現れしもの
俺は向かってくる悪魔に雷撃を放ちつつアキ達の動向を観察する。まず攻撃を仕掛けたのはレックス。幅の広い剣を大きく振り、正面に存在する悪魔に横薙ぎを放った。
相手はすぐさま防御――だが、それをもろともせず両断。先ほど俺がやって見せたような動きと似ているが……彼の場合は、もっと勢いがあるように見えた。
そこで視線を戻し、またも悪魔。それを迎撃した後、今度はアキが動く。
彼女は両手をかざすと、指先に魔力を集中させた。
「薙げ――英霊の剣」
そして端的に呟いた結果生み出されたのは魔法――彼女の指先から、長剣のように鋭く尖った青い光の剣が放たれた。
悪魔達はすかさず回避に移る。かわした存在もいたのだが、合計四体が光の剣を受け消滅した。ちなみに一本でも直撃すれば悪魔は滅した。威力は十分のようだ。
続いて俺も一体打ち倒す。これで半分以上は倒したと思ったのだが――後続から悪魔がさらにやって来る。
「数が多いようね。けれど、まだ余裕かな?」
アキは悠然と述べると、さらに同様の魔法を生み出し悪魔へ放った。
これにより後続の悪魔三体倒す。どうやら彼女は大丈夫そうだ――
「裁け――星光の天使!」
続けざまにリミナの声。視線を転じるとアキと同じように刃を象った光の剣を生み出した彼女の姿。ただしこちらは黄金色の輝きを伴い、なおかつ数が目算できないくらいのものだった。
そしてリミナは槍を振る――直後、魔法が近づこうとしていた悪魔達へ襲い掛かる。
それにより相次いで消滅していく悪魔達。リミナもまた余裕だと思いつつ、近づこうとしていた悪魔を打ち倒す。さらに後続の悪魔に目を向け――足を前に出した。
同時に魔力を左腕に収束させる――生み出したのは氷の盾。
悪魔が拳を振り上げる。それを俺は真正面から盾で受けた。
鈍い激突音が周囲に響く。けれど盾も俺もビクともせず、さらに盾の表面がパキパキと割れ、氷柱を生み出す。
「返すぞ」
呟いた瞬間――盾から氷柱が放出。悪魔に直撃して体をズタズタにさせ――消えた。
次いで別の悪魔が俺に接近。対する俺は再び盾の表面から氷柱を生み出し、放出。これにより打ち滅ぼした。
そこで森へ目を向ける。悪魔の気配がやや薄くなっており、数が減少しているのは間違いないと思った。
どうやら被害も出さず済むようだ――思いながら再度アキやレックスへ目を移す。すると、レックスが悪魔三体と交戦しているのを視界に捉えた。
「――ふっ!」
僅かな声と共にレックスが横へ一閃。対する悪魔は横一列に並び、彼へ押し寄せようとしていた。
援護した方がいいのだろうか――そんな風に思った時、彼の剣が一番左にいる悪魔へ食い込み――振り抜く。一瞬で斬撃が悪魔三体の体を通過し、両断した。
これにはさすがに驚いた。悪魔は魔力の塊とはいえ物理的な感触はあるし、両断するのだって力がいる。魔力強化を使えば不可能ではないにしろ、レックスがまとっている魔力はひどく静か。あれだけの膂力を生み出しているのに、魔力を外部に発露するようなことがないというのは――制御レベルは、俺やリミナよりも上かもしれない。
次にアキへ目を移す。交戦する悪魔の数は、二体。対する彼女の攻撃は、腕を軽く振り払うことだった。
瞬間、右の指先から鞭のようにしなる光が現れる。それが悪魔へ触れた瞬間、バシュ――という音と共に悪魔が綺麗に切り裂いた。
あれが彼女の武器か――通常の魔法に加え、鞭のような魔法。これがメイン魔法であるかはわからないが、このクラスの悪魔は敵じゃないということだけはわかった。
「……とりあえず、いなくなったわね」
やがてアキが呟く。気付けば、悪魔の襲撃は終わっていた。
「悪魔の気配もなくなっている……敵は私達の強さを見て、恐れをなしたかな?」
軽口を零しつつも、彼女は明確に注意を払っている。
「レン君、さっきの言葉通り一度退こうか?」
そして俺に尋ねてくる。こちらは回答をするべく周囲の気配を探り、
「……敵もいなくなったようだし、それがいいかもしれない」
「よし。では皆さん、移動を再開――」
「――これだけの兵力じゃあ、やっぱり勝てないってことかぁ」
その時、聞き覚えの無い子供のような声がした。
即座に視線を移す。見ると俺の真正面に、いつのまにか女の子が立っていた。
そう、女の子――見た目十歳くらいの、綺麗な銀髪をした女の子。青いローブ姿で、さらに肌が病的なくらいに白い。
そして特に際立っているのが――血のように赤い瞳の色。それが俺達を見据え、明らかに常人とは異なる雰囲気を発していた。
「魔族、ね」
アキが答えを明示する――魔族。
「私はあんたみたいな魔族と何度かやりあったことがあって、体が憶えている。魔族よね?」
「正解」
と、女の子はぞくりとする程の妖艶な笑みを浮かべ、答えた。
「バレちゃあしょうがないね……ここで、決着つけようか?」
笑みを絶やさず女の子――いや、魔族は問う。獰猛な獣を想起させる鋭い瞳を見せ、俺達を威嚇する。
「お前もまた、アークシェイド残党の配下なのか?」
俺はミーシャのことを思い出しつつ問う……すると、彼女は突如顔をしかめた。
「私達を、アークシェイドとかいう組織の残党とかと一緒の扱いにされているの? 悪いけど、あんな奴らと一緒にしないでくれる?」
「何?」
「あんたにとってみれば、奴らの一味に見えているわけね。心外も甚だしいわ」
奴呼ばわり……言葉から、シュウ達と関係があるとは思えない雰囲気。
目の前の魔族はシュウ達とは関係ない……? だとすれば、なぜ魔族がここにいる?
「何の目的で、この場に来た?」
俺は大いに警戒を込め魔族に問う。すると相手は表情を変えないまま小さく一礼した。
「一度、あなた達に拝見しておきたくて」
「……俺達を、監視するのが目的か?」
「さあて、ね」
彼女は応じる……ここで押し問答をしても時間の無駄だろう。目の前の魔族が俺達に真実を話す可能性はゼロに等しいだろうし、会話自体ひどくナンセンスだ。
「……わかったよ。なら、これ以上は何も訊かないことにする」
「その代わり、実力行使に出る?」
小首を傾げ妖しげに問う魔族。俺やアキは大いに警戒し、目の前の存在をしかと見据え――
突如、後方から新たな気配。
「新手だな」
レックスが反応。振り向かなかったが、一瞬で後方から目の前の魔族と同様のプレッシャーが襲い掛かる。
「あら、ガーランドじゃない」
「それ以上はやめておけ。任務を果たせ」
後方から男性と思しきやや高めの声。けれど感じられる気配は、紛れもなく魔族のそれだ。
「何よ、悪魔も倒されちゃったし、特別に私が相手してあげようと――」
「自重しろ、ファイデン」
先ほどよりも語気が強く――目の前の魔族は、嘆息した。
「しょうがないわねぇ。それじゃあ勇者さん、次出会ったら容赦しないからね」
そう彼女は言い残し――足元に魔方陣が出現。光が彼女を包み、消えた。
即座に俺は振り返る。後方にいたのは夏場にも関わらず黒いコートを着た魔族。輝くような金髪に多少ながら細目の相手は、先ほどの彼女と同様真紅の瞳を持っていて――やがて彼もまた、転移魔法により消え失せた。