勇者同士の攻防
フィクハ達はイジェトを巻き込んでの攻撃はしない――断じた瞬間、俺はまずイジェトからの攻撃を軽く弾いた。
押し返すほど強くは無い。なおかつ俺は刀身に魔力を注ぐ。
「どうした!?」
イジェトは攻勢をかける。こちらの抵抗が弱かったため、このまま押し切れると思ったのだろう。
けれどそれは、フィクハ達に対抗するための時間稼ぎ……実際リリンやフィクハはイジェトが邪魔となって攻撃できずにいる――
「くっ!」
いや、フィクハは違った。魔法による攻撃を捨てたようで魔力収束が途切れ、こちらに駆ける音が聞こえた。接近戦に持ち込む気なのだろう。
よし――俺はいけると確信しつつ、イジェトの攻撃を切り払う。けれど彼は攻勢をやめない。完全に俺のことを舐めきっている。
「イジェト! ここは退いて――」
「ざけんな!」
フィクハの言葉にイジェトは耳を貸さない。その間に彼女は間合いを詰め、俺の所に背後から到達しようとした。
そこで、俺はイジェトの剣を強く押し返した。一際大きい金属音が周囲を包み、イジェトは呻き大きく後退する。
体勢を整え攻撃するには、多少の時間が必要だろう――そこですかさず、後方にいるフィクハに目を向ける。彼女は間合いに到達し、剣を振ろうとしているところだった。
「げ――」
何をするのかわからない様子だったが、こちらに策があるとは思ったのか、彼女は零す。同時に、俺は放たれた剣を弾き――
「――食らえ!」
剣を大きく振った。結果、剣の先端から魔力が溢れ、フィクハへと注がれる。
「――守れ!」
反射的にフィクハは結界を構築。障壁が彼女の前方に発生し――けれど、カバーしたのは正面だけで、側面や後方はがら空きだった。
いける――そう断じると共に、剣先から放たれた魔力が魔法と成す。刹那、
爆発的な閃光が、俺とフィクハの中間地点で巻き起こった。
「なっ――!?」
リリンの驚愕する声が聞こえた。まさか、彼女相手に――などと思っているかもしれないが、この魔法は見た目ほど強力なわけではない。
閃光は僅かな時間で終わり、元の情景を取り戻す。けれど変化が一つ。フィクハが結界を維持する左手をかざしたまま、膝をついていた。
「今の……」
「これでフィクハは、戦闘不能かな」
俺はそう呟いたが……とどめを刺すことはできず、振り向く。態勢を整えたイジェトが襲い掛かるところだった。すぐさま俺は応じるべく剣に魔力を込め、彼の斬撃に対抗する。
剣が噛み合う。同時に俺は一気に力を込め、振り抜いた。結果彼の握る剣がファーガスの剣と同様両断し、
「――は?」
彼が驚愕する間に、胴へ一撃叩き込んだ。無論魔力を刀身に注いで威力は大幅に殺しているが、
「がっ!」
イジェトは叫び、僅かに足が地面から離れ――倒れ込んだ。これで残るのは、リリンのみ。
「……なるほど、麻痺させたのか」
リリンは納得の表情を浮かべた。俺は答えないまま、彼女目掛け疾駆する。
彼女が矢を放つ。それを氷の盾で防ぎ、あっという間に間合いを詰めた。
どうするのか――リリンの対応を注視していると、決断は早かった。すぐさま後方に軸足を移し、大きく後退する。
「フィクハ! 悪いけど私はいったん退く!」
叫ぶと同時にさらに後方へ。矢を放つ気配もなく――そのまま、視界から姿を消した。
「よし」
俺は呟きつつ、振り返る。そこには倒れ込んでいるイジェトと、立ち上がるフィクハの姿があった。
「……さっきの魔法は、麻痺させる効果を広範囲に拡散させたんだね」
そしてフィクハの推論。俺は「ああ」と答え、剣を構え直した。
先ほどの魔法は、雷龍の応用だ。といっても複雑なことはしておらず、威力を殺し、麻痺させる効果を大いに付与して前方に拡散させただけ。
フィクハは結界を形成したので、前方から突き進む雷撃に関して防ぐことはできた。しかし、あの攻撃は四方八方に行き渡るのが特徴で、側面や背後を守らなかったフィクハは、まともに食らったというわけだ。もしいつものように雷撃を繰り出していたら、結界によって防御されていただろう。それを見越し、攻撃を当てられる可能性の高い技を使ったというわけだ。
まあ、直撃してもフィクハ相手に僅かに動きを鈍らせるくらいなので、セシルくらいのレベルになると間違いなく通用しないだろうけど。
「私がどうにか動けるレベルだから、威力は大したことないけど……あっさりと逆転されたね」
フィクハは呟くと、イジェトが倒れている場所に視線を移す。俺もまた確認すると、気絶しているようでピクリとも動かない。
「……とりあえず、彼は回収と」
俺は森の中で目に入った悪魔に指示を送ると、悪魔は速やかに反応し、近づいてくる。
「で、来ないの?」
ふいにフィクハが問う。彼女は雷撃による麻痺から脱し、俺に剣先を向けていた。
「……無詠唱の魔法で迎え撃つ気なんだろ? フィクハのことだから、何か策を考えていてもおかしくない」
「バレてたか」
隠すことなくフィクハが述べる。同時に悪魔が道に出て、倒れているイジェトを担ぎ、移動を開始した。
「俺の手の内を理解しているフィクハに、突撃は愚の骨頂だと理解しているさ……で、フィクハはどうする?」
「やられてばかりじゃ癪だし、少しは頑張らないといけないね」
彼女は軽口を叩くように述べると、剣を鞘に収め、突如両腕を左右に広げた。
次いで魔力が生じる。それは俺の肌が僅かながら粟立つほどであり、こちらを大いに警戒させるに十分な力となる。
なら――俺は応じるべく剣先に魔力を加える。ここで生み出すのは雷龍。先ほどのような中途半端なものではなく、全力の一撃。
「そちらも本腰で迎え撃つ気みたいね」
フィクハは俺の魔力収束の多寡を読み、告げる。こちらは無言のまま黙ってフィクハを見据えた。
やがて――フィクハは魔力収束を終え腕を俺へとかざした。こちらも既に準備完了。そして――
「打ち砕け――悠久の聖槍!」
直後彼女の足元が突如発光する。さらにそれが螺旋を描いた一筋の光となり、足元から体へ上がり、腕に巻きつく。
それら全てが彼女の両腕に集まる――地の魔力を利用した一撃というわけか!
「――おおっ!」
対する俺は、全力で剣を薙いだ。刃の先端から魔力が生じ、胴長の龍となりフィクハへ襲う。
もし彼女の魔法が耐えきれないとしたら、かなり危険だが――ある意味、フィクハなら互角に応じることができるだろうという、信頼に近い感情が胸の中にあった。そして彼女は俺の考えに応じるように、腕に収束させた光を、巨大な槍となって射出した。
中間地点で二つが衝突し、凄まじい轟音と突風が生まれる。真正面は光に包まれ何も見えなくなり、周囲が森であることすらわからなくさせる程、光は周囲に弾けた。
果たして――雷龍は力を失くし、消滅。加えフィクハの槍も完全に消失する。相殺だった。
俺はさらに攻撃が来ると思い、剣を構える。フィクハの立っていた場所を見据え最大限警戒し――
彼女がいないことに気付いた。
「……引き上げたのか」
魔法の衝突により姿を見失った時、逃げたらしい。
「あの状況で戦っていても負けると思ったんだろうな。しかし、最後の魔法は互角か……」
俺はフィクハの立っていた場所を眺めつつ、呟く。
あのまま戦っていれば俺の勝ちは間違いない。しかし、俺の全力を相殺したという事実は非常に大きい。剣術をある程度体得していることから考えても……彼女は、候補に入れていい気がする。
「シュウさんの弟子だし、色々と因縁もある……考えておくか」
呟き一度息をついた――その時、
背後から足音が聞こえた。
「次から次へと……」
愚痴っぽく零しつつ俺は振り向く。そして見えたのは、
「やあ」
――闘技大会覇者である、闘士セシルであった。