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再会と困惑の彼女

 俺は彼女――クラリスを伴い、宿泊している宿に戻った。まだリミナは帰っていないらしく、ひとまず一階の酒場で待つことにした。


「食事とか、してもいいですか?」


 四人掛けの席に対面で座った直後、尋ねられる。この期に及んでまだ食べる気なのか。


「……いいですよ。作法とかも気にしないので、お構いなく」

「わかりました……あ、おばちゃん。ピザちょうだい」


 通りがかった店員にクラリスは注文を行う。そこで、俺は昼間の気になった点を尋ねてみた。


「あの……昼間の食事は」

「え? ああ、なんだか恥ずかしい所を見られましたね」


 彼女は照れ笑いを浮かべつつ、説明を始める。


「元々私は食べ歩きが趣味で、旅の間もああして色んな場所で好きなものを気の向くままに食べているんです」


 食べ歩きなどというレベルの量ではなかったように思えるが……話が進まないので追及はせず、別の質問を行う。


「それで、あなたはリミナと同郷の?」

「いえ、魔法を学ぶクラスメイトといったところです。郷里は異なります」

「そうですか……ちなみにリミナが俺に同行し始めた経緯とかは?」

「前に再開した時知ってます」

「そうですか」


 事情を知っているなら――記憶が無いと話しても大丈夫だろう。


「はい、お待ち」


 そこで店員がピザを持ってくる。クラリスは礼を述べつつ、ピザを見下ろして、


「あ、同じ物をもう三枚いただけますか?」

「はい、わかりました」


 ――ここでも食欲は健在らしい。俺はそこについては何も言わず、食事を始める彼女に口を開く。


「それで、クラリスさん」

「はい」


 返事をしながらピザを一口。俺は食べ進める彼女を見据えながら、ちょっと声を落として話す。


「リミナが来る前に、伝えておかなければならないことが」

「はい」


 トーンを変えずに彼女。俺はどう伝えようか一瞬迷ったが――ギアの時と同様上手い言葉も思いつかなかったので、


「……実は、ここ数日間の出来事以外、記憶を失くしているんです」


 正攻法で攻める――すると、クラリスの動きが停止した。


「……はい?」


 ピザを口から話し、彼女。ギアの時と同じような反応。


「前別の仲間に言った時も、そんな返され方でしたね」


 苦笑しながら言うと、クラリスは困惑した表情を見せた。


「い、いやいや……冗談でしょ?」

「こんなこと、ふざけて言うような人間だとリミナから聞いていますか?」


 ちょっと意地悪な言い方をして――クラリスはピザを置き突如身を乗り出した。


「ほ、本当に?」

「え、ええ。体は大丈夫ですからこうして旅をしていますが……」


 俺は彼女を手で制しつつ、言葉を重ねる。


「あまり人に言わないようにしてください。却って混乱させると思うので」

「う、うん……わかった」


 彼女は頷きつつ、食事を再開する。


「記憶、喪失ねぇ……」


 そしてこちらをジロジロと見ながら、ピザを食べ進める。やがて追加注文したものがやってくると、少しばかりペースを上げつつ、


「旅に支障はないの?」


 そう訊いてきた。あまりに驚いたせいか、口調が地のものに変わっている。


「ええ。どうにか立ち回っています」

「そう」

「ただ、リミナには世話になりっぱなしで」

「そういう所が彼女の本分だし、気にしなくてもいいんじゃない?」


 クラリスは気軽に言うと、こちらの心情を察したのか「ああ」と呟いた。


「もしかして、申し訳ないと思ってる?」

「多少は」

「そう……まあ、リミナは従士だし気にする必要はないと思うよ?」

「……そうかもしれませんが」


 俺は苦笑を伴い返答した。リミナによると従士の「つもり」だったという話なので、なんだか報われていない気もする。

 その辺りは、俺が改善していけばいいのだろうか……こんなこと言ったら、きっとリミナは怒るだろうけど。


「ああ、ごめんなさい。それで――」


 クラリスは何かを言い掛けた。その時自分の口調に気付いたようで、口元に手を当てた。


「えっと、すいません……」

「いえ、いいですよ。タメ口で」


 フォローを入れるように俺は答える。


「名前もさん付けとかじゃなくてもいいですし……そうなったらこっちもタメ口でいいですか?」

「いいですよ……と、いいよ」


 頷く彼女。うん、こちらとしてもその方がやりやすい。俺は視線を周囲に向けながら、話の続きを促す。


「で、何を言い掛けたの?」

「あ、ごめん。リミナは――」


 その時、宿入口の扉が開いた。そこからリミナが姿を現し、俺は小さく手を上げる。


 彼女もそれに気付き――対面に座るクラリスを見て、ひどく驚いた様子を示した。

 すぐさまこちらに駆け寄ると、クラリスは満面の笑みを浮かべ話し掛ける。


「久しぶり、リミナ」

「クラリス……久しぶり。元気だった?」

「もちろん」

「相変わらずの食欲みたいね」


 と、リミナは立ったままテーブルに乗るピザを眺め呟いた。


「ここには何の用で?」

「ちょっと仕事でね。けど、一段落ついたからどうしようか思案中」

「そう……」


 リミナは俺を一瞥した。む、何やら話しにくいのか……俺は席を立とうとしたが、


「ああ、いいよ。レンはそのままで」


 クラリスの声が飛び、腰を浮かせるのは中断する。


「そうか?」

「うん。あ、リミナ。事情はレンから聞いているよ。記憶喪失らしいね」

「え、う、うん……」


 困惑気味にリミナは応じた。ん、少し様子が変だ。


「リミナ、何かあったのか?」


 尋ねてみる。けれどリミナは俺とクラリスを交互に見つつも、沈黙した。


「……どうした?」

「ああ、ちょっと混乱しているんだと思うよ。私がいきなり登場しているから」


 クラリスはさっぱりとした口調で話す。友人が現れて、さらに本来の性格による声が出ているようなので、初対面と比べかなり陽気に見える。


「ほら、座りなよ」


 クラリスは俺の右隣の席へ指差す。リミナはそれに頷きつつ、なおも視線を俺達にやっている。


「リミナ、何か食べる?」

「ううん。大丈夫」


 彼女の問いにリミナは答えると、俺に顔をやった。


「勇者様、クラリスとはどこで……」

「昼食時、偶然相席になったんだよ。リミナの友人とは思わなかった」


 俺は言いながらクラリスへ視線を送る。彼女も同意だというという顔つきで見返した。


「……そう、ですか」


 そんな俺達にリミナの反応は淡泊だったが、どこか不安を抱いている風にも見受けられる。

 何かあるのか――思った時、突然クラリスが笑みを浮かべた。その表情は、何か察したようなもの。


「……ねえ、リミナ」

「な、何?」

「もしかして……」

「い、いや。何もないよ? 久しぶりに再会して、びっくりしているだけで」

「本当に?」

「う、うん」

「ちなみにレンはどう思う?」


 なぜかこっちに話を向けた。えっと……?


「リミナ、何かあるなら話してくれればいいよ。俺も相談に乗るけど」

「な、何でもありません。大丈夫です」


 返事をすると、リミナは近くにいた店員を呼んで料理を注文した。さっきいらないと言っていたはずだが。

 そんな彼女を見て、クラリスは何がおかしいのか笑う。二人の奇妙な態度に、俺はただ黙るしかなかった。

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