強襲の始まり
消える瞬間――俺はその悪魔を見たことがあると悟った。顔の下半分を仮面のような物で覆い、黒い鎧を着込み真紅の瞳を持つ悪魔――
「おい、下の様子を見に行ってくれ」
マクロイドは俺達を一瞥した後、闘士達に指示を送った。彼らは即座に頷くと、走り去った。言葉通りの意味合いもあるはずだが……人払いも兼ねているのだろう。
「で、レン。持ち場を離れたな?」
「そうだけど……様子がおかしいと思ったから」
「そうだな。奴が、本格的に行動を起こしたか?」
マクロイドは悪魔が消えた場所を見ながら呟く。それに反応したのは、ノディ。
「ちょっと、それってジュリウスという魔族が裏切ったってこと?」
「どうかはわからん。だが、こうして見慣れない悪魔がいるとなると――」
「さっきの悪魔に、見覚えがある」
俺が告げると、二人はすぐさま視線を注いだ。
「あの悪魔は、フォーメルクで遭遇した魔族一団が使役していた悪魔そのものだ」
「フォーメルク……となると、別口か?」
「ターナの言葉を借りるなら、別口」
「ふむ……となると、余計な奴らを招いたということか?」
マクロイドは頭をかきながら見解を述べた。
「ここには高位魔族を葬れる人間がいることくらいはわかるはずなんだが……それを考慮してなお、俺達を殺しに来たということか?」
「何で狙いが私達だってわかるの?」
訊いたのはノディ。それにマクロイドは愚問だという、憮然とした顔つきで応じた。
「そりゃあ、他に魔族が来る理由ないだろ」
「もしかすると、ジュリウスがここにいるとわかったため来たのかもよ?」
「ああ、そういう線もあるのか……ともかく、今は状況がわからなければ動きようがないな」
そこまで語ると、マクロイドは俺達を見回しながら続けた。
「こういう視界の見えない場所では、他の面々も混乱のため動く可能性が高い。で、双方動き回って疲弊する……なんて可能性がある。だからまずは腰を据えて待とう」
そんな悠長な……などと思いつつも一理あるので、彼の言葉に従うことにする。
しかし、魔族……なおかつフォーメルクで遭遇した好戦的な輩とくれば、一波乱あってもおかしくない。
「マクロイドさん、さっきの爆発音はここの悪魔のせい?」
「それもあるが、別所からも似たような音が聞こえたな。だが今は音が止んでいる。第一波の攻撃は済んだとみていいかもしれん」
確かに耳を澄ませても、戦闘音は聞こえてこない。この場にいるのは悪魔にも十分対抗できる手練れがほとんどなので、やられたとは思えないが。
「――マクロイドさん!」
そこへ、先ほどの闘士が帰ってきた。けれど複数で山を下りたのに、来たのは一人だけ。
「し、下の方で現在戦っています!」
「戦っている? 悪魔と?」
「はい。それに、魔族なんかが――」
闘士の言葉にマクロイドは眉をひそめる。音は聞こえていないのに、と考えているのがわかる。
そこで、俺は察した……これはもしや。
「魔法か何かで、音を遮断している……?」
俺が呟いた時――上空から影が差しこんだ。
「――っ!」
半ば反射的に足を動かし、大きく横に跳んだ。次いでノディも回避し、マクロイドもまた大きく跳ぶ。
直後、俺の立っていた場所にズドン! と重い音と共に何かが飛来した。よくよく見ると、それは黒い悪魔……大きく、体が丸みを帯びている。太っている、と言えばいいだろうか。
「おいおい、ずいぶんと変わった体型の悪魔だな」
マクロイドが零した直後、さらに上空から影が。二体目――
「ちっ……レン! ノディ!」
「わかってる!」
「承知!」
俺とノディが相次いで応じた瞬間、さらに悪魔が飛来した。残っていた闘士はマクロイドが指示を送り、退避させる。
俺はさらに後退しつつ目の前の――巨漢の悪魔を見据えつつ……背後に、フロディアが生み出した悪魔の騎士がいるのを察した。
「そうだ、こいつを尖兵にして……」
俺は呟くと同時に指示を送る。すかさず悪魔は動き出し、巨漢へ猛然と駆けた。
出した指示は突撃――さて、巨漢はどう動くのか。
巨漢が疑似悪魔に気付く。すると牛のような野太い声で吠えると、腕を薙ぎ払うように横から振るった。
その攻撃が決まる前に、疑似悪魔の拳が巨漢の腹部に叩き込まれる――それにより巨漢は僅かに身じろぎしたが、攻撃は止まなかった。
巨漢の腕は疑似悪魔に直撃し、吹き飛んだ。けれど、消滅には至らない。
「単なる殴打みたいね」
それを見たノディが告げる。確かにあの拳にはそれほど魔力が練り上げられていない。疑似悪魔は多少なりとも耐久力があったため、崩れるには至らなかったようだ。
「けど、あの巨漢を一撃で倒すのは結構面倒そう――」
さらにノディが呟いた、次の瞬間、
「おらっ!」
マクロイドがもう一体の悪魔に迫り、剣を薙いだ。巨漢は腕により攻撃しようとしたのだが、それよりもずっと早くマクロイドの剣が到達する。
そして、刃が体に触れた――直後、その巨体がいとも容易く吹き飛び、空中に弾き飛ばされながら光となって消えた……なんて容赦のない攻撃。
「おお、こうまで簡単に吹き飛ぶと気持ち良いな」
さらにマクロイドは笑いながら言う……襲撃されているのにずいぶんと呑気だな。
そこへもう一体の巨漢が動く。標的はマクロイド。けれど動作は緩慢で、すかさず俺は剣を振った。
使用したのは弧を描く雷撃。それは真っ直ぐ巨漢へ向かい――その頭部を両断する。
結果、あっさりと消滅……残ったのは、俺やノディにマクロイド。そして茂みに退避していた闘士。
「ふむ……」
その中でマクロイドは再度耳を澄ませた。
「聞こえないな……レンの言う通り、結界か何かで音を遮断しているのは間違いなさそうだ」
言うと同時に、彼は闘士に目を向けた。
「先に下へ戻っておけ」
「は、はい……マクロイドさんは?」
「俺はまだやることがある」
返答した直後――山頂方向の道から、突如気配を感じ取った。
ノディもまた気付き、首を向ける。そこには――
「おや、気配は断っているはずなのですが……さすが、歴戦の戦士といったところですわね」
白いドレスと、肩にかかる程度の――エメラルドグリーンの髪と、瞳を持つ貴婦人めいた人物。美人であることは間違いないのだが、視線の鋭さがかなりのもので、普通の人なら恐怖したかもしれない。
「……行け」
やりとりをする間にマクロイドが再度闘士へ指示。彼は無言で了承し、この場を後にした。
「彼を殺すべく配下を遣わす、という風に考えませんの?」
たおやかに女性――いや、魔族は問う。するとマクロイドは肩をすくめ、
「あいつは一応、俺の弟子でなぁ。さっきは俺が一撃で倒せそうだから下がれと言ったまでで、本来はあんな悪魔に負けるような奴じゃない」
「ほう、そうですか。それはそれは」
小馬鹿にするような口調と共に、魔族は笑う。対するマクロイドは不快に思ったか顔を歪めた。
「で、その格好は何だ? ここはパーティー会場はじゃないぞ」
「いえ、ここで合っていますわよ」
マクロイドの言葉に魔族は妖艶な笑みを浮かべ、応じた。
「あなた達が私達の配下を見て右往左往する、滑稽なパーティーの会場はここですわ」
「……ふん、どうやら人間が直々に制裁を下さないといけないようだな」
マクロイドは魔族に対し笑みを浮かべると、前傾姿勢となった。
「お前達が何をする気か知らんが……全部、潰してやる」
「できるものなら」
魔族はにこやかに語る――それに触発されたかどうかわからないが、マクロイドが走り、
俺達は、魔族との交戦を開始した――




