静かな達成
テントに入り、用意されていた昼食を食べ終えた後、メストから連絡が来た。
「全フロア調べ尽くしたとの事で……モンスターがいないことも確認されました」
どうやらお役御免らしい。俺は「わかりました」と応じた後、リミナとギアの顔を確認する。
「二人は何かやりたいこととかある?」
「ないぜ」
「私もありません」
「なら、帰ろうか」
あっさり決定。ここにいても意味が無いのだから他に選択肢はない。
「で、リミナ。帰りは転移術?」
「はい」
「あ、そうか。それで帰れるのか」
ギアが呟く。そういえば説明してなかった。
「ってことは、今すぐにでも街に戻れるのか。これはラッキーだ」
「街に帰ったらどうする? 報酬を受け取って終わり?」
「そうだな」
ギアは頷き――俺に視線を送りながら言う。
「俺の方は、帰ったらお暇させてもらうよ。今回の件で、二人に関わると命が危ないとわかったからな」
「……ずいぶんな言い草だな」
けれど否定はできない。ただ個人的には、短期間とはいえ仲間が増えたことを嬉しく思う面があった。外れるとなると、少しばかり寂しい気持ちも。
「そんな顔するなよ」
――どうやら表情に出てしまったらしい。彼は苦笑しながら話す。
「お前には、リミナさんがいるじゃないか」
「……あの、私達は別に……」
リミナがちょっと恥ずかしそうに言う。経緯からそういうのはなさそうだと自認していたが、本人の口から言われるとちょっと悲しい。
「ん? そうなのか? でも、レンの方はまんざらでもない――」
「ギア、話が脱線している」
さすがにこちらに話を振られると面倒なので、軌道修正を行う。
「帰ったらどうするかについてだけど、報酬の分け方は?」
「そっちの裁量で決めていいぜ」
至極当然のように言う。俺は逆に戸惑い、本当にいいのか問い質そうとした。けどその前に、彼の口から答えがやってくる。
「今回の遺跡攻略はレン達の力が無ければ絶対できなかったからな。俺はどっちかと言うと補助的な役割である以上、従うべきだと考えている」
「……そういうものかな」
けど、隠し通路を見つけたギアの功績だって十分大きいだろう。
「わかった。じゃあ折半で」
「……は!?」
と、ギアが突如素っ頓狂な声を上げた。
「折半!?」
「うん。俺達とギアの双方で半分」
「いやいや……待て。おかしいだろ?」
なぜギアがそう言うのだろう。こちらが首を傾げると、彼はすぐさま主張を始める。
「功績とか考えれば、こっちは良くて二割くらいだと思っていたんだが」
「正直、貢献度とか気にしなくていいよ。ギアがいてくれたからこうまでスムーズに攻略できたんだ。俺達と同じくらいの成果だよ」
――実際の所、ギアがいない状態で攻略していたら、遺跡内部で相当迷っていただろう。さらに勇者グランドといざこざがあったかもしれないし、マジックゴーレムによって犠牲者が出ていたかもしれない。
全てはあくまで推測でしかない。けれど、俺達やギアがいたから犠牲者が出ずに済んだ。こうした結果は考慮して報酬を決めるべきだ。
「俺はそういう風に思っている。だからギアも気にせず受け取ってくれ」
そう言って俺は笑った。ギアはしばし困惑した様子だったが……やがて顔を戻すと、神妙に頷いた。
「わかったよ。レンの好意に甘えよう」
「よし、じゃあ帰る準備をしよう」
そして号令の下、俺達は身支度を始めた。
遺跡から離れる時の見送りはメスト一人。最後まで彼にお世話になりっぱなしだった。
「ありがとうございます、メストさん」
「いえ、こちらこそ」
俺と彼は互いに頭を下げる。ちなみに他の学者達は最深部を調査しているらしく、地上部分の人手がかなり不足しているらしい。メストは地上班ということでこれから色々大変とのことだ。
「またお会いできる日まで」
「はい」
俺はにこやかに応じた後、仲間と共に森の中を歩き出した。手を振り見送るメストへ俺は一度振り返し――やがて、木々に阻まれ姿が見えなくなる。
「平原に出ないと使えないので、それまで辛抱ください」
やがてリミナが言った。俺は無言で承諾しつつ淡々と歩き進める。
「……なあ」
そんな折、ギアがこちらに呼び掛けた。
「答えが出ないのはわかっているが……訊いてもいいか?」
「あの男のこと?」
尋ねると、ギアは深く首肯した。
「推測しかできないが、何より気になるのがレンのことを知っていたという事実だ」
「そうだな……リミナと出会う前の知り合いなんだろうな」
「口調から、親しげだった気もしますが」
リミナが言う。確かにそう見えなくもなかったが、決着を付けるだのかなり物騒なセリフを吐いていたことも事実。きっと、複雑な縁があるのだろう。
もし、勇者レンの昔を知る人物に出会えたら――思った時、今更ながら一つの事実に気付く。
「……そういえば、故郷がどことかもわからないんだよな」
言葉に出してみる。リミナは多少目を細め、ギアも浮かない顔をする。
「それについては……そうだな、探してもいいかな」
「ずいぶん呑気だな」
ギアが肩をすくめつつ俺に言う。
「まあ、お前がそれでいいなら、別にいいと思うが」
「そういうことでクヨクヨしていられないからね……あ、そうだ。リミナ」
俺は隣を歩く彼女に矛先を向けた。
「帰ったら、俺達はどうする?」
「連続で仕事を請けましたし、少し休まれてもよろしいのでは?」
「休む、か……」
勇者の休日、といったところだろうか。まあ、それも良いかもしれない。
「体に負担がかかわっているかもしれません。念の為に検査も……」
「あー、そこまではしなくていいよ」
手を振りつつ否定するが、なんだか彼女は暗い顔。
「……本当ですか? 無理していませんか?」
なんだか、ずいぶんと気を使われているようだが。
「本当に大丈夫だよ」
けれど、そうやんわりと返した。気になる点はいくつもあったが、体は健康体そのものだ。特に必要もないはず。
「……わかりました」
リミナは渋々納得し、話を中断する。しかし、
「何かあれば、すぐに連絡してください」
そうフォローを入れることも忘れない。
俺はなんとなく、これからも彼女には頭が上がらないと思った。彼女には命を助けられたという理由があるとはいえ、今の俺には自覚が無い。個人的にはお礼の一つでもするべきだと思い――
「……そうだ」
彼女に聞き咎められない程度の声で、呟いた。街へ帰ったら、何かプレゼントでも買ってあげよう。うん、そうしよう――
「レン」
考えていると、今度はギアが呼び掛ける。
「次あるかどうかわからないが……その時はよろしく」
「ああ」
即答する。彼は笑った。俺も合わせて笑う。
それから少しして、森を出た。リミナが杖を振りかざし、転移魔法を使用する。
やがて光に包まれる。それが視界を覆う寸前、通って来た森を眺める。太陽を浴び風に流れる木々は、なんだか気持ちよさそうだった。