英雄からの頼み
訓練場に入るとそこもまた人がわんさかいるような状況。俺達と同様、話があるとして集まったようだ。
「ナーゲンさんはいつもの場所にいるね」
セシルが言及。見ると、訓練場の奥にいつもと同じように座るナーゲンの姿。
「なにはともあれ、事情を訊こうか」
そう言って、セシルは先頭に立って歩き出す。俺は周囲を見ながらこの状況を見回しつつ……ふと、ある人物と目が合った。
「あ……」
向こうも声を上げ、歩く俺に近づいてくる。それにはセシルも気付いたようで立ち止まり、
「ああ、フィクハさん。おはよう」
彼女に呼び掛けた。
目が合った人物はフィクハ……以前と容姿は変わっていないのだが、訓練を重ねたことにより少しばかり風格が出て来た……気がしないでもない。
「フィクハさんは何でここに?」
「指導を受けている人からここに来いと言われただけで、何も聞いていないよ」
「そうか……レン、とりあえず話を聞こう」
「ああ」
頷き、俺達は移動を再開。程なくしてナーゲンの所に辿り着くと、彼が先んじて口を開いた。
「ああ、おはようみんな。見ての通り今日は話があるから端の方で待機していてくれ」
言いつつ、視線を俺へと向ける。
「レン君とリミナさんも聞いてもらうけど、二人には別の事を頼みたい」
「……俺達は、関係ないってことですか?」
「関係している部分もあるし、してない部分もあるね」
……要領を得ないが、質問については話を聞いてからでもいいだろう。俺は「わかりました」と答え、隅にでも移ろうとした時、
壁際に、多数の武具が置かれているのを発見した。
「あれ、何でしょうか?」
リミナがそちらを注視して問う。俺としては首を傾げる他なかった。
「あ、おーい」
と、今度はマクロイドがやってくる。怪我もすっかり治り軽快な足取りの彼は、近づくと同時に俺の肩をバンバンと叩いた。
「元気そうだな……おい、ナーゲン。話を始める前に交渉した方がいいんじゃないか? まだ来ていない奴もいるから、時間はあるぞ」
「ん……? ああ、そうだね」
提案にナーゲンは立ち上がった。俺達が何事かと見守っていると、彼は手で横方向を示す。
「ひとまず場所を移そう。レン君に、先ほどとは別に一つ頼みたいことがあるんだ――」
案内されたのは訓練場を出てすぐの控室。俺とナーゲンを始めとして、リミナやマクロイド。さらにセシルとノディがいて、人数的に結構狭い。
「おい、何でセシル達も来るんだよ」
「気になって」
マクロイドの問い掛けにセシルはどこか挑発的に返す……訓練中幾度となく二人が喧嘩しているのを見たので、今となってはこの反応も驚かない。
「ナーゲン、いいのか?」
「構わない。早速始めよう」
返答したナーゲンは俺と向かい合い、口を開く。
「唐突で申し訳ないんだが、リデスの剣を買い取らせてもらえないだろうか」
「……え? 剣を?」
俺は目を丸くし……懐に収められているストレージカードに意識を向けた。
現在リデスの剣は俺の所有物ということで持ったままとなっている。英雄の剣を二本持っているというのは贅沢極まりない状況とも言えるが、聖剣がある以上リデスの剣については使用機会も無くなり、カードの中に封じたままというのが実状だ。
「それは、訓練場に人を集めたことと関係があるんですか?」
「ああ、言ってしまうと今回人を集めたのは、英雄シュウと戦う中心的な人物達を選伐する意味合いがある」
選伐――という言葉を聞いてか、セシルとノディが僅かに反応を示した。
「で、当然武器なんかも普通の物ではもたないだろう。だから耐えうる物を集めているわけだ」
「さっきの武器はそういう経緯で集められたわけですか……けど、大丈夫なんですか? 擬態魔法のことや、内通者のことや」
「選抜が終えたら、その人物が信用に足るかさらに精査するよ。それに――」
と、ナーゲンは微かに笑う。
「仮にシュウ達の内通者だとして……選抜の時に力量を把握していれば、対策も講じやすい」
……なるほど、味方か敵になるかわからないが、この場にいる戦士や闘士達の戦力をきっちり把握しておくという意味があるのか。
「レン君達も理解していると思うが、この場には闘士の他、国々から訓練のために訪れた勇者や騎士の姿もある。彼ら全員に訓練を施すことにしているけど、その中でシュウを始めとした幹部クラスと相対するため、突出した戦力も必要になる。それを今回選抜し、武器を支給することになった」
「……わかりました。俺は現状使っていませんし構いませんよ」
「もし聖剣を手放すことになれば、私達が他に君用の武器を渡すことは約束するよ」
「ありがとうございます」
「……ねえレン君。本当にいいの?」
と、そこへノディから横槍が。
「英雄の剣だよ? 手放したらもう手元には戻らないと思うし……」
「しかるべき人に渡して、存分に使ってくれた方が良いんじゃないかな」
「それなら、僕に売ってくれよ」
ここぞとばかりにセシルが発言。けれど、それをナーゲンが制する。
「手に入れたければ、今回の選抜を通過して自力で手に入れるんだね」
「……先んじて要望しておけばよかった」
後悔するセシル……まあ、提案したとしてもナーゲンが止めたかもしれない。
「では、レン君。改めてだが……いくらで売ってもらえる?」
ナーゲンが問う。英雄の剣である以上、価値としては青天井な気がしないでもない。しかし――
「そういえば、ルールクさんの店で手に入れたんだよね?」
さらにナーゲンからの質問。それに頷く俺。
「ということは、購入したんだよね? それはいくらだった?」
「金貨三枚です」
「ぶっ!?」
吹き出した――高すぎるのではなく安すぎることで。反応としては、当然か。
リミナを除くこの場にいる面々が全員目を白黒させる――そして声を上げたのはセシル。
「金貨三枚!?」
「剣自体はお墨付きだけど、ルールクさんが言うにはよくわからない素材だから、値段は付けられないそうだ」
「……どう解釈すればいいんだろう」
口元に手を当て、真剣に悩むナーゲン。これは所有者である俺が値段決めた方がよさそうだな。
といっても現状セシルの屋敷に住ませてもらって、衣食住実質タダなもんだから使い道もない……まあ、屋敷を出たら当然お金も必要になるわけだが、ザックに入っている残金も結構残っているしなぁ。
「そうですね……俺としては頓着ありませんし、色付けて五枚でいいですよ」
「……逆に納得いかないのはなぜだろうね」
釈然としない表情で語るノディ。視線を転じると複雑な顔をしているマクロイドの姿。誰もかれもが同じような心境らしい。
「……まあいいか。わかった。それじゃあ金貨五枚」
そこでナーゲンは了承し、懐から金貨を取り出す。
「改めて用意しようと思ったけど、一旦私が立て替えることにするよ」
そう言いつつ差し出した金額を、俺は「どうも」と受け取り、こちらはストレージカードから剣を取り出して渡す。けれどナーゲンはどうも納得としない様子。
「これで本当に良かったんだろうか……」
――深く考えすぎじゃないか? まあ、気持ちはわからないでもないけど。
「……あの、すいません。話を変えるのですが」
そこでリミナが小さく手を上げる。するとナーゲンは表情を戻し、
「ん、何?」
「先ほど、私と勇者様に別のことを頼むと言っていましたが、私達は選抜に参加しないんですか?」
「レン君は元々必要ないのはわかるだろ? で、リミナさんに関しては対抗できる武器があるし」
彼はリミナの持つ槍を見つつ、さらに続けた。
「――それに、フィベウス王国王妃の血を得ているのだから、実力は保証済みだ」
その言葉で、リミナは苦笑する。その辺のこともこの一ヶ月で周知され、期待されている節もある。
「依頼内容については後で説明する。では目的も達成されたし、一旦訓練場に戻ることにしようか――」




