来訪の原因
俺達は昨日に引き続いて街を見て回る。といってももっぱらアキ達の行動を眺めていただけなのだが――その折、気付いたことがある。
「ねえレックス。こういうのはいいんじゃないかな?」
「ああ」
「お、これもいいね……もし旅が落ち着いて家でも買えたら、部屋に飾りたいね」
「ああ」
工芸品を眺めながら言うアキに対し、レックスはひたすら返事をするばかり。
次に辿り着いたのは水着を売っている店。間近で見ると布っぽいというか革っぽいというか……イマイチわからない。
「これ素材はなんだろう。ムレないのかな?」
そう言いつつ、彼女は俺達に首を向ける。
「そういえば、二人って泳げるの?」
「多少は」
「私は泳げません」
相次いで答えた後、彼女はリミナに視線を移す。
「レクチャーしてあげようか?」
「いえ、あの……」
「あ、それとも水着を着るのが恥ずかしい?」
問われると、リミナは店に並んでいる水着を眺めて……小さく唸る。
「えっと……いえ……そういうわけでは……」
「よし、今度レクチャーしてあげよう」
「アキさんは泳げるんですか?」
今度は俺から質問。対する、彼女は「まあね」と答え、
「それと、別に敬語じゃなくていいわよ。年齢に差があるかもしれないけど、同じ勇者だし」
「……わかった」
返事をした後、彼女は再度レックスへ口を開く。
「ねえ、どれが似合うと思う?」
けれど彼は反応なし。アキは特に気にする風もなく、笑いかける。
「自分にはセンスがないとか思ってる?」
「ああ」
「じゃあ水着姿とか見てみたい?」
「ああ」
それに同意するのか……というか、この人さっきから「ああ」としか言ってない。
そこからさらに会話が行われるのだが、彼が行うのは「ああ」という返事か沈黙だけ。それが性分なら仕方ないと言えるので俺もどうとは言わないのだが……二人の様子を見て、一つ気付いたことがある。
アキが嬉々として語る様子を見て、なんとなく察した。二人は――
「勇者様」
小声でリミナが俺に呼び掛ける。
「今後の予定はどうしますか?」
「予定か……ひとまずアキの気が済むまで滞在してもいいんじゃないか? 時間はあるんだし」
「そう、ですか」
「何か気になることが?」
「いえ、問題ないと思います」
「……そろそろ昼食にしましょうか」
ふいにアキが告げる。俺は頷き返し、
「あの、泊まっている場所に食堂がありますから、そこでもいいですか?」
「いいわよ」
承諾すると、彼女は俺にはっきりと言った。
「その時、詳しく話そうかな……私がここに来たことについて」
――昼食はいたくご満悦だったようで、食べ終わった後アキは満面の笑みを浮かべた。
「おいしかったわね」
「ああ」
そして相変わらずの相槌で応じるレックス。これが普段の様子なのは、間違いなさそうだ。
で、ここで注目すべき話が一つ。アキは「ここで一泊する」と言い出し、俺も了承しナーゲンに少しばかり申し訳なく思いつつも、余分に部屋をとった。で、彼女は二人部屋を頼んだ――
「あの、一つ良いですか?」
リミナが気になったのか口を開く。するとアキは予想できたのか微笑を浮かべ、
「何?」
「お二人は、その……」
「同行者でもあり、恋人でもある」
あっさりと認める。予想通りだったので、驚きはしない。
「馴れ初めとか聞きたい?」
さらにアキは問い掛ける。その辺のことはプライベートのことだし俺は首を左右に振ろうとした。しかし、
「といっても、そんなに複雑な話でもないわよ。決闘に負けたから恋人になったの」
「……はい?」
続けて放たれた言葉に、俺は大いに驚いた。
「なんだ、それ? というか、よく同意できたな」
「彼のことは気になっていたし、良いかなって」
「はあ……?」
「経緯を説明するわ。私がこの世界に来た理由を交えてね」
アキは前置きし、改めて話し始めた。
「まず、私がこの世界に来た経緯から……といっても、レン君と大差ないと思う。朝起きたら見知らぬ場所だった。それだけ」
「俺と一緒だ」
「ならその辺の説明はいらないか……でね、混乱しつつ一日過ごしてその夜……突然夢を見た」
「夢?」
「そう。『星渡り』を使って意識を交換してしまった、もう一人の私が現れる夢」
――またも驚いた。俺は勇者レンと未だ話せていないというのに、彼女はたった一日でこの世界のアキと出会えたわけだ。
「それで、彼女の口から『星渡り』の魔法を解析していて、偶然使ってしまった結果入れ替わったと言われた」
……そして、語られた理由がどうしようもないものだった。
「彼女の説明によると帰れなくなったらしいの。で、そこから元に戻ろうと色々と試してみたんだけど……結局、戻ることはできなかった」
「つまり、一度入れ替わるともう二度と……?」
俺が訊くと、アキは肩をすくめる。
「絶対、とは言えないと思うわ。この世界のアキ自身魔法を使って戦ってはいたし、それなりに知識もあった……けど『星渡り』という魔法はかなり複雑みたいで……検証して結局解決できなかったけど、専門家に任せたらどうにかなるんじゃないかしら」
「でも、場合によってはその専門家が入れ替わる……」
「そう。だからこそ、私は無闇に喋れなかった」
苦笑する彼女。不用意に使用すると入れ替わるなどと事実があれば当然、アキだって危惧するだろう。
「それで結局、私はあきらめこの世界で生きていくことに決めた……のだけど、この世界のアキはかなり破天荒だったみたいで、事あるごとに決闘を申し込まれたのよ。最初の方は逃げ回るので精一杯だったわ」
「……大変、だったんだな」
「有名な事件を解決したから、知名度が結構高かったのよ。なおかつ腕に自信があったせいか、決闘に負けたら相手の言うことを何でも聞くと触れ回っていたらしく、本当に大変だった」
そのことを思い出したのか、彼女の目が遠くなる。ちょっとばかり気になったが、尋ねない方がよさそうだ。
「その中でよく決闘を申し込みに来ていたのが、レックス」
続いて彼女は隣に座る彼を指差す。
「そして、結論から言えば私は一度負け……彼に付き合ってくれと言われて、恋人になった」
……えらいあっさりとした言い方だな。俺はレックスに視線を移すと、僅かながら視線を逸らしていた。表情は一切変わっていないが、照れているのだろうか。
「そして彼と共に戦うようになって、かれこれ二年になるかな」
「二年……か」
「レン君はこちらに来てどのくらい?」
「まだ半年も経ってない」
「そっか……見た目からすると、高校生かな?」
俺は黙って頷く。リミナなんかは『高校生』という聞き慣れない単語のせいか、首を傾げた。けれど、無視して今度は俺が問い掛ける。
「アキは、元の世界で何を?」
「教育実習が終わったばかりの大学生だった。向こうの私は現在、レン君くらいの生徒に世界史を教えている」
彼女は笑った――けど、どこか陰のあるものだった。
未練は少なからずあるらしい……当然か。本来はこんな世界に迷い込むことなく、教師として暮らしているはずだったのだから。
「最近は、アキも夢に出てこなくなったなぁ……忙しいということと、何より魔法を使ってしまったという負い目があるのだと思うわ」
「憎んで……いるのか?」
「多少は恨み言を呟いた時もあった……けど、それでは前に進めないし、今はもうそんな気持ちも無いよ。何より――」
彼女はそこで、レックスへ首を向けた。
「良い人にも巡り合えたしね」
――対するレックスは頬を軽くかくだけの反応。けれどそこで、俺は彼がほんの僅かだが、微笑しているとわかった。