二人への依頼
「――さて、まずはこの場に集まってくれたことに感謝します」
ナーゲンが丁寧な口調で話し出す。訓練場に戻り、俺達はナーゲンの横、壁際で話を聞くことにする。
集まった人数は、広い訓練場をかなり埋めるくらい。装備などはバラバラで闘士や騎士風の格好をした人物の他、年齢も結構差がありそうな雰囲気……男女比は、男性の方が圧倒的に多い。
「突然集められて何事かと思う人もいるでしょう……早速本題に入りますが、今回皆様にアークシェイド残党勢力の討伐に協力して頂きたい」
――告げた瞬間、にわかに室内がざわつく。事情をまったく知らないと思しき闘士達は首を傾げ、騎士風の人物はようやくか、という顔をしている。
「無論、強制というわけではありません。そこでまず、この討伐に参加しないという方については、ご足労頂いて申し訳ありませんが、ここで退出して頂くようお願いします」
集まった人々に語るナーゲン。しかし、この場にいる誰もが沈黙し、彼の言葉を待つ構え。帰る者は一人もいない。
「……補足しておきますと、決して討伐一色になるというわけではありません。闘士であるなら訓練内容を変え、有事の際に出陣するというパターンになるでしょう。もっとも、私やマクロイドといった討伐の中心に立つ人間が、所在を把握できるようしてもらいたいというのはありますが」
そう言うと、彼はぐるりと周囲を見回す。
「……確認ですが、よろしいですね?」
問うナーゲン。部屋は静寂に包まれたまま。
「わかりました。では話を続けさせて頂きます」
彼は言うと、改めて説明を始めた。
「討伐に協力と言いましたが、それより先に私を責任者として選抜試験を行います。その準備を現在行っている所で、今から十日後の早朝、この場に集まって頂きたい。詳しい説明はその時点で行うものとします」
彼は左右に目を向ける。そこにはマクロイド他、見慣れない闘士もいて――おそらく、壁を超えた技術を持つ人達だろう。
「その試験後、さらにもう一度別に査定を行い協力して頂くかを判断します……無論、報酬等も用意し、採用された面々については魔族や悪魔に対抗できる武具も支給します」
――闘士から多数の感嘆。武器の支給という点に驚いているようだ。
「何か質問は?」
ナーゲンが再度問うと、闘士らしき男性が一人手を上げた。
「はい、どうぞ」
「この場にいない人物を連れてきてもいいか?」
「……それについては、私かマクロイドのどちらかが見て、判断するということでお願いします」
返答に質問者は沈黙。他に手を上げる者もいなかったので、ナーゲンは終了の言葉を告げた。
「では、今日はこれで終了します。十日後、この場所にお願いします」
――言葉と同時、部屋から人が出始める。一方俺達はその流れに沿うことはなく、ナーゲンが次にどう動くかを注視する。
彼はやがて俺達に体を向け、歩き出した。俺達四人はそれをじっと待つ構えをとり――
「セシルとノディさんは自主訓練」
ナーゲンは近寄ると口を開いた。
「そしてレン君とリミナさんは、これからのことを説明するよ」
「わかりました」
頷くと、ナーゲンは部屋を出るべく歩き出す。そこで俺とリミナは視線を合わせ……どちらからともなく、彼に追随し始めた。
「二人には、二つばかり仕事をやってもらいたいんだ」
通されたのは、以前聖剣護衛の話をした時に訪れた、上等なソファのある客室。向かい合って座った後、彼は早速話し始めた。
「一つは、十日後行われる選抜試験に参加すること……ただし、試験を行う側で」
「俺達が、試験担当者というわけですか」
「二人は既に採用済みだからね。そういう人達で今回は試験を行う」
「他のメンバーは誰になるのですか?」
リミナが訊くと、ナーゲンは小さく笑みを浮かべた。
「私やルルーナ。さらにカインやマクロイド……加え、アクアも参加するそうだ。後は、壁を超える技術を持ち、信頼を勝ち得ている闘士や騎士……ジオなんかもそれに該当する」
それ、ほぼオールスターじゃないのか……? そんな中に俺達が入り込んで、迷惑にならないだろうか? 実力的にもまだまだだし――
そんな風に考えた時、ナーゲンがさらに言った。
「ちなみに、これは二人に対する訓練の一環でもある。二人は既に戦列に加わるのは確定だが、まだまだ改善の余地がある……中には技量的に上回る相手と戦うこともあるだろう。そういう人達と本気で戦えば、必然的にレベルアップもする」
「セシルとかはそのまま採用でも良い気がしますけど」
俺がコメントすると、ナーゲンは「そうかもしれない」と言及しつつ、
「セシルの課題は武器だけだったからね。ま、今回の試験で順当にいけば、彼こそがリデスの剣を握ることになるだろう。これは私なりの最終試験だと言っていい」
――つまり、セシルにリデスの剣を与えるかどうかの判断を下す機会というわけか。
「あ、この辺のことは秘密にしておいてくれよ」
「わかってます」
俺が答えた……直後、次にリミナが口を開いた。
「私は、どちらかという試験を受ける側だと思うのですが」
言いながら俺とナーゲンの顔を交互に見て、不安な表情を見せる。
「ドラゴンの血が入っている以上、素質ありと判断するのは理解できますけど……」
「リミナさんも場合は、他にも理由があるんだよ」
「理由、ですか?」
「大きなものとしては、英雄シュウの件を含め今回の事件に関する話を全て把握していること……これはセシルやノディさんも該当するけれど、君の場合はレン君の従士という形で、他の二人と比べ重要な立ち位置にいると判断し……協力してもらうことにした」
「……そう、ですか」
釈然としない表情の彼女。それにナーゲンは優しく微笑んだ。
「他にも理由はあるんだけどね……ま、この辺りはいずれ話すことにしよう」
なんだか含みのある言い方。けどリミナに対する何らかの事実によって、戦列に加えると判断したのは間違いないようだ。
「わかりました。至らない部分もあるかと思いますが、よろしくお願いします」
リミナはそこで頭を下げる。ナーゲンは「こちらこそ」と応じた後、さらに話を続ける。
「試験の概要については、いずれ話すことにしよう……で、二つ目なんだけど、人を迎えに行ってもらいたいんだ」
「人?」
聞き返したのは俺。すぐさまナーゲンは頷き、
「場所はここから北にあるフォーメルク……ここに滞在していたなら聞いたことがあるかもしれないけど、海に面したリゾート地だ」
それならベルファトラスに滞在していて耳に入れたことがある。どうもそこは、元の世界で言うハワイとかグアムとかに該当する場所らしい。
「で、そこには港もあって、他大陸の船も往来している。先日こちらに届いた書簡によると、三日後くらいに客人が来るから、その出迎えをして欲しい」
「俺達で良いんですか?」
客人を出迎えるなら英雄とかでもよさそうなものだが……考えていると、ナーゲンは頷いた。
「ああ。客人といってもその人物は勇者であり、今回の選抜試験参加者でもある……そこで試験を行う側の人物代表として君が選ばれた。で、選ばれたのにはもちろん理由がある」
と、彼はそこで一拍置いた。こちらは目を合わせじっと言葉を待つ。
「……それを話す前に確認だけど、レン君は他大陸の事情とかは知っているのかい?」
「いえ、まったく」
「そうか。それじゃあその辺りから話すことにしよう」
ナーゲンは言うと、俺に向き直り改めて告げた。
「まず、結論から話そう。これは連絡を取り合っていて判明した事実なのだが……今回ベルファトラスを訪れる勇者。その人物は、君と同様『星渡り』によって、この世界にやってきた人物だったんだ――」