悩める心情と提案
なんだか微妙な雰囲気になりつつ、会話は進む。やがてリミナとクラリスが延々と喋り始めたので、俺は頃合いだと判断し「部屋に戻っている」とリミナに伝え、席を立った。
二階へ上がり、宿泊する部屋へ。中に入ると、俺は息を零しつつ直線方向にある窓を見る。外は赤が黒に変貌しつつあった。もう夜らしい。
「……食事、どうするかな」
再会の方ばかり気にしていて、自分が食べることを忘れていた――まあいいか、二人もどこかで話を切り上げるだろう。その後酒場に赴けばいい。
俺はベッドに座り込むと、再度息をつく。今日は特に収穫の無い日だった。明日も同じことをやって成果があるかどうか――とはいえ、やめるわけにもいかない。リミナに贈り物をするためには、足が棒になっても動き続ける必要があるだろう。
「……そういえば」
ふと、クラリスの存在を思い浮かべた。友人……ということは、何かしらヒントになるようなことを聞けるかも――
そこでコンコンと、ノックの音がした。
「はい?」
反射的に答えると、扉が開く。リミナかと思い振り向いたのだが――
「どうも」
現れたのは、クラリスだった。
「少し話、いい?」
「……どうぞ」
俺は応じると、部屋にある二つの椅子を指差す。
「座って」
「ありがとう」
彼女は礼を告げると歩み寄り、杖を壁に立てかけ椅子に座る。俺は食堂と同様に対面する場所に着席し、まずはこちらが切り出した。
「で、話って?」
「記憶喪失の件なんだけど」
「ああ」
「もしかして、今自分の記憶を探しているの?」
「まだそこまでいっていないよ。現在は体の内にある力とかを制御する方を優先している。俺は勇者だし、力の引き出し方くらいは理解できていないと危ないから。リミナから聞いたかどうかわからないけど、先日遺跡を攻略したのもそれが目的だ」
「そう……」
彼女はやや言葉を濁しつつ相槌を打った。
「何かあるのか?」
「……一つ、私が旅先で知ったことだけど」
「旅先?」
「うん。以前リミナと再会して以後、レンの活躍も耳に入るようになった。そうした折、レンと同郷である人と出会ったの」
「同郷……?」
もしかして、彼女が何か知っているのか――けれど、クラリスは首を左右に振った。
「でも、ごめん。どことまでは聞いていないの。私も、こんなことになると思っていなかったし」
「そうなのか……でも、仕方ないな」
「ごめん……で、その人と酒場で話をして、なんだか雰囲気が変だった」
「変?」
「レンの功績を聞く度に……なんだか、暗い表情をしていた。上手く言えないけど、レンの行動に心を痛めている様子だった」
心を痛める――勇者として活躍するレンに、何を思ったのだろう。
「その点は私もさすがに聞けなかった……けど、心に引っ掛かっていたから、次会ったら尋ねようと思っていたんだけど」
「真相は闇の中、か」
クラリスの言葉に、俺はそう呟いた。
「それを話しにここへ?」
「思い出すヒントになればいいかなと」
「ありがとう、クラリス。参考にさせてもらうよ」
俺が答えると、彼女は満足そうに頷き話題を変えた。
「なんというか、やっぱり前と雰囲気が違うわね」
「雰囲気?」
「前は一目見ただけでも硬いと感じられたから。記憶を失くして丸くなったのかも」
それは良いのだろうか。悪いのだろうか。
「一度心がリセットされたからかな?」
「どう……だろうな」
頭をかきつつ応じる。まあ、彼女の反応はそもそも俺が勇者レンではないので、当然と言えば当然だ。
「リミナも結構やりやすいんじゃない? 前は認めてもらうのに必死だと言っていたし」
「……そうか」
元々、彼女には苦労を掛けていたらしい――きっと、こんなこと言い出せば烈火のごとく怒るだろうけど。
けれど、今の俺には彼女を邪険にするような真似はできない。
「……あのさ」
だからなのか――流れにより口から自然と漏れてしまう。
「お礼を、したいと思ってさ」
「……お礼? リミナに?」
「ああ」
「さっきも言ったけど、従士である以上気にしなくても」
「そうかもしれないけど……」
と、そこまで言って俺の中に考えが浮かぶ。従士――あくまでリミナは従士の「つもり」だった。なら、彼女を従士として認めることが、一番良いのではないか。
「クラリス。リミナに何か……証とか渡せないかな」
「証?」
「記憶を失う前の俺は、リミナを従士として認めていなかった節があるんだ。何か理由があったのかわからないけど……とにかく、正式な従士というわけじゃない」
「そうなの……? うーん、レンは国に認められた勇者とかじゃないから、必要ないと言えばないけど」
「認可された勇者には、何かあるのか?」
「極端な例を言えば、首飾りを渡して従士が今どこにいるのか把握できるようにする、とか」
「そんな真似はしたくないな……」
「でしょうね……と、そうだ。なら協力してあげるよ。他ならぬ友人の話だし、証選びを手伝う」
彼女の提案。話から、こうなるのは必然だが――
「個人的には、俺の力だけでやるべきだとは思うけど」
「一理あるけど、参考意見くらいはあったほうがいいよ。そもそもレンは、記憶失くして大変なわけだし」
「……そうだな」
同意する。まあ、下手なものを渡さないようにするためには、これしか方法が無いのも事実か。
「それじゃあ、お願いしていいかな」
「いいよ……明日からでいい?」
「うん、頼んだ」
ひとまず決定。クラリスはそこで席を立って杖を握り、俺に微笑みながら話す。
「それじゃ、私はリミナに説明してくるよ」
「それはいいけど……できれば気付かれないように渡したいんだけど」
「ああ、それならてき面な理由があるよ」
「何?」
聞き返す俺。対するクラリスは、握りしめる杖を揺らしながら告げた。
「私、こう見ても魔法教官の資格を持っていてね。そちらが魔法の制御に四苦八苦しているって、リミナからも聞いている。それを口実にすれば、バレずに行動は出来るでしょ?」




