縁ある敵
――持ち場は山の中腹に位置する場所。遠目からわかりにくかったがきちんと道を成しており、俺の背後にはY字路が存在する。
渡された資料によると、この試験に際しかなり山道を増やしたらしい。それにより山全体が迷路のようになり、非常に入り組んでいる。加え道は森で覆われ、遠目からは道が見えないようになっている。
さらに、森の中にはフロディアが造り出した疑似的モンスターや悪魔がうじゃうじゃといる……なるほど、これはかなり厄介だな。
ちなみに悪魔の体は、以前シュウが生み出した黒騎士のそれと似ている。もっとも、こちらは青色だ。そうした魔物達の役目は、森の中を進んできた試験者に襲い掛かること。これで森の中を迂闊に進めなくなっているというわけだ。
で、試験に関しての詳細も資料に書かれていた。試験自体は午前と午後二回行われ、途中に休憩を挟む。査定が滞りなく進めば午前で終わるようなケースもあるらしい。昼は所定の休息ポイントがあり、そこを利用しろと書いてあった。
そして、試験者は俺のように待ち構えている人間と遭遇した場合、その指示に従えと言われているらしい。戦い方については、山を守る側に裁量権があるというわけだ。とはいえ、俺の場合は訓練の一環だと思ったので、戦う条件などは組み込まないことに決めた。
「しかし、結構配慮されているな……特に、休憩があるのはありがたいな」
昼食のこととか深く考えていなかったのだが、その辺りもしっかり資料に書かれていたりすると、なんだか安心できた。
その時、山の下の方から何やら声が聞こえてきた。風に乗って耳に入ってきものであり……どうやら、試験者が来て説明を始めたらしい。
戦闘開始は、火球を上空に打ち上げて報せると資料に書かれており……やがて、その通り弾けるような乾いた爆発音が周囲に響いた。始まりだ――
「よし」
俺は剣を抜き、戦闘準備を整える。山の中腹なので、さすがに今すぐにここへ来るようなことはないだろうけど。
若干そわそわしつつ、周囲に目を向ける。悪魔やモンスターが森の中にいて、視線を虚空へ向け漂わせていた。
――資料と一緒に、俺は小さな魔石がはめられた指輪を一つ手渡されていた。それを使い魔力を流すと、悪魔達が指示に従うらしいので、試してみる。
左手の中指にそれをはめて、一番近くにいた騎士風の悪魔へかざしてみる。すると、顔をこちらへ向けた。
「えっと、ここから呼び掛けて指示か……来い」
告げると、首を向けた悪魔が茂みをかき分けて近づいてくる。他にもモンスターや悪魔はいるのだが……来るのは一体だけ。
「魔力を流す量を変えれば、複数操作できるみたいだけど……まだ慣れてないし、とりあえずこいつで操作方法を勉強するか」
言っている間に、悪魔は俺の横に立つ。デザインがシュウの生み出した黒騎士なので、なんだか嫌な感じだ……というか、なんでこんなデザインにしたんだろう。
「……まあいいか。とりあえず、早速操作を――」
さらに呟いた直後、前方からドン、という重い音が聞こえた。即座に首を向けると、こちらへ突き進んでくる影が――
「まさか、もう来たのか!?」
内心驚愕しつつ、俺は悪魔を操作し盾とした。とりあえず、これで様子を見る。
その間に相手が近づく。速度はかなりのもので、目で追えるがその姿を明確に捉えるのは難しい。
「なら――突撃!」
俺は悪魔へ指示を飛ばした。それにより悪魔は駆け始め、人影へと向かう。正面から悪魔が来る以上、相手も突撃を停止するのではないか――そういう目論見があった。
けれど、人影は速度を変えない。このまま衝突する気なのか――そんな風に思った直後、
斬撃が、悪魔へ向け放たれた。
剣戟が悪魔の体に食い込むと、一気に両断し、吹き飛ばす。
「なっ!?」
さすがにこれは予想外であり、俺は驚き目を見張る。その間に人影はこちらへと迫り、
――反射的に剣を差し向け、さらに左腕に氷の盾を生み出した。
「ちっ!」
直後、相手からの声。その時になって俺は冷静さを取り戻し、相手の攻撃を捉えるに至った。放たれたのは横からの攻撃。それを氷の盾で確実に防ぐと、反撃に移る。
こちらが行ったのは刺突。無論仕掛けを施しており、剣先が触れた瞬間衝撃波で吹き飛ばす仕組みにしていた。
それに対し相手は、速度を落としつつ剣の腹でそれを受けた。直後、相手の体が大きく後方に飛ぶ。けれど倒れ込むような無様な姿は見せず、着地、足でブレーキを掛け、どうにか止まる。
ブレーキによって砂埃が相手の周囲に満ちる。そこでようやく、俺は相手の顔を確認することができた。
「あんたは……?」
見覚えの無い人物。黒い色をした三白眼と黒髪を持ち、装備は上から下まで黒装束。その中で白銀の剣がずいぶん目立って見え……彼は、俺を睨みつけていた。
「ここは勇者レンか……悪いが、押し通るぞ!」
叫ぶと同時に相手は突撃を再開。一瞬で先ほどと同様の速度を出す――おそらく、そのスピードに任せここまで一気に到達できたのだろう。
そして彼の魂胆もなんとなくわかる。速度を生かして俺を突破し、一気に山頂まで目指すつもりなのだ。
なら――俺は即座に左腕をかざし、それを地面に叩きつけた。
「何――?」
相手がこちらへ駆けながら眉をひそめた――直後、俺の周囲を始めとして道全体に大量の氷柱が地面から生じ、彼を阻む。
「なっ!?」
今度は彼が驚く番だった。すぐさま足を止め、回避に転じる……もし氷柱を飛び越えてこようものなら雷撃をお見舞いしようと思っていたのだが、結構用心深い。
「なるほど……一筋縄ではいかなそうだな」
彼は言うと、剣を構え直す。そしてギラついた視線で、俺を見据えた。
「まあいい。ここで会ったのも縁だろう。以前やられた雪辱を果たすとしよう」
「……やられた?」
彼の言葉に首を傾げる。目の前の人物に挑まれた記憶なんてないのだが――
「あんた、誰だ?」
「憶えていないのか……? 俺の名は、ファーガスだ!」
ファーガス――その言葉で俺は思い出した。
勇者の証争奪戦を行った時、最後の最後で出し抜きいち早く勇者の証を手に入れた人物。けれど彼が持ち帰った物は英雄アレスの鞘を隠すためのカモフラージュであり、奪い取った後色々とあったみたいな話は聞いた。
「……あんたが横取りしたのがまずかったんじゃないのか?」
「違う! お前、あの後俺の剣を折っただろう!」
……ああ、あったな、そんなこと。セシルに言われて剣を打ちあい、彼の剣を砕いた。
「セシルから返されて、翌日。仕事を請けようと思った時折れているのに気付き……無茶苦茶ショックだったんだぞ!」
まあ、俺がやってしまったのは事実だが、今更言われてもなぁという感じはする。
「というわけで、今こそリベンジを果たそう。まあ、あの争奪戦の時から目をつけてはいたんだ。それが今日、巡って来たまで」
好戦的な眼差しと共に、剣を構えるファーガス。なるほど、多少なりとも因縁があるし、戦う理由としては十分だな。
「……わかった。なら、俺も本気でいかせてもらう」
彼に応じるように剣を構える。ファーガスはこちらを強敵と見なしたか、笑みを浮かべながらも警戒の眼差しを向ける。
手の抜ける相手じゃないのは間違いない。先ほどの速度はかなりのものだったし、十分警戒に値する。とりあえずセシルと比べては……とは思うけど。
ファーガスは俺の動向を観察しながら剣を左右に揺らす。こちらが行動するのを待っているのか、それとも出方を窺っているのか。
膠着状態と言うこともできるのだが――下の方から爆音なんかが聞こえてきた。あまりにモタモタしていると、他の面々が来るだろう。
仕方ない――俺は思いつつ、彼へ駆け出した。