いきなり遭遇した、その人物
転移によってラジェインへ戻って来ると、報酬を受け取りギアと別れた。ちなみに報酬については、リミナが「私達二人が一月何もせずに、割と贅沢して過ごせる額」と言っていたので、かなりの金額であったことだけは認識した。半分でこれなので、残りを受け取ったギアは驚いたかもしれない。
そして俺達は前とは異なる宿を取り、一泊。翌日からはリミナが言っていた通り休息を取ることに。
なので、俺は街をブラブラしていた。
「……さて」
一人大通りを歩き、思案し始める。リミナにプレゼントを――そう考えたのは良いが、俺にはこの世界の価値観がまだ把握できていないため、何を贈ればいいのか迷う。
さらに俺達は旅をしているので、かさばるような物も購入できない。ここは無難にアクセサリでも買うか……いや、切った張ったしている俺達にとって、そうした物も邪魔になるかもしれない。
「どうするかな」
雑貨店や露店を見ながら呟く。ちなみにリミナは国立図書館に行っている。物を探している間に遭遇する危険性は限りなく低いので、その点は安心できる。
「できればサプライズで渡したいからな……」
ということで、無策のままひたすら歩く。露店でそれらしい物も売られているのだが、こういうプレゼントの相場もわからないため、覗いてみては立ち去るの繰り返しだった。
そういう風に過ごしていると、あっという間に昼を迎える。
「……飯でも食べるか」
言いながら適当な店に入る。そこは商人や旅人が食事をする一般的な店。最低限の内装と雰囲気を持った、ごくごく普通の場所。
女性の店員に案内され、窓際の席に着く。対面して椅子の置かれたテーブルで、窓の外には大通りが見えた。とりあえず適当に注文し、出された水を口の中に含ませつつ、外を眺める。
景色は非常にゆったりとしている。大通りを進む人の中にはせわしなく動く商人なども見受けられたが、空気自体はまったりしていて、時間の流れが非常に遅く感じられる。
元の世界では、街中まで行けば車の音を始めとした都市特有の音によって結構煩わしかった。高校生をやっていた時には味わえなかったであろう光景。俺はなんとなく微笑んだ。
やがて料理が運ばれてくる――その時、店員が俺を見て話し掛けてきた。
「あの、相席などは、よろしいでしょうか?」
「ん?」
店員に言われ、店内を見回す。カウンター席を始めいつのまにか人がひしめいており、入口付近には待つ人もいた。
「……相手が良ければいいですよ」
様相を見て返答すると、店員は「ありがとうございます」と告げ、その場を離れる。
気を取り直し食事を開始。パンをかじりスープをすすり、骨付き肉を一口食べた時、
「すいません」
女性の声が聞こえた。店員かと思いつつ首をやると、そこには杖を携えた女性が一人。
「相席を言い渡されたのですが」
「あ……はい。どうぞ」
肉を飲み込みつつ、俺は頷いた。
彼女は灰色のローブを着込み、栗色のショートヘアを揺らしている。パッと見、旅人のようにも見えるが、杖――やや太さを持った、鉄製と思しき物――を持っていることから、リミナと同じ魔法使いのようにも見える。
彼女は座ると、ふうと息をついてメニューを手に取る。店員がやって来て水を差し出した時、注文を始めた。
「ラムの香草焼きを二つと、タコのマリネを三つ。あとキノコのリゾット四つとイワシのテリーヌを三つ。あと、野菜スープを二つ。それから――」
どれだけ食うつもりなんだ、こいつは。
店員が目を白黒させてメモする。女性が一通り注文を済ませた時、店員は少しばかり申し訳なさそうに声を飛ばした。
「あの……一度に持ってくることはできませんが」
「いいですよ。順次持ってきてください」
やんわりと女性が言う。店員はそこで引き下がり厨房へ向かう。可哀想に……コックさんはただでさえ忙しいのに、さらに地獄となる。
ちなみに俺は淡々と食事を進める。ついでにできるだけ目も合わせないように――思った時、女性がこちらへ視線を送っているのに気付いた。
「……すいません」
とうとう話し掛けられる。俺は観念し、視線を彼女にやった。
「なんですか?」
「どこかでお会いしたことありませんか?」
問われた。けれど、当然ながら記憶は無い。
もしかして、勇者レンの知り合いなのだろうか――いや、それにしては不明瞭な質問だったので、友人や仕事に関わった人ではなさそうだ。
「……こちらは、記憶にありませんが」
なので、正直に答えた。女性は「そうですか」と引き下がりつつも、食事をする俺に度々目を向けた。
少しして彼女の料理が運ばれてくる。俺はスープの残りを飲み干しつつ食事する彼女を眺める。食べ始めてからはこちらに目をやることもなくなり、黙々と料理を口に運ぶ姿が見受けられた。
一定のペースに延々と食べ続け、どんどん皿が積まれていく。様子に気付いた客が目をやりなんだか会話を始める。俺は仲間と思われるのは避けるべきだと思い、最後のパンを口に放り込んで席を立った。
すぐさま会計を済まして店を出る。何で俺がいたたまれなくなって店を出ないといけないのだろう。
「……でも、あれ以上居座っていたら仲間扱いだよな」
別にそうだからといって何かあるわけでもないが……まあ、いいか。思い直して腹ごなしに歩き始めた。
昼以降も店を回って過ごす。だが、これという物が見つからず、時間だけが過ぎていく。
「今日はあきらめるか……」
買うのは明日以降にしよう――そういう結論を導き出した時、後方から「すいませーん」と女性の声がした。
振り返ってみる。そこには昼間食堂で相席した女性。俺が自分のことを指差すと、彼女は頷き歩み寄ってくる。
「ああ、すいません」
微笑みながら俺に声を掛けた。こちらとしてはただ頷くだけ……なのだが、最初出会ったあの食事風景が思い出され、なんとなく身構えてしまう。
「えっと、レンさん……ですよね?」
けれど、次に発せられた言葉で驚いた。店の中で尋ねられたが……彼女は思い出したらしい。
「え、ええ……そうですけど」
とりあえず答える。すると、彼女は再度微笑んだ。
「良かった。間違っていたらと少しドキドキしました」
「……それで、何の用ですか?」
窺うように尋ねると、彼女は居住まいを正して語り始めた。
「えっと、私はクラリスといいます……あなたの従士である、リミナの友人です」
「……え?」
またも驚く。リミナの友人?
「レンさんが私を憶えていないのは無理もありません。旅先でリミナと再会した時も、彼女と簡単に挨拶した程度だったので、会話したことありませんから」
「ああ、そうですか……」
「それで、リミナは元気ですか?」
「ええ。あの……会いますか?」
「はい」
元気よく返事をする彼女。そこでなんとなく思った。今日の行動は、彼女とリミナを引き合わせるためにあったのかもしれないと。