三つ巴
戦いが終わり、俺達はベルファトラスへと帰った。顛末を聞いたところによると、アキは以降宿にこもり、フォローをアクアなどが行っているらしい。
「そして、魔族ジュリウスは約束通り協力を申し出た」
事後処理を行い、話を聞けたのは二日後。場所は闘技場内にある客室。上等な生地のソファに座り、俺とリミナはナーゲンから話を聞く。この場にいるのは、三人だけだ。
「そして私達は……魔王に対抗する手段も構築する必要が出てきた。とはいえ一朝一夕でできるようなものでもないため、じっくりとやらなければならない」
そこまで言うと、ナーゲンは苦笑した。
「皮肉な話でね……魔王という存在が現れたというインパクトは非常に大きく、多くの国がさらに結びつきを強くし、対抗する手段を整えるべく動き出している。とはいえシュウの内通者や擬態魔法の問題がある……」
ナーゲンはそこで肩をすくめた。
「事情を知っている者の中には、四の五の言っていられないのではないか、と考えている者もいる……そこで、だ。フロディアと協議し方針を変えることにした」
「方針を?」
リミナが聞き返す。
「シュウ達の動向も気になるが、魔王との戦いに備えるというのは、国を挙げてかからなければ難しいだろう。そして、聖剣護衛の際シュウは私達に魔王を滅する力を得て欲しいと言っていた……ここから考えられることだが――」
一拍置いたナーゲンは、俺を見据え言った。
「シュウ達は、私達を利用し現魔王を倒したいと考えているのだと思う」
「現、魔王を……」
「私達の手で魔王を滅ぼし、シュウ達側の面々の誰かが新たな魔王となる……筋書きは、こんなところだろうね」
それなら確かに、シュウ達の行動も頷ける……か?
「勢力的に頭数の少ないシュウ達は、魔王の軍勢と戦っても勝ち目が薄いと判断したのだろう……そこで私達を利用することにした」
「俺達は、見事に使われるわけですね」
「そうだとしても、魔王が向かってくるなら対処しなければならない」
ナーゲンは一度座り直すと、改めて説明を加えた。
「これから私達は、アルーゼンという魔王に対抗するために準備を始めることになる。そして、それとは別にシュウ達の動向を追う面々を選定し、対応する……魔王を滅する側の面々には、漏れても大丈夫な情報しか与えないようにする」
「シュウさんを追う人は別に用意するということですか……」
俺は呟きながら、それしかないだろうと心の中で思った。
「その中で、レン君の立ち回りは重要なものとなってくるだろう……アルーゼンの口上から、君の剣と技なら討滅できる可能性がある。逆を言えば、最悪あの影の刃を潜り抜ければ勝機があるし……加え、君はシュウにも対抗できる」
「とすると、俺はどちらに……?」
シュウとアルーゼン……どちらを優先するべきなのか。
「レン君達は、ベルファトラスに滞在したままで訓練を重ねていけばいい……事の推移次第では魔王やシュウと戦うことになると思うから、その覚悟だけは持っていてくれ」
そう言った彼は、僅かな沈黙を置いた後、再度口を開く。
「そして……仲間集めについてだけど、成果はあったかい?」
「……ええ、まあ」
と、俺は言葉を濁す。
人選としては、基本知り合いばかりになりそうなのは間違いないのだが……二人三人決めるとなれば、まだ迷いがある。
「候補というのは、絞れている?」
「いえ、まだ」
「そう、なら――」
ナーゲンは笑みを浮かべ、俺に言う。
「レン君はシュウのことを把握している数少ない人間であり、因縁もある……だから、どちらかというとシュウをメインに追っかけてもらいたい」
「……はあ」
「で、国側としては魔王との戦いに注力するだろう……応用も効くはずだが、やはりシュウ達との戦いをメインに据えて戦う人間も欲しい。だから今回人数を絞るのではなく、君が思う面々を集め、シュウと相対する人を揃えて欲しい」
「……俺は魔王とシュウさんの両方と戦うけど、シュウさんの方を優先するグループを作れってことですか?」
「そういうこと」
「具体的には、何人?」
「数は特に限定するつもりはないよ。君が思う人数を選んでもらっていい」
そうか……もっとも、選ぶとすれば選抜試験に参加した試験者になるだろう。さらに俺が直に見て判断した人物となれば、選定する人も限られてくる。
「……期日は?」
「特に指定はないけど、早い方がいいな」
「わかりました」
頷いた俺に対しナーゲンは「頼むよ」と応じ、この話は終了。次は――
「では、二人には話しておくよ……シュウ達が行う魔王復活について」
ナーゲンは重い声で述べた。それに俺達は耳を澄ませることで応じる。
「ジュリウスによると、元来魔族は秘密主義であり、先代の魔王まではその居城にいない限り、姿すら見ることは適わなかったそうだ。よって、ジュリウスですらも先代までの魔王の詳細についてはわからないとの回答だった」
「では、今回のアルーゼンは……?」
「人間によって魔族の長が滅ぼされた……その事実に変革が必要だと主張し、個々に活動していた魔族達を束ねようとしているらしい。とはいえ反発も少なからずあり、魔族の中には明確に協力を拒否する者もいるとのこと」
内輪揉めしているのか……その中でジュリウスは、人間側にアプローチを掛けて面倒事を回避しようと動いているのだろう。
「その中、シュウ達が魔王を復活させようとしている……魔族の中には、この動きに賛同する者もいるらしい。だからこそアルーゼンはシュウ達の計画を止める必要がある」
「内容から考えると、魔王と協力できそうな雰囲気ではありますけど……先の戦いを考えれば、無理なのは確定ですね」
嘆息しつつ言及し……レックスを抱きかかえるアキの姿が脳裏に浮かび、胸が軋む。
「人間に迎合するようなことはしないだろうというのは、ジュリウスも言っていたよ……ともかく、魔王はシュウ達の動向を注視し神経を張り巡らせている。その中で私達も戦いに参加し、三つ巴の争いになろうとしているのが現状だ」
「その中で、俺達は魔王と戦える力をつけないといけない……」
「そうだ。合わせてシュウ達の動きも把握しなければならない……が、困難を極めるだろう。とはいえ野放しにもできないだろうから、情報収集のために専任の者を数名用意することになる。これは誰になるかまだ決まっていない」
そこまで語ると、ナーゲンはため息をついた。
「そしてもう一つ……武器の確保だ。ルルーナやマクロイドの所持していた武器すら破壊されたように、より強固な物が必要となってくる」
言いながら、彼は目をリミナに向けた。
「指標となるのは、リミナさんが持っている槍だ……アクアが用意した物だが、実はそれかなり強力な魔石を含んだ物でね……逆を言えば、それと同じくらいの強度があれば、対抗できると考えられる」
「となると、魔王対策と一緒に武器集めも?」
「それは私達が行うから心配いらない。レン君が選抜した面々にもそうした武器を提供することになるだろうから、その旨は伝えておいてくれ」
「はい」
頷いた直後、ナーゲンは立ち上がった。
「これで話は終わりだ……レン君、これからも頼むよ」
そう言われ、俺は小さく頷いた。
シュウの件だけでなく、今度は魔王まで現れた。さらに強くならなければならないと思う一方、果たして勝てるのかと不安になったのだが――
ふと、横にいるリミナを見た。彼女はいつものように確信を伴った笑みを見せ、力強く頷いていた。
それにより、やるしかないと心を奮い立たせ……俺は頷き返すこととなった。
次回から新しい話となります。