出会ったことのある敵
「来るか――!」
ファーガスは笑みを消さないまま俺へと叫び、跳んだ。
いや、それは足を前に出すという行為だったかもしれない。けれど速力の高い彼の移動は、俺から見れば跳躍に匹敵するほど一歩の距離が長かった。
一瞬で間合いを詰められる。さらに動き始めたのは俺の方が先なのに、彼の方が先に攻撃を行った。
けれど俺は冷静に、氷の盾で防ぐ。速いが盾越しに伝わる力は予想よりも弱く、魔力強化を腕に施せば――押し返すことができる。
「おっと」
ファーガスはあっさりと後退。余裕の表情であったため、様子見の一撃だったのだろうと察せられた。
「なるほどな……そっち側に立っている以上、生半可なレベルじゃなさそうだ」
笑みを消し、彼は言う。もしかすると剣を打ち合うまで、甘く見ていたのかもしれない。
そして彼は、刀身へさらに魔力を収束させる。
「だが、この力を見て余裕を持っていられるかな……?」
笑いながら、ファーガスは言う。
確かに収束する魔力はかなりの大きさ……おそらく、わざと見せつけるように魔力を集めているのだろう。
力を誇示し威嚇するという手段……もし相手がナーゲンやマクロイドであったなら、こんな風にはしなかっただろう。しかしそれをしてきたということは……俺に威嚇が通用すると思っているし、どこか油断があるような気がする。
そして彼の魔力だが、確かに目を見張るものがある。けど――
「……どうかな?」
俺は笑い返した――確かに強力だが、俺は一度魔王の力を抱いた英雄と相対している。それと比べれば、何の事はない。
「その余裕、消し去ってやるぜ!」
吠えたと同時に、ファーガスが動く。またも彼からの先攻で、打ち合いが始まった。
俺は放たれた斬撃を盾で防ぎ、反撃に転じようとする。けれど、それよりも速くファーガスは攻撃を行う。すかさず剣で弾き、さらに彼から剣戟。それを盾で防ぐ。
魔力は脅威でないものの、防戦一方――けれど、数度の攻撃によりタネはわかった。風だ。
風によって、攻撃速度――特に、技の出だしに関わる速度を強化している。そのため技を繰り出す時の隙が少ないばかりでなく、俺が対応するよりも速く動けるよう調整することができる、というわけだ。
「ほらほら、どうした! 弱腰だな!」
ファーガスは言いながら二度三度と剣を振る。けれど俺は挑発に乗らず防御に徹する。
目で追えるレベルであるし、タネさえわかれば対応することはできる……一方のファーガスは、俺の防戦を見て勝てると悟ったか、追撃を掛ける。
なら、それを利用させてもらうか……思いながら俺は苦しい表情を浮かべたフリをしつつ、剣を盾で受けた。
さらに、わざと崩れたフリをする――怪しむかもしれないと思ったが、ファーガスは好機だと悟ったようで、足を前に出した。
「――終わりだ!」
短期決戦のつもりらしく、俺を突破するべく必殺の剣を放った。
対する俺は――今度は剣で受ける。双方の刃が噛み合い、金属音が森にこだまする。
そこで俺は力を入れた――魔力強化により、押しまくるファーガスを動揺させ反撃に移ろうとした。
けれど、そうはならなかった――といっても、悪い方向になったわけではない。
ファーガスの剣に、俺の剣が食い込んだ。
「っ……!?」
彼はそれにすかさず気付くと、剣を引き戻そうとした。けれど俺は追いすがりそのまま振り抜く。結果、剣は刀身の三分の一から先を吹っ飛ばした。
「くっ……!」
途端に形勢不利となったためか、ファーガスは大きく後退する。
「まさか……二度までも!」
彼は叫びつつ苛立った顔を見せた。このまま突入するべきか、それとも一度退くべきか……そういう風に考えている雰囲気がある。
対する俺は、彼に接近を試みる。間合いを詰め、容赦なく斬撃を放つ。
ファーガスは回避に移った……けれど対応が遅れ、風の力をもってしても俺の攻撃範囲から脱することはできない――
「馬鹿、な――!」
予想外、という表情が明確にわかった。彼は最後の足掻きとばかりに剣をかざし防ぎにかかる。そして互いの剣がまたも交錯し――今度は、半身から先を両断した。
ファーガスはそれによって苦悶に近い表情を浮かべ、さらに後退。
「……とりあえず、勝負は預けておくぞ」
そして一方的に俺へと言い、元来た道を戻りだした。脚力に物を言わせあっという間に姿が見えなくなり、
「……武器を、調達しに行ったのかな?」
呟きつつ、剣を鞘に収めた。
――今回の戦いは、集めた武器の性能を確認する意味合いもある。だからもし武器が破損した場合、集められた武器の中で使っても良いとされるいる。それを求めに戻ったのだろう。
ルール上は退却しても良いことになっている。査定には響くだろうけど、時間内で何度も挑戦可能というのは資料に書いてあったし……また来るかもしれない。まあリベンジしに来たら、その時応じるか考えよう。
「さて……」
俺は今一度周囲を見回し、耳を澄ませる。戦いはそこかしこで起こっているらしく、金属音や叫び声。さらに爆音も聞こえてくる。
「次にここに来るのは果たして誰か……」
そんな風に呟いた時――視界に、新たな人影を捉えた。
しかも相手は、弓矢を所持しており、意識した瞬間、矢が放たれた。
それは光を伴ったものであり、俺は再度剣を抜き、弾いた。
次いで相手を確認する。今度は見覚えがあった。
「……リリン?」
その相手も勇者の証争奪戦で出会った、闘士。
赤髪ショートカットに無骨な具足と軽鎧は相変わらず。しかし弓だけは変わっていて、以前はごくごく普通のものだったが、今は黒塗りかつ、白色の紋様が刻まれたものを使用している。
「久しぶりね」
端的に告げる彼女。声と、凍てついた雰囲気も相変わらず。
「さっきの、ファーガスよね? 早速、追い返したというわけか」
「俺が武器を破壊したから」
「なるほど、それじゃあ戦えないわね」
告げ、彼女はにわかに殺気立つ。
相手は弓を使用する闘士――だが、接近すればというのはいくらなんでも早計だろう。
「あなたでも、警戒はするのね」
リリンは世間話みたく俺へと告げる。それにこちらは、肩をすくめた。
「言っておくけど、俺は余裕ぶれる程実力ないって」
「謙遜ねぇ……油断でもしてくれるとありがたいのだけど」
「悪いな」
告げつつ剣を構える。距離はそれなりにあり、既にリリンは弓を構えている。接近しつつ放たれた攻撃を回避し、次を装填する前に決着を――という風に考えてみたが、相手は闘士。この程度の戦局、数えきれない程行ってきただろう。通用するとは思えない。
なら、どうするか――俺は深呼吸をした後、剣を握り直す。とりあえず相手の出方を待とうとした。
「……私としては、あなたに勝てる見込みは少ないと思うわ」
そこで、リリンはずいぶんと弱気なことを言った。
「そもそもセシルと互角に戦えるのだから、レンの方が圧倒的に強いのは自明の理」
「急にどうした?」
「単なる戦力分析よ。で、その力の差を埋める方法としては、どんなことがあるのかを考えてみた」
リリンは笑う――どこか、不敵な笑み。
「そして行き着いた結果……まあ、この方法で一番上まで行けるとは到底思えないけど、せめてセシルと互角に戦う相手に一矢報いたいというのはある」
語った直後――俺は、背後から気配を感じた。
「だから――二人掛かりで戦わせてもらう」
考える間にも相手は近づき――俺はすぐさま振り向き、剣を放つ相手を視界に捉えた。