魔族の謎
「……やれやれ、難問ばかりが増えていくわね」
魔族達が姿を消した後、アキが嘆息を交え呟き始める。
「言葉からすると、レン君が追う案件とは関係なさそうね」
「そう、だな」
「……ずいぶんとまあ、厄介事に首を突っ込んでいるようだな」
俺達をここまで案内した闘士が、口を開く。
「追っているのは、英雄シュウを操るアークシェイドの残党というわけか……」
「そこは、深く追求しない方がいいですよ」
俺は興味津々な闘士に釘を刺す。すると彼は「そうだな」と応じた。
「分不相応な情報の取得は早死にするな……聞かなかったことにしよう」
「お願いします」
闘士達に告げると、アキへ目を向ける。
「で、これからどうする?」
「ひとまず街へ戻りましょうか。ここの悪魔が消えたのは間違いないけど、街の方で異変がないかの確認も必要だし――」
俺達は闘士達と共に一度街へと戻った。そして交戦する間、こちらでは何事もなかったようで、ひとまず安堵した。
「君達にはずいぶんと世話になった。何か礼をしたいのだが……」
闘士が俺達へ話し出す。けれどこちらは首を左右に振った。
「いえ、お気持ちだけで十分です」
「そうか……では、これからの戦い、幸あらんことを祈っている」
最後に闘士はそう締めくくり、俺達から離れて行った。
「……さて、疑問がいくつもあるわね」
見送る間に、突如アキが口元に手を当てた。
「もう一度言うけど、先ほどの魔族達は口調から、英雄シュウ達と関係ありそうにないわね」
「演技をしているような素振りも無かったし、間違いないと思うけど……拝見しておきたくてと言っていたから、俺達がいたから攻撃を仕掛けた、という雰囲気ではあるような気がする」
「そうね。で、心当たりはあるの?」
「……少なくとも、俺はない」
彼女に応じつつ、思案し始める。
勇者レンが何かをしでかした、という可能性もゼロではないが確かめる術はない……ともかく、シュウ達の部下である可能性は、ゼロに近いと思っていいだろう。
さらに言えばあの魔族――ファイデンという名の女の子魔族からのヒントを考慮した場合、英雄シュウと敵対している可能性も十分ある。
魔族は何の目的で動いているのだろうか……答えは出ないけれど、俺達に攻撃をしてきたのも事実なのは間違いなく――
「私達が狙いである可能性がある以上、すぐにでもここを離れるべきかもしれませんね」
今度はリミナが提案。確かに狙われているとすれば、俺達が消えることでこの場所の平穏が保たれる。
「なら、早速行きましょうか?」
次いでアキがリミナに問う。
「転移魔法を使うのなら、余裕でしょう?」
「はい……勇者様、どうしますか?」
「すぐに帰るというのもアリだとは思うけど……一応、街の中で聞き込みでもした方がいいんじゃないかな。目に見える被害以外に、魔族が街の中で何かしている可能性もあるし」
「そうね。それじゃあ今日一日くらいは様子を見ましょうか」
アキが提案すると、俺とリミナは同時に頷く。すると、
「ごめんなさい、なんだか私が仕切るような形になってしまって」
彼女は苦笑し謝った。
「俺達は別に不快と思ってはいないから……というか、本来は俺達が色々と考えるべきなのに」
「私の性に合っていることだから気にしなくてもいいわよ。それじゃあ」
と、アキは仕切り直したばかりに俺達へ告げた。
「聞き込みを始めましょうか。とりあえず二手に分かれるとして……ただ、私達はこの大陸の地理とかわからないし、地名が出てきても首を傾げる他ない。だから、私達とあなた達でそれぞれペアを組みたいのだけど」
「構わないよ。リミナもそれでいいよな?」
「はい」
「なら、リミナさんには申し訳ないけど、レックスと組んでくれる? 男女ペアの方が人も話しやすいだろうし……けど、ほら」
アキはレックスを一瞥する。無言で佇む彼は、聞き込みなんてできそうにない。
「わかりました」
リミナは異を介したか笑みを浮かべながら承諾。アキは手を合わせつつ「お願い」と言うと、
「レン君、行きましょうか」
「ああ。俺達はとりあえず街で聞き込みをしよう」
「なら私達が港を回ります」
リミナは言うと、小さく一礼した後レックスと共に歩き出した。それを見送った後、俺とアキは行動を開始する。
「いい従士さんね」
歩き出してすぐ、アキが口を開く。俺はそれに深く頷き、
「最初記憶喪失と誤魔化して活動していたんだけど……そこから、ずっと頼りっぱなしだ」
「そう。ちなみに、異世界出身であると話したのはなぜ?」
「……シュウの、計略だ」
そう言って、少しばかり説明を加える――と、アキの顔は露骨に険しくなった。
「英雄の、策か……そういうのを聞いちゃうと、胸がムカムカしてくるわね」
「で、その経緯でリミナの治療を行い、現在彼女はドラゴンの血を保有している」
「ドラゴンの力があるからこそ、シュウ達と戦えるようになった、とでも言いたいの?」
「……そうかも、しれない」
「皮肉なものね」
アキは憮然とした面持ちで語った。その時、俺は昨日訪れた魔法道具の店の前を通りがかる。
「……ここで聞き込みをしよう」
「いいわよ」
何の気なしに俺は入店。相変わらず目の前には店主がいて――
「いらっしゃい……って、昨日の御仁か。ん? 昨日とは別の女性を連れているな?」
「え、あ……」
しまった。その辺のこと特に考えずに入店してしまった。何もやましいことはないのだが、このシチュエーションでは疑われても仕方ない。
「ああ、彼女は今日宿にいるわよ。私が無理に言って、彼に案内してもらっているの」
さっぱりした口調で話すアキ。それがひどく自然であったためか、店主は「そうか」と答え、
「で、勇者さんは昨日に引き続き彼女に何か贈るのか?」
「え、えっと……」
「へえ? どんな物を贈ったの?」
興味津々に尋ねてくるアキ。ヤバイ、これは墓穴を掘った。
咄嗟に誤魔化そうとしたのだが、今度は茶化すような主人の声が生じ――値段に、アキは口元に手を当てた。
「結構な金額じゃない……へえ、そう」
そして俺へと微笑む。含み笑いに近いものだった。
「……それで、店主」
俺はこのまま話しこんでいてはまずいと思いつつ、本来の目的を告げる。
「ここ数日、モンスターや悪魔が出たとか……そういう噂ってありませんか?」
「モンスターや悪魔? そうだな……そういった変わった噂が多い気がするな」
「変わった噂?」
「悪魔を見かけたとかそういう話だ……そういえば、警備の闘士達が何やら騒いでいたな。何かあったのかもしれんな」
――どうやら一軒目で当たりのようだ。ラウニイが小耳に挟んだように、そこかしこに噂が存在しているらしい。
「わかりました。それで、噂はこの街周辺の話ですか?」
「いや、旅人とかから聞いた話だ。周辺は……聞いたことがないな」
「そうですか。ありがとうございます」
「どういたしまして。今後とも頼むよ」
笑っている店主に一礼しつつ、俺は店を後にした。
「後は……街の人に訊いてみて、確かめるべきか」
「そうね」
アキは端的に同意しつつ、口の端を歪めて笑う。
「ねえ、リミナさんに贈った物についてだけど――」
「さあ、行こう」
俺は彼女の言を無視するように歩き出す。けれど、アキは先ほどのことを俺に追究し続ける。
どうやら、こうしたやり取りが延々と続くことになりそうだ……俺は心の底から厄介だと思いつつ、どこか現実逃避するように街で聞き込みを始めた――
次回から新しい章となります。