勇者と騎士
先攻はグレン。対するロサナは腕をかざしただけで、武器を使用するつもりはない様子。
アクアと同様格闘で戦うように見える……とはいえ、リミナの言葉を借りれば彼女の本領は無詠唱魔法のはず。体術と組み合わせて使用するということなのだろうか。
無言のまま、グレンが剣を振り下ろす。それにロサナは左手を向け応じた。刃と肌が触れ合い――ロサナの腕は傷一つつかず、あまつさえ剣を弾きグレンの懐へ潜り込もうとする。
グレンはすかさず後退……彼の剣をもってしても傷をつけられないととなると、ロサナの腕には相当な魔力が収束されているに違いない。
そしてロサナの右拳が前に出される。突きでも決めるのかと思ったが、そうではなく――
「光よ」
呟きに近い声と共に、光弾が放たれた。
「くっ!」
グレンは回避に移る。距離的に難しいのではと思ったのだが……彼は、紙一重で避けた。
直後、今度はオルバンがロサナへ走る。間合いを詰め斬撃を放ち、それをロサナはまたも腕で防ぐ。
しかしオルバンは後退しなかった。前に出て、一撃体に入れるべく再度剣を放つ。
「――光よ」
対するロサナはひどく冷静だった。光弾を放ちオルバンの剣と衝突。彼の剣は威力を殺され、大きく鈍った。
「雷よ」
ロサナの連続攻撃。一筋の雷撃がオルバンに迫り――避けられず、直撃した。
「っ……!」
オルバンは衝撃からか数歩たたらを踏む。けれど倒れるようなことにはならず、後ろに下がろうとした。そこでグレンがまたも動き、波状攻撃を仕掛ける。
「風よ」
対するロサナはさらに魔法を生み出し、風の刃を放つ。グレンはそれを真正面から受け、風の刃は防いだが突風がグレンを襲い、さらにはオルバンを巻き込む。
「天よ」
加えロサナが魔法を生み出し――目算十を優に超える光の剣が、彼女の前方に出現する。
「――っ!?」
オルバンが呻く。グレンは表情を変えないまでも剣をかざし、防御の姿勢を取り、
「放て」
冷酷なロサナの言葉により、剣が全てグレン達へと向かった。
最初の剣はオルバンの剣に直撃。同時に光が弾け爆音と閃光が轟いた。遅れて他の剣も爆発を始める。衝撃波が周囲に満ちたせいか地面からは土煙が上がり――光が収まった時、それらがグレン達を覆った。
「二人のことは知っているわよ。私の眼から見ても、中々の技量だと思うわ」
ロサナが口を開く。それから少しして煙が晴れ、グレンとオルバンの立つ姿を視界に捉える。
「けれど、今私が行った一連の魔法攻撃……せめてこのくらいは防げないと、高位魔族と戦うのは厳しいわよ」
彼女が語る間に俺はグレン達の状況を確認。まずグレンだが、目立った外傷はない。しかし手の甲や頬をよくよく観察すると、僅かながら切れており血が滲んでいる。先ほどの風を防いだ時に受けた傷だろう。
それ以外は、衣服や胸当てに砂埃がついている程度。ただあれだけの魔法を受けた以上、見えない部分で負傷している可能性は高い。
次にオルバン。彼の真骨頂は『剛壁』という二つ名の通り驚異的な防御力のはずだが……見事に破られ、一連の攻防により少なからず負傷している。肌を見せている首なんかに傷を負い、僅かだが出血していた。
「今二人が負ったのは、かすり傷……いや、そんなレベルのものではないかもしれない。けれどそうした傷が戦いの最中痛みを生み、全力とは程遠いパフォーマンスしか生み出せなくなる……こうした状況で高位魔族に挑み、やられた人が多数いたのを、私は知っている」
淡々と告げるロサナ。その瞳には多少ながら、悲哀が混ざっているような気がした。
「ま、だからといって足手まといになるから戦うな、とまでは言わないわ。今以上に精進しなさい、ということ」
そう言うと、ロサナは首を後方にいるリミナへ向ける。
「もちろん、リミナも」
「……はい」
グレン達に視線を送りながら、彼女は応じる。リミナは二人の力についてはよく知っている。だからこそこうした状況となっていることに、少なからず驚いているようだ。
「……言いたいことはわかった」
やがてグレンが言う。元々鋭い目つきなのだが、それをさらに強め、ロサナを睨みつけるような感じだ。
「戦うまでは実感が無かったが……やはり、魔王との戦いをくぐり抜けてきた猛者だな」
「私はそう前線で戦ったわけでもないけどね……でも、あなた達二人と比べて戦闘経験が多い自負はあるわよ」
経験に裏打ちされた能力――そんな風に、彼女は言いたいのかもしれない。
ともかく、グレンやオルバンの現時点での能力で勝つのは難しいというのは、なんとなくわかった。グレン達もそれを認識したのか、強い眼差しを向けながらも、先ほどのように攻めはしない。
「慎重なのは良いこと、だけどね……」
するとロサナは声を上げた。さらに右足を、ゆっくりと地面から離す。
何をするつもりなのか……注視していると、彼女は勢いよく地面に足を叩きつけた。刹那、
グレン達の背後にある地面が、突如破砕音を伴い隆起する。
「何――!?」
グレンは音に気付いて首を一瞬向けた――直後、ロサナは右腕をかざした。
「閃光よ!」
声と共に生み出されたのは光の槍。それがまっすぐ視線を逸らしたグレンへ射出された。
「くっ!」
その時、オルバンが呻き――グレンへ叫んだ。
「私が後方を警戒します!」
声と共にオルバンはロサナへ背を向け――グレンは反応し、真正面から飛来する槍を、剣で弾いた。
「ぐおっ……!」
かなり重たかったのか苦悶の声を出したが、どうにか捌き槍は地面に着弾。爆発はせずそのまま消滅する。けれどさらにロサナは槍を放ち、グレンへ放つ。
その時、隆起した地面が轟き、錐のように鋭利になった岩がオルバン達へ飛来する。
ロサナは足を介し、ああした魔法を使ったということか……やはり魔法使いとしては今まで見てきた人の中で抜きんでている。確かにこれだけの速攻性があれば、闘士や戦士に接近戦で後れを取るようなこともない。
考える間に錐がグレン達へ迫る。するとオルバンがグレンの背後に立ち、
剣を地面に突き刺した。一体――
「隔てろ――虹色の世界!」
声の直後、彼とグレンを中心にして円形状に結界が形成された。言葉の通り光が透過するせいか虹色に見え――錐の全てを、完全に防ぎ切る。
「なるほど、防御を中心に訓練したのね」
ロサナが呟く……結界は新たに放たれた光の槍すら吸い込み、防いだ。
「あなたは前線に立つより、防衛に向いている人かもしれないわね」
言葉の直後、結界が消える。すぐさまグレンが駆け、ロサナへ接近する。
「まだやるの?」
「――やられてばかりでは、立つ瀬がないからな」
グレンは笑みすら見せながら斬り込む。ロサナはすかさず迎撃体勢を整え、魔法を撃つ構えを見せた。
ここからどうするのか――観察していると、彼の持つ剣の刀身が突如、淡く青色に輝いた。
その変化にロサナは眉をひそめる。無詠唱魔法に対し何かしら対策は立てた攻撃のようだ……しかし、それが何なのかまでは判然としない。
俺も彼の動向が気になり、じっと注視する。両者の距離が狭まり、グレンの剣があと少しで到達しそうになった。
「――光よ」
ロサナは牽制目的で光弾を放つ。けれどグレンは後退することなくさらに踏み込み、
光弾を両断した。結果、爆発も衝撃波も撒き散らすことなく、光は消滅。
「何……?」
ロサナが驚き目を見張る。グレンはそれが好機だと思ったか、さらに踏み込みロサナへと一閃した。