彼の声
「他に質問は?」
ターナが再度訊く。そこで今度は俺が口を開いた。
「今後、現魔王が率いるグループと、人間が交戦する可能性はあるんだな?」
「そうですね」
頷くターナ。対する俺は険しい顔をした。
「で、その状況下で……前のように、世界全土を巻き込むような戦いに発展する可能性はあるのか?」
――問い掛けに、ターナは沈黙。セシルやノディもまた、目線を魔族へやり回答を待つ。
現魔王は人間に対し好戦的に動いている。おそらくこれは先代魔王を滅ぼしたことに関係していると思うのだが……それが発展し、以前のように血みどろの戦争になる可能性が――
「現時点では、低いと言っておきます」
けれどターナの答えは、否定的なものだった。
「そもそも以前の戦いは、先代が総力戦を求めたためであり……実の所、反対意見もありました。けれど側近である方々は先代に従い、戦い、滅んだ。現陛下はそうした馬鹿な真似はしないと表明しており、全面戦争に至ることはないでしょう」
そこで、ターナは俺達を一瞥する。
「……ただし、英雄シュウが余計な真似をしなければ、の話ですが」
「魔界干渉は、戦争をしないと表明している魔王すら首を縦に振らしてしまう程のものなのか?」
俺が質問すると、ターナは難しい顔をした。
「魔界に干渉し、何をしたかにもよります。例えば現魔王を打倒する、ということになれば間違いなく、現陛下の側近達が報復するべく動き出すでしょう」
「俺達は関係ないんだけど……」
「側近から見れば、人間は全部同じに見えるのでしょう」
「そうか……俺達がシュウ達を止めないと、最悪なケースに発展する可能性があるということだな」
俺は呟きつつ、さらにターナへ言及した。
「俺達は英雄シュウの行動が、魔王復活を狙っていると推測しているんだが……どう思う?」
「復活、ですか。完全に滅んだ存在を復活させることはできません」
きっぱりとした口調……けれど、彼女は付け加えるように話す。
「しかし、魔王になることはできるかもしれません」
「……は?」
思わず口が大きく開いた。魔王になる――?
「魔王は、選出によってなるものです。もし陛下を倒し、側近を黙らせることができれば、人間が魔王になることも可能です」
「魔王、か」
それにセシルは含んだ笑みを見せた。
「シュウはもしかして、魔王となるべく動いているのか……?」
「でも、シュウさんはラキの目的に賛同して動いているんだぞ? そうするとラキが魔王になりたいと願っていると、考えることもできるんだが……」
「ラキ、とは?」
今度はターナから質問が来る。新たな人物の名に興味を示したようだ。
「……そうだな、まだまだ話は尽きないし、ひとまず場所を移そうか」
そう言ってセシルは、左手で首筋の汗を拭った。気付けば小さい部屋の中で話し込み、空気がこもって部屋の温度が上がっている。俺は冷気の魔法を使用しているので平気だが、セシルやノディは結構苦しそうだった。
「僕の屋敷に来てもらおうか」
「え、ちょっと待ってください」
すかさずターナが反応する。
「さすがにあなた方のテリトリーに入るのは……」
「言っておくけど、この状況で拒否権はないよ」
語りながらセシルは、剣を再度彼女の首筋に向けた。
「屋敷で、さらに事情を聞かせてもらう」
「ま、待ってください。逃がしてくれるって言ったじゃないですか」
「僕らとしてはまだ情報が欲しい」
明瞭に答えたセシルの言葉に、ターナは不安な表情を見せる。
「……喋り終わったらバッサリ斬られる、なんてことないですよね?」
「何度も言うけど、君に拒否権はないよ」
――なんだか、こっちが悪役みたいな雰囲気だ。
ターナは俺やノディを一瞥する。けれど静観するのだと理解したのか、再度視線を戻しセシルへ口を開く。
「で、でも――」
『そうだね、情報交換といこうか』
――刹那、新たな声が。即座に警戒した時、彼女が身に着けているペンダントから発せられたものだと気付く。
「声が……?」
『この道具を介し、主人である私の音声を飛ばすことができる』
声はひどく快活で、気持ち良いくらい。声質からは年齢は二十代、くらいだろうか。魔族に人間の年齢が当てはまるのかわからないが。
「……情報交換とはなんだ?」
セシルが声を低くしつつ、剣の切っ先をペンダントに変えた。
『こちらは英雄シュウ……いや、アークシェイドという名前だったかな? とにかくそうした組織の残党に関する情報をほとんど持っていない。だからそれを教えてもらう代わりに、こちらも話せる情報は教えよう』
「……このまま道具を壊して、目の前の魔族に尋問するという手もあるんだぞ?」
セシルが言うと、ターナが顔を軋ませ体を大きく震わせる。
「え、あの……」
『彼女よりも主君である私の方が、情報源として価値があると思わないかい?』
対する魔族からの回答がそれ。ペンダントの奥では、笑っているような気がした。
『で、君達が訊きたいことに関してだけど……これ以上尋問してもターナからは出ないよ。私に訊かないと』
「……彼女の命と引き換えに、というのはどうだ?」
セシルが言う。丸っきり彼が悪役だ。
『そういう交渉事は、悪いが乗らない。その時はターナ、私のために犠牲になってくれ』
「は、はい!?」
戸惑う彼女。まさか切り捨てられるとは思っていなかったらしい。
「あ、あの……!?」
『心配いらないよ。勇者レンと闘士セシル……この二人なら、どちらが賢明か理解しているはずだ』
――そこで、セシルは剣を下げた。
「……乗せられていると思うと癪だが、情報が欲しいのは確かだ」
『話してくれるのかい?』
「ああ。だけど彼女をこのままこの部屋に留まらせることはできない。悪いが僕の屋敷に来てもらう」
『仕方ないね……ターナ、頼むよ』
「は、はい……」
やや怯えながら頷く。彼女にとっては、状況が二転三転してさぞ大変だろう。
「……おっと、その前に」
けれどセシルは歩き出さず、代わりにペンダントへ目を向けた。
「名前くらいは訊かせてもらってもいいかい? そのくらいの情報は出してもらわないと信用できない」
『いいよ。私の名はジュリウスだ』
あっさりと答える魔族――ジュリウス。
「……移動しよう」
名を聞くとセシルは踵を返す。
「ターナとやら、悪いけど僕の隣を歩いてくれ。で、もしおかしな行動をすれば」
「はい、わかっています」
ターナは神妙に頷くと、セシルと共に部屋を出た。後に俺やノディが続く。
廊下を見回すと、部屋に入った時と同様アキとレックスがいた。当該の人物を目に留めて彼女は「あっ」と声を上げる。
「えっと、同行しているというのはどういう事情?」
「……話すと長くなる」
代表して俺が答えた。
「で、今からセシルの屋敷に向かうんだけど」
「なら、私もお邪魔していい? 何やら込み入った話みたいだし」
「僕は構わないよ」
ターナに視線を送りつつセシルは言及。アキは「なら」と呟き、俺達の後方を歩くこととなった。
六人という大所帯となって宿を出ると、セシルは一目散に屋敷へと歩き出す。
「急展開って感じだね」
ふいにノディが呟く。急展開……確かにいきなり魔族と遭遇して、なおかつ情報交換をしようとしている。彼女の言う通りかもしれない。
そこで俺はアキ達に簡単に事情を説明した方がいいと思い、後方に首を向けつつ口を開く。説明を加えながら、途中で前を歩くセシルとターナに視線を送る。
両者はどこか硬質な雰囲気をまといつつ進んでいる。ターナの気配は相変わらずであったが、周囲の人々に変化はない。俺達が勘付いたのはそれなりに修練を積んでいるから、と考えてよいだろう。
気配を隠すことなんかもできない様子なので、きっと力の低い魔族なんだろうと見当をつけつつ、俺はセシル達と共に屋敷へと急いだ。