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異世界で勇者をやることになりました  作者: 陽山純樹
大陸外の勇者編

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観光の街と海

「わあ……」


 フォーメルクという場所を訪れた時、リミナは感嘆の声を上げた。

 俺はそれに合わせ眼下を眺める――現在時刻は朝。宿場町で一泊しベルファトラスを出た時と同様陽が出るくらいに出発し、今こうして辿り着いた。


 フォーメルクは海岸線に街が形成されており、俺達のいる場所はその中でも高台に位置する場所。見下ろす形に街があり、その先には青く輝く綺麗な海があった。


「これが……海というものですか」


 ため息さえつきながらリミナは呟く。視線はずっと海を見入っており、感動しているのだとはっきりわかった。

 加え、風に乗って潮の香りが漂ってくる。それにリミナは鼻を動かし、


「これが、潮の香りというものですか?」

「そうだな」


 俺は応じつつ街へと続く下り坂を示す。


「じゃあ行こうか」

「あ、はい……」


 頷くと同時に俺達は馬を進め始める。けれどその間もリミナは海に視線を移し、時折手綱の操作を忘れるほど。


「……リミナ、海は逃げないしいつでも見ることができるから、落馬しないように注意するのを優先してくれ」

「え、あ、はい。そうですね」


 慌てて姿勢を正し応じるリミナ。そんな態度に俺は笑みを浮かべつつ……街へと向かった。






 まず係留所に馬を預ける。これで馬の役目は終了。ここに置いておくことになる。

 次に宿を探す。ちなみに通行許可証などと同様、手筈は整えられている。


 通りを進みつつ、周囲の状況を窺う。まず道が石畳ではなくレンガ造りなのが特徴的。さらに真っ直ぐではなく海岸線に沿うようにやや弧を描いており、その道沿いに露店なんかが立ち並んでいる。

 店についても普通の町とは多少異なっている。食料品を扱っている店はもちろんあるが、工芸品とか、装飾品とか……お土産として買うような物を扱う店舗が多い。ここが観光地というのが如実にわかる一例だ。


 次に左を注視。露店の天幕から覗き見えるのはどこまでも続く海……その手前に砂浜が見え、少なからず人がいる。海水浴自体は、この世界の文化に存在しているようだ。

 目を戻し俺は宿屋を探す。時折道を聞きつつその方向に進み続け、やがて――


「……ここ?」

「……みたい、ですね」


 白を基調とした高級ホテルを目の前にして、俺達は立ち尽くした。

 横にも縦にも長いその建物の前にある看板には、確かに指定された名と同じ名称が刻まれている。


 一見すると、貴族とかお金持ちが入りそうな佇まい……思わず尻込みしてしまう。


「俺達、明らかに場違いじゃないか……?」

「私もそう思いますけど……」


 とはいえここに立っていても仕方ない。俺は意を決し中へと入る。そこは外観にも負けず劣らず清潔な、白い空間。唯一足元だけが赤い絨毯で、高級感を表現するには十分な内装だった。

 真っ直ぐ進めば受付カウンターであったため、近寄って話し掛ける。


「すいま、せん……」

「はい」


 応じたのはローブ姿の若い女性。俺がどう言っていいものかと悩んでいると、リミナが横から彼女へ話し掛けた。


「ここに来るよう私達は言われたのですが」


 そう言って書状を渡す。女性は受け取ると宛名を確認し――


「少々お待ちください」


 丁寧に告げた後奥へと引っ込んだ。

 これで門前払いとかだと悲しいな――などと思いつつ待つこと少し。女性が戻ってくる。


「お待たせいたしました。連絡はこちらに届いております。レン様と、リミナ様ですね?」

「はい」

「お部屋にご案内します」


 言って、女性が先導する。俺達は互いに目を合わせた後……彼女に追随した。

 廊下を進み階段を上り、三階に到達してさらに廊下を進んだところで、


「こちらと、もう一つ奥の部屋になります」


 女性が告げ、手前側の扉を開けた。

 俺達は黙って中に入る。扉の反対側には白いテラス。そしてかなり大きいベッド。内装はひどくシンプルなのにやたら高級感を感じるのは、このホテルの雰囲気がそうさせているのかもしれない。


「ベッドメイキングなどをご所望の場合は、お出になられる時にお申し付けください。食事は一階の食堂もしくはルームサービスにて承っております。食堂の方は深夜から早朝を除き稼働しておりますので、是非ご利用ください。ルームサービスの場合は私共にご連絡いただければと思います」


 そう言って女性は鮮やかな笑顔を見せた後、


「以上で説明は終了ですが、何かご質問はありますか?」

「――あ、あの」


 女性の言葉にリミナが応じた。


「あの、書面にはチェックアウトはいつだと書いてありましたか?」

「特に指定はありませんでした」


 即答する女性……それって、ずっといてもいいということか?


「費用に関しては全てベルファトラスにおりますナーゲン様の請求になっておりますので、ご費用等のことは考えなくともよろしいかと」

「そう、ですか……」


 リミナが呻くように返答。ナーゲンに請求がいくということで、なんだか気がひけるのだが――


「書面には、こう書いてございました……『試験までに帰って来てくれればいい』と」


 ――つまり、ここでゆっくりしても良いということだろうか。


「それでは、失礼いたします」


 考える間に女性は笑みと共に部屋を退出。俺達は呆然と彼女を見送る。


「……えっと」


 女性がいなくなり少し間を置き……俺は困った顔をしつつリミナと視線を合わせた。


「……どうする?」

「……どうしましょうか」


 こちらと同様困惑顔のリミナ。互いにしばし沈黙し……このままでは埒が明かないと思い、口を開く。


「えっと……確認だけど、勇者一行がここに来る日は……」

「依頼された時点で三日後と言っていましたから、計算すると明日でしょうね。もっとも、予定通り来るとは限りませんが」

「なら、最低でも今日一日は休みだな……どうする?」

「先に出迎える港などを確認しておきましょうか。出迎え当日に迷ってしまうというのは悲しすぎますから」

「そうだな」


 ――というわけで、俺達はそのままホテルを出た。左右を見回し港方向を示す看板があったので、そちらへ足を移す。


「良い所ですね」


 リミナがふいに感想を漏らす。俺は同意し頷いた。


「ベルファトラスと比べて時間の流れなんかも穏やかで……ゆったりとしているな」

「そうですね。ナーゲンさんはここで少し休めと言いたいのでしょうか……」

「どうだろうな……どちらにせよ、ここに勇者達が来るまでの話だろうな。合流したら即転移魔法で戻ることになるわけだし」

「なら、少しでも満喫しないといけませんね」


 冗談っぽくリミナは言う。俺は「かもな」と言いつつ空を見上げた。

 天気もなかなか良く、朝であるにも関わらずそれなりに暑い。そしてどこからかカモメの鳴き声が聞こえてくる。


「……泳いでいる方がいらっしゃいますね」


 海岸に近づくと、リミナは呟いた。視線を移すと、水着らしき格好をした人物達が海に入り遊ぶ姿。水着はセパレートっぽい感じの物で……間近じゃないので素材の程はわからないのだが、俺としてはそれほど驚くような格好ではない。


 で、海は透き通り砂浜はゴミ一つない白……とても綺麗な情景が、ここにはある。

 俺が注目していると、リミナは水着姿の人物達を見て少しばかり唸った。


「……あれ、外れたりしないんでしょうか」

「大丈夫じゃないか……? 水着に興味があるのか?」

「……勇者様は、興味あります?」


 問い掛けられて、口をつぐむ。


「ああした格好に、ご興味ありますか?」


 そう直接的に言われると……なんだか旗色が悪くなるような気がしたので、


「……港へ急ごう」


 言って歩き出す。対するリミナはこちらに視線を送りつつ――何も言わず追随した。


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