森の中の悪魔
訪れた森は、街道からも大きく外れた場所。結構大きく、なおかつ道が森の中に続いている。
「この先に、別荘が建っている」
先導した闘士がまず解説する。
「とはいえ現在、人はいない……それが不幸中の幸いだ。そして現在、森の中にいる面々は悪魔と対峙しているはずだが――」
刹那、森の奥から何やら声が。鬨の声みたいな甲高いものであり、
「戦っているのか?」
闘士は呟き、走り始めた。
俺達は黙ったままそれを追う。もし交戦しているとなると、多少ながら被害が出ていてもおかしくない――
入口から立ち並ぶ別荘を横目に見つつ、さらに角を曲がった先にある広場のような場所に辿り着き――見つかった。
土で踏み固められたその場所は交差点とでも言うべき場所で、円形の広場を中心にして道がいくつも伸びていた。
そして、中央……闘士が四人いて、加え二人倒れていた。対峙するのは悪魔だが……黒騎士ではない。顔の下半分を仮面のような物で覆い、なおかつ黒い鎧を着込んだ真紅の瞳を持つ悪魔。大きさは二メートル近くはあり、小手は身に着けているが武器は持っていない。
「レン君、あれは?」
アキが警戒を示しながら問い掛ける。俺が告げた悪魔なのかどうかと訊きたいのだろう。
「見た目は、違う」
「そう。悪魔としてはそれなりの魔力だし、外れのようね」
外れ――そう断言するのは早計だと思ったが、探った魔力からはそれほど脅威には感じられない。
ともあれ、油断大敵――俺は剣を抜くと、闘士達へ叫んだ。
「怪我人を保護して退避を!」
告げて、返答を待たずに俺は剣に魔力を込め、駆けた。
反応する悪魔。首をゆっくりと俺へと向け、倒れる闘士達を無視するように前傾姿勢となる。
そこで、俺は先んじて攻撃を仕掛けた。放ったのは雷の矢――訓練により、これも威力が底上げされ、なおかつ壁を超える技術を加えることができるようになっている。
けれど今回、壁を超える技術は使っていない。まずは通常の攻撃で一撃を加え、悪魔が壁を超える能力を持っているかを確認する。
悪魔は眼前に迫る雷の矢に対し――弾いた。しかし、その小手がほんの僅か破損するのを目に留め、壁を超える技術を使用していないと悟った。
いける――そう判断し近づき、一閃した。対する悪魔は防御したがそれは意味を成さず、横薙ぎの一撃によって体を両断する。
結果、いとも容易く悪魔は光となって、消えた。
「よし……」
声と共に、俺は闘士達へ視線を移す。
「大丈夫ですか?」
問うと、倒れている二人を介抱する一人が小さく頷いた。
「合計三体いて、どうにか二体は倒したんだが……助かった」
「強いわね」
そこへ俺に近づきつつ告げるアキ。
「ああした悪魔を一撃とは」
「たまたまだよ。悪魔を両断できる能力を所持していただけ」
俺の言葉にアキは小さく肩をすくめる。謙遜、とでも考えているのかもしれない。
「……しかし、今の悪魔は一体」
続いて近寄ったリミナが言う。
「魔力から、今まで遭遇したことのないような存在だったように思えますが……」
「俺達の件とは関係ない、のかもしれないな」
俺は小さく嘆息しつつ呟く。同時に、倒れた闘士を抱え移動を開始しようとする面々を視界に捉える。
「協力、感謝する」
案内をした闘士が告げる。そうして彼らが去ろうとした、その時――
「待って」
アキが突如、何事か呟いた。
「どうした?」
最初に反応したのは俺。アキは難しい顔をした。
「……もしかすると、囲まれているかもしれない」
「え?」
聞き返した――瞬間、俺達を取り巻くように周囲に気配が生じた。
「これ、は……!?」
「潜んでいた、とでも言うべきでしょうか」
リミナが槍を構え戦闘態勢に入る。闘士達も移動を中断して怪我人を地面に寝かせ、警戒を始めた。
「……レン君。どうする?」
アキが問い掛ける。俺は周囲を見回しつつ彼女に聞き返す。
「どう動く、とは?」
「ここはレン君の指示に従った方が良い? と訊きたいのだけれど」
「俺はそう命令できる能力はないし……」
「なら、彼らを守ることを優先として戦う。それでいい?」
闘士達を一瞥し問うアキ。俺は「構わない」と答え、剣を握り直した。
「で、数はわかるか?」
「そこまでは……けど包囲している以上、中々のものだと思うけど」
「どうすればいい?」
そこで割り込むように、案内した闘士が問い掛けた。その反応に俺は多少ながら驚いた。プライドなんかにより、勇者へ指示を仰ぐような真似はしないと思っていたからだ。
「えっと……?」
「二人の指示を受けた方が生存率が高そうだからな」
そう述べ、彼は自嘲的な笑みを浮かべる。
「俺達としては死者を出したくない……勇者に頼るのはというプライドが無いこともないが、死ぬのを回避する方が優先だ」
「なら、申し訳ないけど指示に従ってもらうわ。広場中央で固まってくれる?」
すかさずアキが告げる。すると闘士は他の面々に目配せをして、移動を始めた。
次いで他の面々も怪我人を抱えながら移動。そして俺達は――彼らを囲むようにして立った。位置的には俺から見て右がアキ、左にリミナ。そして闘士を挟んだ向こう側にはレックスで、彼の立つ奥の道が帰り道となっている。
「念の為に訊くけど、リミナさんは悪魔と接近戦ができるの?」
「はい、大丈夫です」
アキの問いにリミナが頷くと、今度は俺が反応。
「そういうアキはどうなんだ?」
「愚問よ」
一言。彼女は腕をかざすと俺に向かって笑みを浮かべた。
その間に気配は濃くなる。俺達の動きを見て何か察知したのか、悪魔が徐々に近いてくるのがわかった。
「さて、どうやら来るみたいね……闘士の皆さんは、怪我人と自分の身を守ること。いい?」
確認するアキの言葉に、闘士の誰もが頷く。
やけに従順――というより、アキの仕切りが上手いのだろうか。闘士達はアキの微笑にどこか頼るような雰囲気を持っているし……彼女から発せられる空気が、そうさせているのかもしれない。
「私達は悪魔から皆さんを護衛することを優先……数が少なくなり退避できそうなら、すぐさまこの場を引き上げるようにするわよ」
そして最後に、アキは仕切るように告げた――俺が応答する前に、悪魔が動く。
気配を感じたと同時に、真正面から翼を大きく広げ悪魔が迫る。先ほどとほぼ同じ外見を持つ悪魔――速さは中々のものだが、俺を驚かせる程ではない。
こちらは剣を振り雷撃を生み出す。矢ではなく、弧を描く斬撃――黄金色の剣戟が悪魔と真正面に衝突し――相手は耐え切れずに、果てた。
「さすが」
アキが感嘆の声を呟いたと同時に、今度はリミナが交戦を開始する。迫る悪魔に対し槍をかざし、
「光よ!」
告げると共に光弾を発生。それにより悪魔を正面から打ち倒した。
やはり余裕の様子……これならいけると判断しつつ、またも襲来した悪魔に対し迎撃を行う。先ほどと同様雷撃を放ち、事なきを得る。
強くは無い……けれど今回は闘士を守る必要がある戦い……注意するべきだと思い剣を握り締める。
さらに悪魔は現れる。俺達を取り囲むように布陣するそれらは、広場手前の茂みに立ち俺達を睨みつけた。
数は全部で十体ほどだろうか。やや距離を置いて悪魔は俺達を見据えているのだが、二メートルの体躯は威圧感も十分であり、並の戦士にならこれ以上にないくらいの恐怖を抱くに違いない。
「さて、行くわよ」
アキが呟く――けれど、今回は英雄の剣を持つ勇者と、別大陸で修羅場をくぐってきた勇者。恐怖を抱く者は一人もいない。
彼女の言葉と同時に悪魔が動く。そして、今度こそアキとレックスが交戦を開始した。