さらなる異世界来訪者
店を出てからしばし、俺は海の見える場所で立ち止まり、リミナへペンダントを渡す。
「えっと……ほら、これから厳しい戦いになるだろうし、こうした物だって必要になるはず……」
なんだか誤魔化すように言うと、リミナは受け取ったペンダントを凝視したまま硬直。
「リミナ?」
「……すいません」
なぜか彼女は謝り――それでいて、ペンダントを身に着けた。
「……大切にします」
「ああ」
なんだか嬉しくて笑いながら応答したのだが、彼女は俯き加減でこちらを見ようとしない。
物が不服とか怒っている様子ではないようだが、気になる態度……少しすると表情を戻し、俺へと告げた。
「すいません、では宿へ戻りましょうか」
「ああ――」
返事をした時、後方から駆け足の音。振り向くと、警備をしているらしき傭兵っぽい面々が集団となって進む姿。誰もが険しい顔をしていたため、俺は眉をひそめた。
「何だ……?」
「騒動でしょうか」
リミナが言及する間に集団は俺達から離れて行く。方向的には街の外のようだが――
「……そういえば、ラウニイさんの噂の件がありましたね」
「噂……悪魔が出没するというあれか。それが、ここでも起こっていると?」
「詳細がわからないので、考えすぎかもしれませんけど」
「悪魔だとしたら、警備の人達は大丈夫なのかな」
「闘士達のようですし、少なからず実力はあるでしょうから……追い払えるとは思いますけど」
闘士の質によるような気もするけど……まあ、俺らが参戦しようとしても彼らは断るだろうし、追う意味はないだろう。
「それじゃあ、改めて戻ろう」
「はい」
リミナの返事と共に、俺達はホテルへと戻った。
以降、その日は何事も無く過ぎた。闘士の集団についてもそれとなく調べてみたのだが、結局情報を得ることはできないまま翌朝を迎えた。
本来なら今日が出迎える日……なのだが、どう転ぶかわからないし、ここで数日立ち往生という可能性も否定できない。
「リミナ」
俺は準備を済ませリミナの部屋をノックする。中からいらえが返って来たのだが、出てくる気配がない。
「……リミナ?」
再度名を呼んでみる。けど反応なし。ドアノブを回すと鍵が開いていたので、「入るよ」と一声かけてからゆっくりと扉を開け、中を覗き込んだ。
そこには、椅子に座りぼーっと外を眺めるリミナの姿。準備は済ませているようで装備は普段と変わらないが、槍だけは壁に立てかけてある。
「……あ、すいません」
気付いた彼女は俺に顔を向けた。
「どうしたんだ?」
「いえ、海を眺めていただけです」
言って、彼女は苦笑。
「見ていてまったく飽きないので」
――確かに白い砂浜と青い海は、見ていると心が洗われるのは間違いなく、彼女もそういう感情を抱いているのだろう。
「そっか……で、準備は?」
「はい、できています。それでは行きましょうか」
リミナは立ち上がり、俺達は移動を開始。ホテルの外へと出て港へ向かう。
目的は……船はいつ到着するのかわからない。だから港の人に船の到着を教えてもらおうということになり、その依頼をしに行く。
「今日は依頼して暇になるだろうな」
そんなことを呟きつつ港へと歩み――ふと、昨日下見した場所に帆船が一隻停泊しているのを目に留めた。
「……あれって」
「まさか……」
俺の言葉にリミナも表情が険しくし――どちらからともなく走り出した。
近づくにつれ船員や客人らしき人物達が降りてくる――ちなみに、ほぼ商人や旅行者――それを見つつ、俺は昨日話し掛けてきた水夫を発見。
「あ、あの」
「ん? おお、昨日の二人組みじゃないか。思ったより早く着いたみたいだな」
ということは、この船なのか。待つのが大変などと思っていたのに、結局はギリギリだったというオチになってしまった。
俺は即座に勇者の存在を確認しようとして――ふと、呟く。
「そういえば、向こうには何て伝えてあるんだ?」
「……あ」
途端、リミナは声を上げた。
「その辺のこと、詳しく訊いていませんでしたね」
ここにきて、問題発覚。相手が俺達の容姿を見て何かに気付いてくれればいいのだが――
考える間に人がまばらになっていく。中には俺達を見て首を傾げる者もいたが……言及はせず素通りしていく。
そして、出てくる面々がほんの僅かになり――剣士風の男性が現れた。彼は周囲に視線を巡らせ、俺達に目を向けると、
「迎えか?」
端的かつ、重い声が飛んできた。
すかさず観察。年齢は二十代前半から半ばくらい。青銅のような色合いをした全身鎧に加え、肩にかかるていどの茶髪を後ろで束ねまとめている。腰には幅の広めな剣を差し、目つきは鋭く、何もしていないのに睨まれているような印象を受ける。
声に対し俺は、呼ばれた以上彼だと思い口を開いた。
「えっと、あなたが呼ばれた勇者――」
「私は同行者だ」
またも端的な声。そして彼の後方から、新たな人物が登場する。
「どうも」
――ブラウンを基調とした法衣を着た、女性だった。
こちらも男性同様二十代前半くらいの見た目。髪色は黒で腰まで届くくらいに伸ばされ、毛先が癖なのかやや跳ねている。
顔立ちは……ややタレがちな瞳と綺麗なピンク色をした唇が微笑を見せ、男性とは対極的に温和な容貌を俺達に示していた。
また、彼女は武器らしき物を持っていない。代わりに両手には指輪。さらに両手首にブレスレットがいくつもついている。魔法の道具を利用し、戦うスタイルだろうか。
「……初め、まして」
俺は小さく会釈。想像していた人物像とは明らかに違っていたので、ちょっとばかり戸惑いつつ言う。
すると、女性は笑った。
「もしかして、戦士風の勇者だと思っていた? 期待させてごめんね」
おっとりした口調で彼女は話す……加え見た目通りの、温和な声。
言いつつ彼女は男性の先導に従い船を降りて俺達へ近づく。そこで俺はまず自己紹介を行う。
「レンといいます。勇者として活動し……また、あなたと同じ世界からやって来た人物です」
「その辺りの話は聞いているわ……そして、英雄シュウもまた、でしょう?」
――話は通っているようだ。俺が小さく頷くと、今度は彼女が自己紹介をする。
「私の名はアキ。あなたとは別の場所で勇者をしていた人間であり、異世界からの来訪者……ちなみに字は、愛と希望の希で、愛希」
にっこりとしながら語る――アキ。
「ちなみにレン君。漢字の読みは?」
「ハスの花です」
「ああ、あの字か……よろしく」
彼女は右手を出す。それに応じ手を差し出し握手を行い――離した時、彼女がまた口を開いた。
「後ろの方は従士さん?」
「はい。リミナといいます」
「そう。よろしく……で、彼はレックス。私と共に活動する勇者」
紹介された男性――レックスは重く鋭い声音で「よろしく頼む」と告げた。
「普段から無愛想だから許してあげて……でね、レン君。積もる話もあるだろうけど、その前に一つ頼みたいことがあるの」
「頼みたいこと?」
「ええ。この後レン君達はすぐにでもベルファトラスという所に戻りたいと思う……けど」
と、彼女はぐるりと港を見回した。
「船からこの場所を見ていて……是非とも、周りたいなと思って」
「観光、ですか……」
俺は少しばかり思案。まあ、試験まで日数的な余裕にあるし、ナーゲンの言伝からすぐに戻らなくても良いという確約はもらっている。多少長居しても問題は無いだろう。
宿泊施設についても……まあ、ここはナーゲンにお願いしようか。
「いいですよ」
「ありがとう」
笑みを見せる彼女――陽光に照らされながら見せるその表情は、多くの人を虜にしそうなほど鮮やかなものだった。