街中の異変
昼食後俺達は再び外に出た……のはいいのだが、相変わらずアキが話し、レックスが頷くの繰り返し。それ自体に不満はないし、次第に二人のやり取りも気にならなくなり始め――
「ねえリミナさん」
矛先がリミナにいった時、風向きが変わった。
「はい」
「ちょっと」
そう言って手招く。リミナは首を傾げつつ彼女に近寄り、
アキはぼそぼそと、俺に聞こえない程度の声で何かを言った。
「……え? えっと、あの……」
リミナが戸惑い、アキが笑う。次いで俺のことを見て……何を話しているんだ?
「あ、いえ、私は、その……」
なおもアキが何かを言って、リミナが困惑した面持ちとなる……なんだか、嫌な予感がする。
「あの、アキ――」
俺は割って入ることを決断し呼び掛けた。すると、
「レックス!」
と、なぜか彼女は鋭く名を呼び、彼が俺を阻むように前へと出た。
「え、えっと……?」
レックスと対峙する間に、さらにリミナ達の会話が繰り広げられる……俺を入れる気はない様子。仕方ない、あきらめるか。
そう思い俺は視線を巡らせた――その時、視界の端で警備をしていると思しき闘士達が、慌てる姿を認めた。
意識的にそちらに目を向けると、レックスも反応し面々を確認。すると、
「何か問題のようだな」
断定口調で話した後、アキへ口を向けた。
「何やら騒動のようだが、動くか?」
「……ん~?」
アキはリミナとの会話を中断し、そちらを見やる。
「騒動か……普通なら首を突っ込まず、ここの人達に任せるのが一番なんだろうけど」
――闘士達を観察すると、ずいぶんと深刻そうな雰囲気。そこで俺はラウニイから聞いた悪魔の話を思い出す。リミナだって考えすぎかと語っていた所だが……もしや。
「行ってみよう」
俺が自然と声を上げた瞬間、全員が同時に闘士達へ歩んだ。その時には全員の表情が引き締まっていた。アキでさえ温和な表情を消し、凛とした空気を出している。ここはさすが勇者といったところか。
「すいません」
俺が代表して声を掛ける。反応したのはボサボサの黒髪を持つ男性。
「ん……あんたらは?」
「なんだかお困りのようだったので」
言うと、男性は渋い顔をした。
「……見た所、警備担当の人間じゃなさそうだな」
「はい」
「観光に来ているのなら、悪いが関わるようなことは――」
「悪魔に関連する事案ですか?」
言葉を遮るように尋ねると、男性が口を止めた。次いで、他の闘士達も反応する。
「悪魔が出没し、その対応に苦慮していると」
「……どうやら、多少なりとも事情を把握しているようだな」
「俺達が調べていることについて、その悪魔が関連する可能性があるんです。もしよろしければ、協力します」
「……ちょっと待ってくれ」
男性はすかさず他の面々と相談を始める。この場には五人いて、男性が三人で女性が二人。男性達は革鎧姿。女性は双方ともローブ姿で杖を持っている。
相談している間に周囲を観察。人の流れは非常に緩やかで、闘士達が慌てているような状況でも、不安が街まで伝播していないのがわかる。
「……わかった」
やがて男性は結論を出し、俺達に顔を向けた。
「是非とも協力願いたい……まずは自己紹介からだな」
「はい。俺の名前は――」
先んじて自己紹介を行い、俺達は彼らから事情を訊いた。
自己紹介の後、最初に話し掛けた闘士以外は全員その場を離れ、唯一残った彼から説明を受けた。
海から見てこの街の裏手には森が存在するのだが、そこに避暑地として別荘がいくつも建っている。闘士達が慌てていたのは、そこに悪魔が発生したかららしい。
この街にはモンスターなどが来ないよう警戒するため、探査魔法を使用して怪しい存在を捕捉するらしいのだが、その魔法を使用していた魔法使いが、変な魔力を捉えたとのことだ。
しかもそれは別荘のある森の中にいてほとんど動いていない。無気味であったため魔法使いが報告を行い、闘士達が向かった。結果、そこには悪魔が存在していたというわけだ。
「現在さらに人数を増やし対応を図っているところだが……」
「一つ、よいですか?」
闘士が告げた時、リミナが小さく手を上げた。
「闘士達と遭遇し、悪魔はどのように動いているのですか?」
「動き、か……近づいてきた人間を追い払うというだけで、街へ踏み込もうとはしていない。しかし森から離れるようなこともない」
ラウニイから聞いた斥候という言葉を思い出す。その悪魔は何かを監視しているか、この場所に彼らが欲する何かがあるのか。
「私達がいるから、という可能性はどうでしょうか?」
答えを聞いたリミナは小声で俺に告げる。こちらとしては難しい顔をするしかない。
タイミング的には俺達がやって来たことで悪魔が監視についた、といえなくもない……が、ここまでの情報で結論を出すのは早計だろう。
「慌てていたのはなぜなの?」
アキが尋ねると、闘士は腕を組み険しい顔をしながら返答。
「苦戦している報告を受けたからだ。これ以上の増員は街の守りが手薄になる。だからひとまず、私が連絡役として向かうことにしたのだが……」
「なら、私達も行きます」
あっさりとした声でアキは提案。闘士は軽い反応に驚いたようだが、次いで俺が頷くと、
「……わかった」
僅かな沈黙を置いて同意した。
「同行するのは、四人全員でいいのか?」
「ええ……レン君もそれでいいわよね?」
「ああ」
返事をした後闘士は力強く頷き、
「では、私についてきてくれ」
その言葉と共に、歩き始めた。
後を追う俺達。郊外へと進む中俺は闘士を除く全員の表情を確認。
まずアキは闘士の背中を見つつ歩みを進めている。表情は余裕があるのかそれほど強い警戒を抱いている様子は無い。
続いてレックス。無表情であり、淡々とアキの後方を歩いている。
そしてリミナは俺と目が合うと小さく頷いた。できる限りの援護はします、と言いたいのだろう。
彼女もまた訓練により大きく成長している。ドラゴンの力を完全に扱うにはまだ時間が掛かるようだが、聖剣警護の時と比べれば制御レベルも相当上がっている。ここで出てくる悪魔のレベルが如何ほどかわからないが、例え速力の高い悪魔であっても反応できるようになっている。壁を超えた悪魔でなければ、敵ではない。
そう、問題はそこだ。黒騎士――シュウとの戦いで対峙したあの黒騎士が現れれば、苦戦するかもしれない。ただあいつが出てくるとすれば、シュウ達の仕業であるのは半ば確定であるともいえるのだが――
「色々考えている?」
アキがふいに尋ねる。見返すと、彼女は闘士に聞き咎められない声音で俺へと告げた。
「多少だけど、概要は聞いているわ……あの英雄が生み出した悪魔を気にしているのよね?」
「……お見通しか」
答えるとアキは「やっぱり」と呟き微笑んだ。
「レン君なら対抗できるとも聞いているし、それほど問題があるとは思えないけど」
「なぜそうした存在がここにいるのか……という点が問題だよ」
「なるほど。けど、私達だけで当該の悪魔が現れた理由を説明できるわけではないし、考えても仕方ないわよ」
……そう言われると、俺も沈黙するしかなかった。
「気になるのはわかるけれど、今はひとまず目の前の敵を打破するべく戦う……それに集中すれば、いいんじゃない?」
「……そうだな」
俺は同意し、考え直すことにした。確かに黒騎士がいたとしても、どうにか対処できる……そして、理由については改めてフロディア達に報告し協議すればいい。
そう思うと俺は仕切り直しとばかりに息を整え、前を見据えた。
「その調子」
にこりとしながらアキが言う――どこか人を落ち着かせるような表情だと思いつつ、俺は闘士の案内に従い歩き続けた。