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訪れた場所で――

「あら、レン君じゃない」


 セシルの案内により訪れた宿で、ばったりアキとレックスに出会った。


「あれ、アキ……もしかして、ここに泊まっているのか?」

「この人達が大陸外の勇者?」


 セシルが問うと、俺は小さく頷いた。


「ああ。女性がアキで、俺と同じように異世界からの来訪者。で、男性の方がレックス」

「そう……あ、どうも初めまして。セシルと申します」

「話には聞いているわ。初めまして」


 双方握手を交わす。次いでノディが名乗り、そちらとも握手。


「それで、三人で私に用?」

「いや、この宿に用があるんだ」


 そう言いつつ目の前の建物を指差した。

 そこには三階建ての、純白に色塗りされた宿屋。結構良い場所で、さぞ高いんだろうなと思う。


「宿に……? ああ、そういうこと」


 と、アキは俺達に向かって笑みを浮かべた。


「あれね、私達の三つ隣にある部屋の中にいる、魔族の件でしょ」

「……は?」


 その言葉に、俺は思わず間の抜けた声を上げた。

 セシル達を見ると、訝しげな視線をアキへと向けている。


「魔族って……ここに、魔族が?」

「ええ。というか私やレックスからしたらバレバレだけど」


 アキが告げると後ろにいるレックスは小さく頷いた。


「正直な所、拍子抜けしたくらいなのよ。だって魔族の気配を漂わせながら宿の酒場で堂々と食事しているのよ?」

「……おい、セシル。これどうするんだ?」


 俺はなんだか困った表情でセシルに問い掛ける。話的には、怪しい人物イコール魔族ということなんだろうけど。


「どうって……部屋にいるならまずは調べないと」

「先ほど、宿の中に入っていくのは見たわよ」


 これはアキの言。なら、調べないわけにはいかないな。


「よし……ではアキさん、案内してください」

「いいわよ。それとセシルさん、私のことはタメ口でいいから」

「なら、そうさせてもらうよ」


 あっさりとセシルは承諾し――アキの案内により建物の中に入る。室内はどことなくエキゾチックな空気が漂っている。


「こっち」


 アキに案内され、俺達は廊下を進む。途中酒場があったので確認したが、当該の魔族はおろか人がいなかったので、そのまま二階へ。


「ここが私達の部屋」


 アキはやがて立ち止まり、一つの部屋を指差す。


「で、三つ隣にあるあそこが、魔族が泊まっている部屋」


 次いで指を差す。そこは、何の変哲もない扉……って、当たり前か。そして物理的に遮断されているためか、気配などはわからない。


「……一気に踏み込もう」


 セシルは決断し、腰にある長剣を抜いた。宿で物騒だとは思ったが……相手が魔族である以上仕方ないか。もし騒動が起きても、セシルや騎士身分のノディがいるし大丈夫だろう。

 俺やノディも彼に合わせて剣を抜く。そこでアキも構えをとろうとして、


「アキはここで待機。もし僕らに何かあったら、援護を頼む」


 セシルが言及し、彼女は構えを崩しつつ「わかった」と返答した。


「それじゃあ、行くよ」


 セシルが号令を掛け、俺達は歩き出す。急に周囲の空気が緊張を帯び、あれだけ不平を言っていたノディも、セシルの指示に従い足音を立てないよう移動している。

 俺も二人に合わせるようにじりじりと進み――俺達は扉の前に辿り着く。


「僕がノックする」


 セシルは小さい声を上げ長剣を握る右手を扉に近づけ……二回ノックをした。その結果、


「はーい」


 若い女性らしき声と共に、パタパタとスリッパの音が聞こえてくる――それらを耳に入れた瞬間、もしかして部屋を間違えたのかと思った。

 一瞬だけ俺はアキへ視線を送った。けれど彼女は俺達のいる場所を黙って指差している。ここで正解、と言いたいようだ。


「何ですかー?」


 そう言ってガチャリと音を立て扉が開く――同時に、


「ふっ!」


 目の前に現れた相手に対し、セシルは剣を振った。


「へ――?」


 対する相手はその剣に視線を送りつつも、避けることができず刃が着ている衣服に触れた。


「へ――?」


 もう一度、声。次いで相手が俺達を見回し、

 途端、顔が僅かながら青くなった。


「え、えっと……あ、あなた達は?」


 そしてゆっくりと両手を上げる。降参の意思表示だ。


 相手の声を聞きながら、俺は観察。身長は俺やセシルと比べ低く、性別は女性。衣服は濃い緑色のフードつきローブで、ローブの色と同色のショートヘアと、黒い瞳を持っている。首からはこれまた緑色の宝石が埋め込まれたペンダント。

 シミ一つない顔は可愛く、街中を歩いていたらナンパされそうな雰囲気ではある。けれど――


「本当に、バレバレだな」


 セシルが評した。そう、アキの言う通り、俺にも彼女から発せられる異質な空気を感じ取ることができた。けれど今まで出会ってきた魔族……といっても比較対象は少ないのだが、そうした面々と比べれば威圧感はない。


「とりあえず、部屋に入ってくれ」


 セシルは刃を向けたまま魔族に指示をする。相手は俺達に目を丸くしつつ、身の危険を感じてか慎重に、ゆっくりと後退を始めた。

 それに追随する俺達。アキやレックスなんかは俺達に任せるつもりなのか、部屋には入ってこない。そして一番後方のノディが入室し、扉を閉めた。


「さて、一つ訊きたい」


 セシルは切っ先を彼女へ向けたまま問う。


「確認だが……お前、魔族だな?」


 質問に対し――彼女の表情が固まる。


「え、え……あ、あの?」

「というか、滲み出る気配からバレバレなんだが」


 セシルが言及すると、彼女は凍りついたように動かなくなった。どうやら、気配がダダ漏れという事実に今初めて気付いたらしい。

 やがて、彼女は引きつった笑いを浮かべる……今ようやく、自分の置かれた状況を理解したようだ。


「……で、あの、皆さんはどのようなご用件で……?」

「酒場で色々と聞きまわっていただろう? それの調査でお前に辿り着いたんだ」


 言って、セシルは右の剣を首筋に。すると彼女は「ひっ」と小さく呻いた。

 ……傍から見ると、俺達が彼女を囲んで尋問しているような感じだ。


「正直、それだけ気配が漏れているにも関わらず活動できたのは……運が良かったとした言いようがないな」

「……い」


 そこで、魔族は声を上げた。それにセシルは首を傾げる。


「どうした?」

「……い」


 さらに声を上げる。俺やノディは大いに警戒しながら言葉を待ち、


「……命だけは、お助けを」


 見事なまでの命乞いであったため、なんだかがっくりときた。


「おいおい、どうするんだよこれ」


 そして思わず言ってしまう。というか魔族の気配はあれど、彼女に一切の戦意がないのは明らかだった。


「セシル、どう見ても戦う意志はなさそうだけど」

「レン、油断するな。魔族という存在は、いつ殺しに向かって来てもおかしくない」


 そんな会話が成された直後――突如、魔族の体がビクリと震えた。


「レン……と、セシル?」


 聞き覚えがあるらしい。俺とセシルは同時に頷く。


「僕が闘技大会覇者で、こっちが勇者だ」

「……は、はは。やっちゃった」


 そう呟き、女性突如ストンと腰を抜かして座り込んだ。その動作にはさすがにセシルも肩をコケさせる。


「……確認だけど、戦意はないのか?」

「はい、ありません」


 きっぱりつ言いつつ、彼女は両手を上げたままさらに乞う。


「お願いですから命までは取らないでください」

「……なぜあんたがここにいるのかという説明はできるのか?」


 魔族の表情が固まる。話したくないという雰囲気。

 それを見て取ったセシルは小さく嘆息し……やがて、


「まあいいや。とりあえずいくつか質問する。で、僕達がその内容に満足したら、見逃すことにしよう」


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