最強の敵
裂帛と共にマクロイドから放たれた斬撃は、大地すら砕くのではないかと思う程の魔力を込められたもの。けれど、俺はファーガスのことを思い返す……仕掛けた彼の刃は届かず、影の刃に切り裂かれた。それが、今回も再現するのでは――
刹那、マクロイドの剛剣が魔族の正面に出現した影の刃と相対する。さらに他の面々も動き始め、剣を握る者達は完全に攻撃範囲へと踏み込む。
「ふふ……」
そんな状況下で、魔族は笑っていた。正面でマクロイドと相対しているというのに、この態度は――
「並の魔族ならば、初撃で沈んでいたでしょう」
魔族は断定する。そして、
「しかし、やはり無意味です」
――マクロイドの剣に、ヒビが入り始める。
まさか彼の剣まで……!? 半ば呆然となりながら声を上げようとした瞬間、剣が弾ける音と共にマクロイドは回避に移った。それを見た他の面々は、ほぼ反射的に足を引き返し、後退する。
けれど、例外もいた。回避へと転じる前に攻撃を仕掛けていたルルーナとセシルに、レックス。さらに闘士へ影の刃が迫る光景もあった。
「くっ!」
その中でアキが呻き、光の鞭をしならせ闘士を援護。刃を弾こうとした一撃のようだったが――鞭はいとも容易く弾かれてしまう。
さらに別の闘士へ刃が迫る。そちらにはロサナが咄嗟に放った光の槍が差し向けられたが……それもまた影の動きを鈍らせることができず、闘士の体に突き刺さった。
「が――」
声と共に、闘士はそれでも後退に転じようとした。けれど、続けざまに足元から刃が生まれ――
「っ――!」
リミナが声を上げた。それはもしかすると悲鳴だったのかもしれない……刹那闘士に刃が刺さり、俺達の目の前で、闘士の命が一つ――消える。
その間にルルーナとセシル、そしてレックスが魔族へ向かって剣を振り下ろす。けれどその斬撃もまた魔族が生み出した影によって阻まれ――なおかつ、
全員の剣は刃に負け、砕けた。
「――退け!」
誰が声を発したかは一瞬わからなかった――それがカインのものであるのだと悟った時、セシル達は足を後方へと向け、魔族の攻撃範囲から脱しようとした。
影の刃は容赦なく彼らにも振り向けられる。攻撃を受け流そうにも問答無用で破壊する影には意味を成さず、ひたすら回避に転じるしかなく――
ルルーナとセシルはどうにか回避に成功し、背後に生まれようとしていた影の刃も身を捻り避けた。しかし一歩遅れたのがレックス。半ばから破壊された剣でどうにか攻撃を防ごうとするが――それも効果なく、回避に転じたにもかかわらず、刃を一撃その身に受けた。
「レックス――!」
アキが叫ぶ。途端、彼は目を見開き、
「――おおっ!」
彼女に応えるかのように魔力を噴き出し――刃を身に受けながら、攻撃範囲を脱した。
そこで――俺は気付く。魔族の領域に倒れている人数は、二人。先ほど視線を送った人物と、もう一人はアキが鞭でフォローしようとした人物。
「……気に入らないですね」
魔族が、冷淡に告げる。その視線の先にはレックスが。
「一撃で仕留められなかったというのは、どうにもイラつきます」
「……レックス、下がって」
アキが彼を後ろに下げようとする。しかし魔族はそれを追うように歩を進める。途端にマクロイド達も警戒を込め移動する……が、誰も攻撃範囲に入ろうとはしなかった。
「嘘、でしょ……」
近くにいるフィクハが信じられないという面持ちで告げる。内心、俺も同じような心境だった。
状況は完全に逆転した。主力の面々の武器は一撃で破壊され、なおかつ先ほどの攻防で二人やられた。
全員が魔族の行動に固唾を飲む様子……もし彼女が本気で仕掛ければ、この場は地獄絵図になるのは間違いない。それを止めているのは一体何なのか――
「……ぐ」
次の瞬間、呻き声が聞こえた。何事かと思い視線を転じると、そこには――
「――レックス!?」
アキが叫ぶ。彼女の後方にいたレックスが、膝をついて倒れそうになっていた。慌てて彼女が支えた瞬間、
「体が……」
「冷たいでしょう?」
アキの掠れた声と同時に、魔族が決然と告げた。
「一撃で殺すことはできませんでしたが、あの攻防で大量の魔力を吸いましたからね。体の維持がまともにできず、命が消えていくのは当然なのですよ」
命が――悟った瞬間俺はアキ達に何か言おうとして、アキの声が聞こえた。
彼女はレックスを治療しようと口の中で何かを唱え始めた。それを見た魔族は、うっとりとした表情を見せた。まるで、目の前の悲劇を心底楽しんでいるかのように。
「それもまた、無意味ですよ」
冷厳とした声音で魔族は告げる。同時に、レックスがアキに抱きすくめられたままで、口を動かした。
声は、聞き取れない。それはきっと、アキだけに告げた言葉で、
彼もまた、動かなくなった。あまりにあっけない、死――
「例えどれほど力をつけようとも、あなた達人間にできることは限界がある」
魔族はレックスが死ぬのを見届けると、ほくそ笑みながら俺達に告げた。
「もう一度言いましょう。道具を渡してください。私に歯向かわなければ、攻撃することはありません」
「僕達をいつでも殺せるから、そんな余裕があるのか?」
砕けた剣を投げ捨て、セシルが問う。それに魔族は肩をすくめ、
「それも多少ながらありますが、あなた達が行った魔族封じの魔法による要因の方が大きいですね」
魔族封じ……? それにより、魔族は俺達を虐殺するような真似をしないというのか――
「……まさか、とは思ったのだが」
そして、声が。その主は――
「……おや、ジュリウスですか」
魔族が山道方向を見ながら述べる。道にはナーゲンと、ジュリウスが立っていた。
「久しぶりですね」
「まったくだ……本当に、ここに来ていたとは」
「あなたは人間に協力するのですか?」
「私を滅するか?」
「……やめておきましょう。あなたくらいの者を消すとなると、反発は免れませんからね」
渋々といった様子で魔族は返答すると……俺達を見回した。
「魔族封じ……これを生み出したのは英雄フロディアでしょうけれど、実に上手く作っていますね。もし私が本気を出せば、土地の魔力が動き出し私を拘束するようになっている。さすがに土地の力に縛られ続けるような真似にはなりませんが、それでもほんの僅かな時間、隙が生じる。そこに英雄の剣を叩き込めば――」
皆まで言わず、魔族は俺を見た。こちらとしては例え隙ができても勝てる可能性なんて万に一つもないと思ったが……先ほど言っていた、石橋を叩いて割る行為の一つなのだろう。
「……で、どうしますか? 私に道具を渡すか反抗するか、決めてください」
「渡してくれ」
そこでナーゲンが、驚きの指示を下す――それに反応したのはマクロイド。
「ナーゲン……! 何を言っている!?」
「この場は彼女の言に従おう。それで退いてくれると言うのだから」
「だが――」
「詳細を知れば、従う他ないと思うさ」
声はジュリウスからのもの。ここに至り、ようやく魔族の正体が明かされることになりそうだった。
「魔族の中で有名なのか?」
「そうだな、有名だ」
苦虫を潰したかのような表情で問い掛けるマクロイドに、ジュリウスは涼やかな顔で答えた。
「名はアルーゼン。見ての通り影の刃を扱う能力を保有し、彼女自身は『領域』などと呼んでいる」
「解説ありがとうございます」
アルーゼンが言う……それにジュリウスは肩をすくめ、
「そして、彼女は何者なのか――」
一拍置いて、語られる。ジュリウスの口からは、
「彼女は現、魔王だ」
恐ろしい言葉が、俺達に向けられた。