噂と日常
「悪魔が出没している……?」
俺が聞き返すと、ラウニイは「ええ」と答えながら頷いた。
場所は闘技場から程近いカフェ。ランチタイムを過ぎたせいか、客の多くはケーキを始めとしたティーセットを注文している様子。その中で俺達もご多分に漏れず、テーブルにはケーキと紅茶が並べられている――というか、ラウニイが俺のおごりということで容赦なく注文した。
店は白を基調としたシックな内装……セシルのように貴族服を着るような面々が来るような店であり、俺達はかなり浮いているのだが、彼女は気にした様子も見せずケーキを食べている。
そしてふいに出た彼女の言葉を、俺が聞き返したというわけだ。
「そ。あくまで噂のレベルだけれど、来る客の多くが魔物だけじゃなくて悪魔を見かけるようになったって
「アークシェイドの残党勢力の差し金、ということでしょうか?」
――彼女はシュウに関する真実を知らないはずなので、そう言及してみる。対するラウニイは首を傾げ、自身の見解を述べた。
「英雄シュウが操られているなどという状況であるなら、彼の魔法によって生み出されていてもおかしくない……けど、客の中には魔族らしき存在を見たという人もいるのよね」
「魔族……」
ミーシャのことかと思いつつ、ラウニイへ訊く。
「魔族らしき存在の詳細とかはわかりますか?」
「見た目は普通の人間で、男女バラバラみたい」
バラバラ……とはいえミーシャは擬態魔法が使えるはずなので、見た目は当てにならないか。
「一番の疑問は、なぜそうした存在が現れているのか……これまで英雄アレスの剣を含め、アークシェイド側は確かな目的を抱き活動していたみたいだけど、今回は違う……遭遇した人によると、斥候みたいな雰囲気だったと語っていたわ」
「斥候……ですか」
戦力分析ということだろうか。けど色んな場所において無差別にそんなことをする理由がわからない。
そもそも彼には内通者がいるはずなので、わざわざ悪魔を利用せずとも調べられるはず――ちなみにその辺りの対策も無論しているが、完全に是正は難しいため、情報は奪われているという前提でこちらは戦力を整えている。
「確かに、これまでとは異なった動きなのは確かですね」
「レン君、思い当たる節はある?」
「ないです」
首を左右に振りつつ、俺はさらに質問。
「その情報は、誰かに話しました?」
「いえ、あくまで噂の域を出ないものだから」
「なら、俺が話しておくことにします」
「わかったわ」
承諾した後、ラウニイは並べられたケーキの食べ比べを始める……その間に少し考えてみる。
魔族や悪魔が動いているという事実は、シュウ達がまた新たな計画を立てているという可能性も考えられる。注意するに越したことはないが、対応が難しいのは間違いない……ともかく、報告しておいた方がいいだろう。
「ねえ、リミナさんとは上手くやれてる?」
ふいに、ラウニイから質問が。やれてる、というのは勇者と従士の関係についてだろうか。
「ええ。大丈夫ですよ」
「そう。なんだか屋敷護衛の時に一騒動あったから、ちょっとばかり気にしていたんだけど」
彼女の言葉に俺は苦笑した。騒動どころか色々トラブルがあって、それをきっかけとして彼女はドラゴンの血まで得てしまったわけなのだが。
その辺りの説明、知り合いに会った時リミナはどうするのだろうか……よくよく思えば郷里の人とかに説明するの、大変そうだな。
「それと、個人的には二人の仲がどのくらい進展しているのか気になっているのだけど――」
「その辺はノーコメントで」
下手に言うと厄介事になると思い、即答。するとラウニイは面白くないのか唸った。
「そんな険しい顔しなくても。世間話じゃない」
「……すいません。色々と追及してくる人もいるので面倒なんです」
「普段接している人だと話しにくいこともあるでしょう? 何か内に抱えているようなら、話してもいいんじゃない?」
そうラウニイは語る……が、彼女の知り合いにはリミナの友人もいるからなぁ。
「何? もしかしてクラリスの存在が気になって話せない? 私、口は結構硬いわよ」
「……あの、言っておきますけど、何かあるというわけではありませんからね?」
言ってはみたのだが、ラウニイはニコニコとしたまま……なぜこうも俺とリミナの関係を色々考える人が多いのだろうか。まあ、勇者と従士だから想像してしまうのも無理はないかもしれないけど――
「……とりあえず、俺から言えることは一つです」
「ほう?」
ラウニイが姿勢を正す。なぜそんな改まるのか。
「俺自身、リミナに助けてもらって感謝しています」
「……それだけ?」
ラウニイはさらに追及しようと身を乗り出そうとする。けれど、俺は手で制した。
「もちろん他に考えていることはありますが、これ以上はノーコメントで」
「……わかったわ」
至極残念そうにラウニイは述べ、フォークを置いた。気付けば、ケーキをて食べ終えている。
「ごちそうさま。悪いわね、おごってもらって」
「いえ……情報提供、感謝します」
俺が礼を述べるとラウニイは笑う。黒いローブには似合わないような、屈託のない笑みだった。
その後俺はラウニイと別れ、屋敷へと戻る。ナーゲンへの報告はセシルにでも伝えてもらえばいい。
「ただいまー」
一人で屋敷の玄関をくぐり、中へと入る。室内は静寂に包まれ、他の面々は帰って来てはいないのだろうと見当はついた。
「本でも読むか」
呟き、俺は廊下を進み部屋へと入る。まだ夕方に到達するには早い時間で、ひたすら暑い。
もし冷気の魔法がなければぐったりしていたことだろう……考えつつやがて部屋へと入り、軽く伸びをした後椅子に腰かけた。
傍らにはザック。ストレージカードに出し入れするのも面倒なので置きっぱなしになっているのだが……さすがにここを離れる以上は、持っていくべきだろう。
「さて……」
ザックからシュウの屋敷から借り受けた本を取り出す。何度も読んだのだが、不思議と飽きることなく今日もこうして読み返そうとしている。
ページをめくり、最初の言葉に目を向けようとした――その時、ノックの音。
「どうぞ」
顔を向け返事をすると扉が開く。現れたのはベニタ。
「おかえりなさいませ。昼食はどうなさいますか?」
「食べて来たので大丈夫です」
「お茶はいかがですか?」
「それも大丈夫です」
玄関にはいなかったのに、彼女は俺が帰ってきたことをしかと把握している――セシル曰く「あの人は見てなくても人の出入りを全部把握している」と語っていた。どういう理屈なのかわからないのだが、深く尋ねるようなこともしていない。
「そうですか。では皆様がお帰りになられた時夕食にしますので、何かあれば声を掛けて下さい」
「はい、ありがとうございます」
礼を告げるとベニタは扉を閉め、部屋の中は俺だけとなる。
そこで再度本に目を移そうとして――やめた。すると今度は、これから出会う勇者のことを考える。
三人目――シュウのことがわかった時と比べ、衝撃は少なかった。そして俺と同様色々と悩んでいるのだろうかと、なんとなく考える。
悩みがあれば、相談に乗ってもいいか……と、先輩面して思ってみるが、向こうの方が長い可能性もあるので、考えるのは早計か。
「どんな人物なんだろう」
呟き、天井を見上げる。粗暴な人物だとしたら面倒だしやだなと思いつつ――これ以上想像しても意味がないと思ったので、ひとまず棚上げにして立ち上がった。
今日は無駄に休みとなってしまったため、逆にすることがない。程なくして夕食だと思うが、それまで剣でも振っていようと庭先に行くことを決意し――俺は、ゆっくりと歩き出した。