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来たる衝撃

 一時、海よりも深い静寂が場を支配する……魔王? 目の前にいる存在が、魔王?


「まさか魔王自身がこちらの世界に来て、活動する日が来るとは思わなかった」

「それもこれも、奴らを滅する準備ですね」


 アルーゼンはジュリウスの言葉に笑みを浮かべながら答える。魔王と知れた直後、山の中で一瞬感じた深淵の魔力が、彼女の体から滲み出ていた。


「手の内は見せたくなかったため密かに行動しようと思っていたのですが、この結界……英雄フロディアの魔法については想定外であり、露見した上に思うように力が使えていない……これは、非常に驚くべきことですね」

「私達だって、対策を怠っていたわけじゃない」


 アルーゼンの言葉に応じたのは、ナーゲン。


「次代の魔王や取り巻きが力をつけ、魔王を滅ぼした人間達に復讐を行うのでは、という推論は戦いの後すぐに出ていた。だからこそ大陸中から魔王に関する魔力を解析し、このように大幅に力を封じる魔法を開発した」

「ここは、称賛するべきところですね」


 アルーゼンは言った後拍手をした――沈黙の中、心底不気味だった。


「とはいえ、私に勝てるとはこの場にいる誰も思っていないでしょう? なら、道具を渡してください。私はどんな小さなリスクであってもとりたくない主義なので、英雄ナーゲンの言葉に従っていただければ、何もしませんよ」


 そこでアルーゼンは、アキに抱かれ事切れているレックスに目を移す。


「それとも……誰かを犠牲にして私に特攻しますか? そこの人間のように命が消えるかもしれませんが――」


 告げた瞬間、アキが右腕を振り鞭を放とうとした。目には涙を溜め怒りに任せた一撃だったが――

 寸前、近くにいたルルーナが止める。


「やめろ!」


 続いて放たれた彼女の言葉に、アキの動きが止まる。そして振り上げられた腕は、少しして力なく落ちた。


「賢明ですね」


 アルーゼンは微笑を湛えながら応じる。その時、

 後方から足音が。振り返ると、そこにはノディの姿。


 彼女は手に一つの腕輪を持っている。焦げ茶色の金属で作られ、赤く紋様の彫られた物で、一見するとアクセサリにも見えるのだが、


「持ってきましたか。では……」


 アルーゼンは呟くと、突如影を収め始めた。地面に存在する黒が彼女の髪へと集まり……やがて、本来の影以外消える。


「その髪が本体とでも言うつもりか?」


 マクロイドが敵意を込めた眼差しで問う。それに彼女は肩をすくめた。


「手足を動かすのが面倒だったので、髪を媒介にしたまでですよ」


 答えると同時に、突如地面に設置するアルーゼンの髪が、抜け落ちた――いや、正確に言えば腰から下の髪が突如体から離れたと言った方がいい。

 落ちた髪は光となって消え……彼女は、ノディを見た。


「その腕輪が、私の求めるもので間違いありませんね……では、そうですね。勇者レン様、あなたが私に渡してください」


 唐突な要求……けれどこの場で断れば面倒なことになりかねないと思い、俺は無言で従いノディから腕輪を受け取る。

 他の面々が警戒の眼差しをアルーゼンへ送る。もしおかしな動きをしたなら――そういう意図が見え隠れする中、俺は敵意が無いことを示すために剣を鞘に収め、歩き出す。


 体が僅かに震える。攻撃範囲に入り俺は真正面から魔王と対峙する。影は現在地面に生まれていないが、目の前にいる魔王はすぐにでも構築できるだろう。もし本気で来たのならば、俺は間違いなく死ぬ――


「そう怯える必要はありませんよ」


 絶えることの無い笑顔でアルーゼンは語る。間近に近づけば、その深き魔力に当てられ全身が強張る。

 俺はその魔力に半ば気圧されるように腕輪を差し出した。魔王はそれを静かに受け取り、俺と目線を合わせる。


「あなたとは、また会う気がします……おそらく、次は私を滅しようとするでしょうね」

「……どうかな」


 小さな声で応じる俺に、アルーゼンは満面の笑みを浮かべた。


「その時まで、ごきげんよう」


 にこやかに語り、突如アルーゼンの体が黒い影に包まれた――。反射的に身を退く間に、影が霧散し魔王の姿がなくなった。

 訪れたのは静寂で……俺は言葉を失くし立ち尽くす。そして、


「……一度、状況を確認しよう」


 やがてナーゲンが言った。その隣にいるジュリウスは魔王の立っていた場所を眺め、何か考えてこんでいるのか口元に手を当てていた。

 それから少しして、周囲の面々が動き出す――そこで俺は、アキに視線を送った。


 彼女は動かないレックスを抱きしめたまま、魔王のいる場所を眺め呆然としていた……その姿に俺は何も言えず、ただ視線を送ることしかできなかった――






「――レン君、山を駆け下りる時魔王は一時君から離れたんだね?」


 俺は戦場だった所から離れ、リミナと二人拠点近くでナーゲンと話を始めた。他の面々は撤収の準備。ベルファトラスへ人を呼びに行った面々もいるので、直にここは軍の面々で埋まるだろう。


「はい、そうですけど……何か?」

「……君が報告した場所とは別の所に、倒れている人物達を発見した」


 倒れている――それはつまり、魔王が俺を追うことをやめて別所に向かったということだろうか。


「まだ、犠牲者がいたんですか……」

「ああ。道の途上だったから……おそらく、君を追っている魔王を見かけ、彼らは攻撃したのだろう」

「闘士の人ですか?」

「二人いて、一人は傭兵。もう一人は――」


 ナーゲンは少しばかり複雑な顔をして、俺に告げた。


「君と関わりがあるかどうかわからないが……ナナジア王国の勇者、イジェトだ」


 ――その名を聞いた瞬間、心臓がドクンと大きく跳ねた。


「知っているのかい?」

「ええ……まあ……」


 因縁ばかりの相手ではあるが、少なからず関係のある人物。僅かながら呼吸が乱れ、落ち着こうと一度深呼吸をした。


「すいません……それで、俺達はこれからどうすれば?」

「ひとまずベルファトラスへ戻ってくれて構わないよ。呼び止めて悪かったね」

「いえ……俺達にできることはありますか?」


 問い掛けるとナーゲンはこちらを一瞥し、


「……仲間の件は、考えたかい?」

「え? あ、はい。それなりには……」

「なら、近い内にそれについて訊くことになると思うから……頭の中でまとめておいてくれ」


 彼は述べた後、俺達に背を向けた。


「ジュリウスに関する話についても、別の機会を設けることにする……今日は、ご苦労だった」


 労いの言葉と共に、ナーゲンはジュリウスと共に去る。残された俺は、ただそれを見送ることしかできず――


「勇者様」


 リミナが呼び掛けるまで、俺は佇んだままだった。


「その、大丈夫ですか?」

「……ああ」


 返事はしたが……先ほどの戦いを思い起こし、改めて体が固まる。


 けれど同時に、俺はこんなことではいけないとも感じた。これから、間違いなく激戦となる。現魔王ばかりか、シュウ達とも戦う必要がある。場合によっては、その中で仲間も倒れてしまうかもしれない――


 そこでレックスの顔が思い浮かんだ。アキは大丈夫なのだろうかと見回し、その姿がないのを確認すると、小さく息をつく。

 先に帰ったのだろうか、それともどこかで休んでいるのかだろうか……少しばかり心配しつつ……俺は、再度深呼吸をして、リミナに「帰ろう」と告げた――


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