦する……?
「私の情報では、アクアまで出るという話も聞いているよ……これでナーゲンが出れば完璧だったのだろうが、さすがにそうもいかなかったようだな」
「ナーゲンは英雄の中でも特別扱いだからな……しかし、その状況で出場し優勝する気なのか?」
「以前ラキと剣を交えた君の意見を訊こうか。優勝できる可能性はあると思うか?」
――その言葉に、ルルーナの口が止まった。顔には……可能かもしれないと書いてあった。
「ルルーナ、一つ大きな勘違いをしているな……ラキは、まだ発展途上にある戦士だ。そして今、彼はさらに強くなるべく研鑽を積んでいる。無論ミーシャやエンスもそうだ。だからこそ、私は闘技大会で勝てると踏んだ」
「……お前自身、出るつもりはないのか?」
ルルーナの言葉に、シュウは肩をすくめた。
「そこまでするつもりはない……というより」
彼の瞳が、一瞬だけ強い光を放った。
「私が出ても意味が無い」
「……なるほど、闘技大会に乗じて暗躍するということか」
「そうした可能性を言及した、という事実を考えてくれると嬉しいな」
シュウは笑みを絶やさず俺達へ告げる……シュウは何やら考えていることがあるらしい。それ自体がブラフなのか、それとも裏をかいて本当なのか――
「それで話を戻すが、是非とも許可をもらいたい。確約を得てくるまで帰って来るなとラキやエンスから言われていてね……」
「……もしこちらが許可しない場合は?」
ルルーナが問うと、シュウは肩をすくめた。
「少しばかり、強硬な手に出るかもしれない」
「……やれやれ、こういう駆け引きは何も持っていないそちらの方が圧倒的優位か」
ルルーナは語ると、俺に目を向けた。
「レン殿、申し訳ないが私はこれからこいつとナーゲンの下へ行く。念の為、ついてきてくれ」
「わかりました」
「ずいぶん警戒しているな」
「当然だろう。魔王の力を持つ人間を野放しにできるか」
ルルーナの厳しい言葉にシュウは「それもそうか」と答え、
「さて、お茶も冷めてしまう。まずはティータイムといこうじゃないか」
俺達の目の前に置かれたケーキと紅茶を指差しながら……俺達の険しい顔つきを無視するように、彼はケーキを一口食べた。