港と贈り物
港は人が泳ぐ浜辺とは別の場所に存在しており、結構な往来があった。
無論船自体は帆船ばかり……種類については知識が無いため、全部同じに見える。
「主に大陸内の取引が多いようですね」
船を見ながらリミナは語る。それに俺は首を傾げ、
「根拠があるのか?」
「はい。船に刻まれている紋章が、大陸内にある国ばかりです」
へえ、そうなのか……その辺をあまり注意してこなかったが、今後少しくらいは見てもいいかもしれない。
「……ちなみに、どの船に勇者達が乗っているとか、わかるのかな?」
「さあ」
リミナが返答した――その時、水夫らしき人物が俺達を見て近づいてきた。
「船をお探しかい?」
「あ、えっと……港の確認です。他大陸の人を迎えるよう言い渡されまして」
「他大陸? ああ、それなら定期便が明日くらいには到着するだろうな」
「定期便?」
そういうものがあるのかと思いつつ聞き返す。
「ああ。十日に一度くらいしか出航しねえけど、向こうから出発したやつが明日くらいには来るはずだ。海が荒れてたりしなければ」
「……その船が到着するのは、どの辺になりますか?」
「他大陸の船ってのは、全部あっちの船着き場だ」
そう言って彼は港の端の方を指差した。そこで俺は礼を述べ、リミナと共にそちらへ向かう。
で、確認した所確かに他大陸用の船着き場だと看板で明示されている……のだが、港の中で端の方なので、ぞんざいに扱われているのかと思ってしまう。
「きっと、発着数が少ないためでしょうね」
言及したわけではないが、俺の考えを読んでリミナが発言。
「多く船の往来がある場所の方が、活気があるのは当然ですし」
「そういうものか……とりあえず確認できたし、戻るとしよう」
「はい」
返事と同時に、元来た道を歩む。時刻は昼前。昼食をとるには頃合いだと思いつつ……リミナに訊く。
「昼食、どこで食べる?」
「下手な店より宿に戻った方がよさそうな気がします。あの調子だと、食事代もナーゲンさん持ちでしょうし」
「……行為に甘えることにして、タダ飯といくか」
「そうですね」
リミナが同意し方針が決定……けど、釈然としないのはなぜだろう。
これが英雄シュウと戦う特権と言われてしまえばそれまでなのだが……まあ、いいか。気にしないことにして、宿へと進み始めた。
昼食後、俺はリミナに一つ提案をした。
「リミナ、少し街を歩かないか?」
「いいですよ」
彼女はあっさりと了承。そこで俺達はホテルを出て露店の並ぶ通りを歩む。
これ、見様によってはデートと呼べなくもない……が、片や腰に剣を下げ、片や槍を持っている状況では、そんな雰囲気でもない気がする。
そこでふと、剣や槍を持っている状況で奇異な目で見られないだろうかと危惧したのだが……よくよく観察すると、腰に剣を差す闘士らしき人物や、ローブ姿かつ杖を持った魔法使いらしき人がいたりもしているので、俺達が目立っているというわけではない。
観光に来ている人達の中には、俺達のような面々もいるらしい……などと思っていると、周囲を見回し警戒している様子の人を発見。
「警備の人か……」
なんとなく想像で呟いてみると、リミナが「そうですね」と答えた。
「自警団的な意味合いがあるのでしょう。おそらくベルファトラスから派遣された闘士なのでは?」
「かもしれないな……ま、なんにせよ目立たなくて良いけど」
言及しつつさらに歩を進め……ふと、売られている工芸品なんかを見て、リミナに贈ろうかと考えた。観光地に訪れたのだし、そのくらいはいいだろう。
今まで世話になっているのもあるし、お礼的な意味を込めて――そんな風に考えつつ、店の物に目を向けていると、
「勇者様」
リミナから声が。首を向けると、彼女は俺と目を合わせて述べた。
「何も、いりませんからね?」
……まだ一言も喋っていないんだけど。
「様子からわかります」
彼女からの指摘。というか、なぜそこまで意固地になるのだろうか。
「……えっと、リミナ」
「必要ありませんから」
そこまで強固な姿勢を取られると……なんだか逆に反発したくなり、俄然探す気になる。
「……まだ何か考えていますか?」
「というか、なぜそこまで拒否するんだ?」
「……えっとですね、勇者様。例えば置物など、かさばる物が論外なのはわかりますよね?」
「そうだな。もし何かを贈るとしたら、装飾品とかになるだろうな」
「で、私達はこれから悪魔や魔族と戦わなければいけないわけですよ」
「ああ」
「そんな状況下で何かを頂いたとしても、壊されるに違いありません。なので、意味がないと思います」
そういう所で身につけなければいいんじゃないか、などと思ったりもしたが……それだと贈った意味が半減しそうだな。
ここで一つ思うのは、実用性があれば受け取る可能性が高いのではということ。なので、俺はさらに視線を巡らせて――『魔石』というフレーズが書かれている店を発見した。露店ではなく、きちんとした建物。
おもむろにそこへと入る。途端、リミナが後ろで何かを言い出したが、無視。
「いらっしゃい」
正面にはカウンターがあり、椅子に座る中年の男性が一人。
「お、勇者さんか?」
「……よくわかりましたね」
「警備している闘士がこんな所に来るわけない。で、彼らと似たような格好で二人連れとくれば、勇者と従士だと相場は決まっている」
そう言って店主はニカッと笑う。
「多くの人達はベルファトラスで買い物を済ますんだけどな……実を言うと、あの都にある道具屋なんかに俺が卸していたりするから、ここが本店と言って差し支えない。で、何をお望みだ?」
「アクセサリ系統で、一番実用性の高い物を」
「ちょ、ちょっ……勇者様」
慌てて止めようとするリミナ。けれど店主は俺と視線を合わせ、笑いながら奥へと引っ込む。
いなくなったのはほんの数秒。再び現れた時、手には銀色の鎖が見えた。
「ほい、これだ」
自信満々に示して見せたのは、吸い込まれるような深い青色の石が台座に埋め込まれたペンダント。
「魔石の中でも特級のやつを使い、ついでに鎖も魔力を付与した魔法鋼に魔石を含有させてある。そうそう壊れることはない」
「……効果は?」
「魔力増幅効果と、結界構築だ」
「結界?」
「使用者の魔力を利用し、詠唱無しで大きな結界を瞬時に形成できる」
……ほう、それはずいぶんと便利そうだ。送る云々もあるが、リミナを守ってくれそうなので興味を持つ。
「結界構築は多少慣れが必要だが……掛け声一つで結界を形成できるため、便利だぞ」
「なるほど。で、いくらですか?」
「ゆ、勇者様。ちょっと待ってください」
そこでリミナが、俺と店主の間に割って入った。
「私は必要ありませんから」
「でも話を聞く分には有用そうだし」
「ですから、私は大丈夫――」
「値段は金貨十枚だ」
「結構高いですね」
「じゅっ――」
俺の感想と共にリミナが目を剥いた。
「じゅ、十枚!?」
「そんだけ強力な道具って話だ。けど、あんた結構羽振りよさそうだし、今後ごひいきにしてもらう意味を込めて、半額でいいぜ」
「それでも金貨五枚……勇者様、さすがにこれは――」
「じゃあ買います」
「――っ!?」
声にならない叫び声を上げ、リミナは俺へと視線を移す。けれどこちらは無視して店主と話を進める。
「ちなみに偽物という可能性は?」
「疑り深いな……それは俺を信用してもらうしかないな。もし怪しいと感じたり、壊れてしまったりしたなら対応するさ……その書状でも書こうか?」
「お願いします」
俺の頼みに店主は嬉々として承諾。そこで俺は懐から財布を取り出し、金貨五枚を店主へ渡す。
「どうも」
にっこりと笑う彼は俺にペンダントを差し出して、受け取った。合わせて彼の書いた念書とペンダントの使い方に関する紙なんかも受け取り、店を出た。
そこで一度リミナを見る……彼女は、俺とペンダントを交互に見ながら、どこか呆然としている様子だった。




