次なる魔族
ジュリウスのもたらした事実に対し、ナーゲンは不快そうに目を細めた。
「つまり、魔族の戦力強化のために私達が利用されていると?」
「そういうことだ。魔王としては目的を果たし君達の戦力を削り、なおかつ優秀な魔族に力を与え戦力強化を行おうと考えた……が、予想外にも反撃を受け、魔族の多くが死滅している」
語ると、ジュリウスは肩をすくめた。
「現状は、そんなところだろう……だが魔族達は退く気などないはずだ。人間程度にやられている魔族なんぞ、いる価値もない……などと考えるのがはっきりとわかる」
「油断はできないが、まあどうにかなるだろ」
ジュリウスの言葉に合わせるようにマクロイドが発言。
「さっき戦った魔族の感触から考えると、自称高位魔族達の技量は、通常の高位魔族と比べて劣っているのは確かだ。連携すれば、試験者でも十分戦える」
確かに…、多少危険な目にあった俺のこともあるので、魔族の攻撃には十分注意する必要があるだろう。けど滅ぼすことができる以上、勝負にはなると考えてよさそうだ。
「なら、これから私達のやることは、下に急行し相手の目的とする道具を確保することだね」
続いてナーゲンが述べ、俺達を見回した。
「私が見た限り、魔族にまつわる道具は見受けられなかった。もしかすると魔族の力を持つ存在にしか、わからないのかもしれない」
そこで彼はジュリウスに目を向ける。
「一応訊くけれど、その辺りの協力は?」
「手を組むのは、情報に関することだけのはずだ。それ以外のことは範疇外だな」
ずいぶんドライな反応……とはいえ、二つ返事で了承されても罠がありそうな気がして仕方ないが。
「なら、別の手段だ。ノディさん、事情はジオから伺っている。君はレン君と共に拠点に向かってくれ」
「あ、うん。わかった」
頷くノディ……そうか、魔族の血を持つ彼女なら、相手の目的である道具がわかる可能性が高い。
「ノディに何かあるのか?」
事情がわからないマクロイドが問う。けれどナーゲンは首を左右に振り、
「その辺りの説明は後にしよう。ひとまず私とマクロイドは山を駆け回り、山中にいる者達の援護をする。レン君とノディは先ほど言った通り、いち早く下へ向かってくれ――」
指示を受け、俺とノディは二人で山を駆け下り始めた。ちなみにジュリウスはナーゲンと共に行動。ナーゲンが言うには「念の為の監視」とのこと。
「ねえレン。道順とかわかるの?」
走りながらノディが問い掛ける。それに俺は首を左右に振った。
「地図とかは渡されていないから……けどまあ、坂を下りるようにすればつくだろ」
「適当な……まあ、いいか」
ノディは嘆息した後無言となり、移動を続ける。やがて――
開けた場所に出た……というか見覚えのある場所で、なおかつ見覚えのある人物がいた。
「――リミナ!」
塵となる魔族に目を向けているロサナとリミナの二人。近くには、他の魔族と切り結んだらしきオルバンとグレンが立っていた。
呼ばれ四人の視線がこちらへ向く。その中で、いち早く声を上げたのはリミナ。
「勇者様……と、ノディさん! 無事でしたか」
「ああ。そっちも無事……というわけではなさそうだな」
俺は四人の中でオルバンに注目した。彼の鎧――左の肩当てが砕けており、その下にある肌着に、僅かながら鮮血が付着している。
「ええ。結界で攻撃を防ぐことはできたのですが、最後の最後で自爆し、少し怪我をしました」
――彼の言う通り、オルバン達の立つ近くの地面には、黒く焼け焦げた跡が見えた。
「オルバン、あんたはもう無理しないように」
怪我の具合を見て、ロサナが口を開く。
「それと、グレンも相当動き回って体力削られているだろうから、無茶はしないこと」
「……ああ」
「で、レン君。ここに来たのは偶然?」
「指示で、下に行けと」
「了解。なら、私達も――」
告げた直後、突然彼女の眼が鋭くなる。
「……その前に、片付けなきゃならないことがあるようね」
視線の先は、俺の背後。すかさず目を移すと、そこには――
「ああ、お前は見覚えがある」
声が聞こえた。黒いコートを着た……輝くような金髪に真紅の細目――
「……ガーランド、だったか?」
名前を言及すると、相手は小さく頷いた。
「勇者レン……それと、流星の魔女だな」
「知ってもらっていて光栄だわ」
斜に構えロサナが言う。対するガーランドは俺達を見回し、
「数の上では不利だが……まあ、仕方ないな」
言いながら視線を鋭くする……そこで俺は剣を抜き、戦闘態勢に入り――
「ノディ、先に行け」
「……レン?」
「道具の確保が何より優先のはずだ」
言うと――ノディは不服な表情を一瞬見せたが、小さく頷くと引き下がった。
「相手はお前一人か?」
ガーランドが問う――同時に、どこからか轟音が聞こえてくる。しかもそれは連鎖的で、大規模な魔法を使ったのだと予想できた。
「……ここで全員引っ掛かるのはまずいわね」
ロサナは音のした方角に目を向け言うと、他の面々に指示を飛ばす。
「オルバンとグレンは、そこの女性騎士と一緒に下へ向かいなさい。リミナは……」
「ここで戦います」
言うと同時に、彼女は俺の隣に立った。
「そう、なら私も――」
「あなたは下に行ってください」
ロサナが歩み出そうとしたその時、新たな声が。場所はガーランドの背後……俺やノディがこの広場に来た道に、いつのまにか立っていた。
「……アキ」
思わず声を出す。アキとレックスだった。
「下の方がどうやら激戦地……ここは私達に任せて」
「……わかったわ」
ロサナがどう考えたかわからないが――アキに従い引き下がった。そうして無言のまま彼女達は広場を後にする。残ったのは俺とリミナ。そしてアキとレックスの四人。
対するガーランドは動かず、事の推移を見守るばかり。そんな様子に、アキが言及した。
「話している間に攻撃を仕掛けようとは、思わなかったの?」
「……流星の魔女はこの上なく厄介だからな。君達が先に行けと言った時点で、待っていれば退いてくれるとわかり、黙したまでだ」
「まさか魔族ともあろう者が、彼女に対し畏怖を抱いていると?」
「そうだな」
あっさりと応じるガーランド……その口上だけで、先ほど交戦した魔族と一線を画する存在だとわかる。
「過去我らの長を倒したことを考えれば人間は侮れない……この場にいる同胞達が、それを理解しているとは到底思えないが」
「その言い方だと、今回の戦いに不満がありそうだな」
俺が口を開く。ガーランドは、どこか自嘲めいた笑みを浮かべる。ひどく人間味のある表情である気がした。
「その辺りを語る必要性は感じないな……ともあれ、挟撃された形。さて、どうしたものか――」
彼がそこまで語った時、レックスが動いた。恐ろしい速さで間合いを詰め、大上段からの振り下ろしを放つ――
「その攻撃だけで、相当な技量だと理解できるな」
ガーランドはことさら冷静に呟くと、体を半身レックスに向け右腕をかざした。
同時に、手の先が硬化し黒く変色する。体を強化し、攻撃するタイプの魔族か……?
考えた矢先、刃が触れ――剣が、右腕を両断する。
「え……?」
あまりのあっけなさに、思わず呻いた。その間にガーランドは横に逃れる。腕で防御したことにより、僅かながら剣速が鈍り回避できたようだ。
そして俺達と距離を取り、包囲を脱する。加え――
切り飛ばされた腕の先が突如黒い渦を巻くと、元通りになった。再生能力――
「さて、君達はどこまで抗ってくれるだろうか」
再生した腕の感触を確かめるように、手を閉じたり開いたりしながら、ガーランドは悠然と呟いた。




