魔族の目的
何か秘策があるのか――俺はマクロイドとバネッサの戦いを注視する。双方のやり取りは俺達が交戦する前と変わらず、マクロイドが仕掛けバネッサが跳ね除ける。
「あなた程の戦士ですら、私に勝つことができない……人間にとっては、絶望する事実ですわね」
うっとりとした表情で、バネッサは放たれた斬撃を風で防ぐ。そればかりか――
「はっ!」
風を解放し、刃となってマクロイドへ反撃する。だが彼も黙って見ているわけではなく、左腕をかざし――突如、全身を覆うくらいの大きさをした青色の結界を生み出した。
刃はそれに直撃し、消滅……なるほど、バネッサの攻撃をマクロイドは魔法の道具と使って防いでいるのか。
「……けど、そろそろつまらなくなってきましたわ。終わりにしましょうか。後もつかえていますし」
バネッサは俺達を一瞥した後、宣告する。どうやら決着がつきそうな状況――
「なら、こちらも気合を入れ直すべきだな」
対するマクロイドは、バネッサを見据え告げた。そして、
「――おおっ!」
雄叫びと共に突撃を敢行。けれどバネッサは妖しく、それでいて無邪気な笑みを浮かべた。最後の抵抗、とでも思っているのかもしれない。
「心配いりませんわ。あなたを殺した後、すぐに後ろの方達が後を追います。寂しくありません――」
彼女は風の塊をあてがい、マクロイドの剣戟を防いだ――はずだった。
けれどそうはならなかった。風の塊が一瞬で爆ぜ、マクロイドの剣が、しかとバネッサの体に入る。
「……え?」
一瞬の出来事。それにバネッサは理解できず、ただ斬られた箇所を見た。そこからは、出血などはせずゴーガンと同様、塵が生じる。
魔族は悪魔などと違い肉体を有している――と、俺は以前フロディアから聞いたことがある。けれど目の前の魔族達は肉体を持っている、という風には見えないのだが――
「き、貴様……!」
バネッサが苦悶の表情を見せ、口を開く。けれどマクロイドは一切問答する気はないようで、
「終わりだ」
端的に告げた直後、さらに剣戟を入れ――バネッサの体は塵と化し、消えた。
「……レン、ノディ、憶えておけ」
直後、マクロイドが俺達に背を向けたまま呼び掛ける。
「魔族の中で、特に人間に突っかかってくるような奴らは、基本人間を馬鹿にしている。だからこそ全力で戦うような真似はしないし、こちらが苦戦している様子を見せると、すぐに増長し甘く見る」
――それはつまり、マクロイドは相手をわざと油断させるように戦っていたということか。
「無論、歴然とした実力差があれば逃げ一択だが……気配や魔力の多寡を見て判断し、上手く立ち回れば一人で倒すことも可能なはずだ」
マクロイドは言うと俺達に向き直り、腰にある鞘に剣を収める。
「レン、その怪我は?」
「あ、痛みは無いけど」
「念の為塞いでおくよ」
ノディが言うと、俺に治癒魔法を使用。その間にマクロイドは小さく嘆息し、俺に話し始めた。
「フロディアの魔法を使用していたのが幸いだな。魔族も全力を出すのが難しいだろうし、こちらが油断しなければ十分勝てる相手のはずだ」
「フロディアさんの魔法……ジュリウスという魔族対策か。そんなに強力なのか――」
「気合を入れて作った、とのことだよ」
その声は、マクロイドのものではなかった。視線を転じると、山頂へ向かう道から二人の人物が下りてきた。
一人はナーゲン。聖剣護衛の時と同じく、漆黒の衣服の上に蒼い胸当てを身に着けている。そしてもう一人は見慣れない男性。
年齢は二十代半ばといったところか。ひげが一切ない肌に、腰まで届こうかというくらいの長さを持った灰色の髪。次いで黒い双眸は目線を合わせていると、まるで虚無にでも吸い込まれそうな予感がして――
「ナーゲンさん、そいつがジュリウス?」
ノディが魔法を終え、ピリピリとした空気を漂わせつつ問い掛けた。質問に応じたのは、他ならぬ指摘された当人。
「そうだ。私がジュリウス」
胸に手を当て自己紹介を行う――ジュリウス。雰囲気は紳士そのもので、当然ながらターナのように魔族の気配が滲み出ているようなこともない。
「唐突にこのような戦いが始まってしまい、私としても驚いている。だが私に対する策を講じた結果、対応できている様子……結果オーライだな」
……それ、あんたが言うのか。ちょっとだけ脱力すると、ナーゲンが苦笑する。
「彼がこの襲撃に関与している可能性は、無いと判断したよ。今回の敵に関してあっさりと情報を喋ったからね」
「おい、こいつがお前と一緒にいたということは、山頂に到達したのか?」
今度はマクロイドが質問。ナーゲンは小さく頷く。
「出会った闘士をあっさりとパスして、ね。で、私の所にやって来て交戦している時、襲撃が起こった」
「言っておくが、この戦いに参加する気はない。直接同族と戦えば、奴らは私を狙う可能性があるからな。情報を渡すくらいが、できる限界だろう」
ジュリウスは告げた後、腕を組んだ。
「魔族の力を減退する魔法があるとはいえ、魔族の詳細がわからない状況で君達は善戦している……よって、手を組んでも大丈夫だろうというのが、私の判断だ」
「光栄、とでも思っておけばいいのか?」
マクロイドが尋ねる。顔には気に入らないという態度が露骨に見て取れた。
「別にこちらを敬う必要などありはしない……とにかくだ。手を組んだ以上は情報を渡そう。まずは、奴らがどういう面々なのか。そして、どういう目的でここに来たのか――」
そこまで彼が語った時――突如、山の下から爆音が轟いた。俺はそこで思わず、下へと続く道に目を向け呟いた。
「音が……聞こえた?」
「結界を管理する魔族を誰かが倒したのだろう」
ジュリウスが律儀に答える。その間にもそこかしこから音が聞こえ、騒がしくなる。
「魔王に関する詳細は話が長くなるが、相手の目的だけは告げておこう」
彼がさらに言うと、俺達は視線を注いだ。
「奴らの目的……それは間違いなく、下にある拠点に存在する、魔法道具だ」
「魔法、道具……?」
俺は聞き返す。それはひょっとして、この試験に際し集めた武具のことを言っているのか?
「あの中に、魔族と縁のある物が存在している。奴らはそれに気付き、襲撃を仕掛けたのだろう」
そう言うと、彼は突如目を伏せた。何事かと思い見守っていると、数秒経って彼は目を開ける。
「……音を聞くに、まだ奴らは目的の物を手に入れてはいないようだ。そればかりか、拠点周辺は人間側が善戦している」
「あの場所にはアクアや、ベルファトラスの宮廷魔術師がいるからね」
ナーゲンがコメント。それなら加勢に向かうことで、魔族の目的を完全に防ぐことができるかもしれない。
「それと、もう一つ言っておく。ここにいる自称、高位魔族に対してだ。先ほどの戦いで魔族が塵になったのを見たはずだが、この一事で彼らは君達が想像するところの高位魔族とは異なる存在であるとわかる」
ジュリウスはさらに語り続ける……魔族に関して疑問に思ったことを説明してくれるようだ。
「高位魔族は肉体を所持している……それは強大な魔力を保有するようになった結果、人間と同様の肉体を手に入れたということ。人間に近いというのは、高位魔族になったことによる結果であり、原因ではない。そして肉体……力を手に入れるには、魔王やその幹部から力を融通されることが一番の近道」
そこまで彼は語ると、小さく息をついた。
「君達と同様、魔王は試験をしているのだろう……高位魔族候補を集結させ、魔法道具奪取を果たしたならばさらなる力を与える……そう説明し襲撃させることで、戦力になりそうな者を見定めている、というわけだ――」