秘密の力
瞳の色が変化したことによるものなのか……彼女から湧き上がる魔力が、通常のものとは異なっているのを察した。先ほどまでは戦闘により高ぶってわからなかったが、冷静に見返せばすぐに気付けるレベル。
そして、その魔力は以前感じたことのあるもの……ベルファトラスで遭遇し、現在屋敷にいるターナ――
「魔族……?」
「純血というわけじゃないけどね。私の先祖の中に、魔族がいるの」
俺の呟きに、彼女はあっさりと答えを明示した。魔族――
「私の親とか、祖父祖母とかいうレベルじゃなくて、もっと前の代に、ね。魔族の血統というのは非常に強くて、だいぶ血が薄くなった私でさえ、こうして力を引き出せる」
「……よく、騎士になれたな」
なんとなく言及すると、ノディは肩をすくめた。
「その言葉は、幾度となく言われたよ……私は騎士に憧れて志願して、その時になって初めて知った口で、最初は絶望のどん底だった」
「けど、騎士になれた……何が理由だったんだ?」
訊いた後、しまったと思った。結構個人的なことについて言及している。俺としては別に答えなくとも――そんな風に返そうとした時、
「私が入隊した時の騎士団長さんが、言ったの。魔族の力が混じる君にしかできないこともある、と。そう言って、私の入隊を許可した」
「君にしかできないこと……?」
「その意味は今の私にもよくわかってない。けど、さすがに常時魔族の力を使うのは良くないし、この事実を知っているのは元騎士団長の人を含め、ごく少数」
「その騎士団長は、辞めたのか?」
「加齢による引退だよ。魔王との戦いも騎士代表として先頭に立って戦っていた人だから、弟子にしてくれっていう人が絶えないって困っているよ」
笑うノディ。俺も合わせて微笑む。
「……で、さっき通用しないと言ったのは、いくら魔族の力であっても魔王には通用しないでしょ、ということ。あんな状況でも人目が多かったから使いたくなかった、というのもあるけど」
「なるほどな……もしかして、ターナと仲良くなったのはそれが関係しているのか?」
「話してはいないけど、そうかもしれないね。実際、彼女から話し掛けられて会話をするようになったし」
なるほど……魔族の力となればいよいよ油断はできない。俺は気を引き締め直し、まっすぐノディを注視する。
同時に魔力を全身に込める。先ほど以上濃密かつ、魔族に対抗できるように量を多く。
「……そんな気合入れなくてもいいのに」
こちらの所作を感じ取ったノディは、自嘲的に笑った。
「ま、そこまで評価されていると考えればいいか……それじゃあ、改めて――」
ノディは告げたと同時に、跳んだ。速い――
間合いを詰め彼女は斬撃を放つ。俺はそれを弾いてかわした。全身強化を施したことにより、彼女の能力に応じることはできる。
逆に言えば、俺がそうした強化を全力で用いるくらい、彼女は強いということになる……これほどまでに強力ならば、彼女もまた候補に入れていい気がした。
「ふっ!」
考える間にノディが縦に一閃。俺はすかさず回避に移り、横に移動しかわす。
すぐさま彼女は切り返し、追撃。俺は剣で防ぎ、受け流し――反撃を移る。
対するノディは後退し、紙一重で避けた。一進一退の攻防。双方強化された結果、やはり決着がつかない。
だが、ここで集中力が途切れると、確実に負けるだろう……だから我慢比べだと思いつつ、さらに剣を放った。ノディはどうにか避けつつ反撃しようとするが、今度はこちらが攻勢に出て機会を与えないようにする。
結果、今度は彼女は防戦に転じた。このまま押し切ろうかと一瞬考えたが……互角である以上無理はできないと思い、突撃は行わなかった。
「……結構、冷静ね」
そんな俺に対し、ノディはそう評した。
「もし来たら一撃食らわせようと思っていたのに」
「……今のノディの能力を見れば、無理できないと悟っただけだ」
「そう。なら――」
ノディは声を吐き出したと同時に口元を引き締め、間合いを詰めた。そして疾風のごとく横薙ぎを決め、こちらは剣で防御。
鋭く、硬質な金属音が周囲に響く。さらに衝撃が周囲に伝わったか、僅かながら木々が揺れた。
やはり強い――こうして打ち合えば、彼女の全力が相当なものだと改めてわかる。けれどここで退くわけにはいかない。だからこそ、俺は攻撃を行おうとして――
一際大きな爆発音により、俺とノディは目を合わせた状態で立ち止まった。それは剣が噛み合う寸前。双方が硬直し……俺は、視線を交錯させたまま問う。
「……今の、近かったよな?」
「うん。近くで戦っている人じゃないの?」
至極まっとうな意見、なのだが……次に遠くから何やら喚き散らすような人間の声が聞こえてきた。
「何かトラブルか……?」
気になりだすとそちらに意識が映る――それにノディはふうと小さく息をつき、一度目を伏せた。
そして次に開いた時、色が紫から青に戻り、剣を引く。
「……確かに妙な気配がするのは間違いない。調べてみる?」
彼女からの提案。俺は首肯しようとして――今度は、山の上側から爆音が聞こえた。
上層で誰かが戦っている……という可能性が高そうなのだが、俺はなんだか胸騒ぎがした。それにより、一つの可能性に行き着く。
「まさか、魔族のジュリウスが何かしでかしたか……?」
「そういう可能性も十分あるね」
ノディは周囲を見回しながらコメントを行う。
「変わった気配……自分の魔力に似たような印象を受けるから、魔族の魔力が生まれていると考えられるよ」
……俺には判然としなかったが、魔族の力を持つ彼女の言うことである以上間違いないだろうと思い、ひとまず上を指差す。
「上に行ってみよう。ナーゲンさん達は大丈夫だと思うけど……念の為に」
「そうだね」
ノディは賛同し、俺達を歩き出す。持ち場を離れることになるが、この際仕方ないと割り切る。俺の勘違いであれば、後で謝ろう。
「はあ、魔族の力を使えば倒せると思ったんだけどな」
ふいにノディが呟く。それに俺はすかさず反応。
「あの力……自信あったのか?」
「まあね。体が大幅に強化されるからなのか、普通なら絶対に倒せないジオさんから一本取った事があるくらい」
「……ジオさんは知っているのか?」
「うん。あの人が把握していたからこそ、私は聖剣護衛の場にいたんだよ。シュウの持つ力に、対抗できるかもしれないと考えて」
述べたノディは、すぐに苦笑した。
「けど、間近で戦った感触で私の能力は通用しないなと断定した。根本的に力不足ということもあるけれど……魔王の力を持っていた以上、魔族の力はすぐに感知されてしまうだろうと思って」
「なるほどな――」
相槌を打った時、またも轟音。今度は爆発というよりは、岩が割れるような破砕音だ。
「派手にやっているみたいね」
ノディは呑気に行った――その時、前方に開けた場所が見えた。俺はひとまずそちらへ行くべく足を向け、
少しして、その場に到達。道が四方に分かれている、森に囲まれた大きな広場だった。
そしてそこには――息を零すマクロイドの姿と、見慣れない闘士数人。そして――
「これは……?」
地面に倒れている存在を見て、首を傾げた。フロディアが生み出したものでは決してない……光となって消えていく悪魔の姿があった。