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いつもとは違う朝

 ――ふいに目を開けると、外からは綺麗な鳥の鳴き声が聞こえてくる。元の世界でスズメが鳴くような感じで朝に聞こえるそれを、俺もずいぶんと聞き慣れていた。


「……起きないと」


 呟き、上体を起こす。最初寝にくいと感じていた大きなベッドも今ではずいぶんと慣れ、だらけていると昼まで寝てしまうような快適アイテムと化している。

 もう一度横になりたいという誘惑を抑えつつ、ベッドから降りた。そして周囲を見回す。白を基調としたホテルのような一室もまた、今の俺にとっては見慣れた光景。


「……着替えよう。そして寝癖を直そう」


 断じると共に荷物の置いてあるテーブル近くへ移動する。このまま自堕落していると直に誰かが叩き起こしにやって来る……そうならないように、先んじて着替えを始めた。






 あの聖剣警護から、一ヶ月以上が経過している。季節はすっかり夏を迎え、俺はベルファトラスにあるセシルの屋敷で厄介になっていた。


 元の世界における夏とは、湿気のあるうだるような暑さが定番だったのだが、このベルファトラスは湿気も少なくカラッとした陽気で、だいぶすごしやすい……まあ、氷系の魔法を多少いじくって冷気を体にまとわせていたりしているのも快適な原因の一つなのだが――


「おはよう」


 いつもの服装に着替え、食堂の扉を開けてまずは挨拶。それに「おはようございます」と返答したのは、席に着いているリミナ。格好は以前と相変わらず。


「今日は寝癖もありませんね」

「そうだな。早く起きて直したからな」


 応じつつ彼女の隣へと座った。長いテーブルの中で俺達は中央付近を陣取っているのだが、俺やリミナ……そして真正面にいる人以外はバタバタと仕事をしている。


「勇者様、今日は話があると言うことでしたよね?」


 ふいにリミナが尋ねる。俺は小さく頷き、返答する。


「ああ。場所はいつもの所だけど……ナーゲンさん、俺達に仕事をさせるみたいだな」

「仕事、ですか?」

「帰りがけにマクロイドと話している所を偶然目にした時、彼らに仕事云々って聞こえてたし」

「……それって、私達全員かなぁ」


 そう尋ねて来たのは、俺の真正面。机を挟んで向かい合って座っている金髪の女性――白い戦闘服に身を包んだノディ。


「どうだろうな。数人そちらに回して他は訓練という可能性も」

「そっかぁ……」


 零す彼女は、この場を抜けだしたいという雰囲気がありありとわかった。


 ――なぜ彼女がここにいるのかというと、聖剣護衛の折ジオが提案したためだ。今後シュウと戦う時に現状の騎士団ではあまりに心許ない。だからこそ素質ある騎士を強くしたいとのことで、セシルの屋敷に来た。なおジオもジオでルファイズ王国首都で修行を重ねているらしい。


 また、一部ではあるが他の騎士も研鑽を積むためにベルファトラスへと赴いたらしい……さらにこの屋敷を離れ、別で訓練を行っているフィクハやライラのような人物もいる。

 彼女達については、能力などの兼ね合いもあるため別の人間の教えを受けている。よってナーゲンに指導してもらっているのは、この場にいる三人とセシルだけだ。


「で、セシルは?」


 ノディはテーブルに突っ伏しつつ問う。俺は小さく肩をすくめ、


「いつものようにベニタさんに叩き起こされているんだろ。で、今慌てて食堂に向かっている最中――」


 俺が告げた途端、食堂の扉が盛大に開いた。視線を移すと服を正しつつこちらに歩み寄るセシルの姿。黒い貴族服姿で勇者の証争奪戦で見た格好。


「おはよう、みんな」

「おはよう。その様子だと叩き起こされたな」


 僅かながら残っている寝癖をめざとく見つけ言う。セシルは「まあね」と答えつつさらに歩み、ノディの隣に座った。位置的にはリミナと向かい合う形。


「ベニタさんも、もうちょっと優しく起こしてくれればなぁ……」

「それではいつまで経っても起きなかった、とベニタさんから聞いたぞ?」

「あの人がここで働きだした頃はそうだったかもしれないけど、今は規則正しく生活しているから起きられるさ」

「一人で起きられない人が主張しても、意味ないと思うなー」


 ノディが横槍を入れると、セシルはちょっとばかり睨むように彼女を見る。対するノディは首をすくめる。

 ……基本、二人はあまりそりが合っていない。闘士と騎士だからという点が理由の大部分だとは思うけど。


「セシル、今日は訓練じゃなくて話だったよな?」

「ん? ああ、そうだよ。何を喋るのかわからないけど、もしかすると事態が進展したのかもしれないね」


 セシルは視線を俺に移し返答。確かにそれもありかなと思ったところで、メイドが俺達へ朝食を持ってきた。






 ――ベルファトラスに滞在する間、それまでとは打って変わりシュウ達が行動を起こすことは無かった。けれどそれはあくまで『表面上は』という話であって、見えない所で活動している可能性は十分ある……というか、それで間違いないだろう。


 あの戦いの後、ルファイズ王国は魔王の力を持つシュウを重く受け止め、騎士を動員し新たに対策本部を設立した。無論魔王の力のことは一般に知られているわけではないため、表向きは『アークシェイド残党及び、傀儡となっている英雄の捜索』という名目だ。聖剣を奪おうとしたという事実については公表し、英雄の捜索をルファイズが国を上げて受け持った。それに呼応する形で諸国も協力を表明したのだが――現在はルファイズが主導的で他は補助という形となっている。


 なぜか――擬態魔法が原因だ。下手に人数を膨らませると、裏切り者が気付かぬ内に紛れこむ可能性がある。対策本部だって内通する可能性の無い人物達に対し、俺が本人かどうかを確認し、なおかつ厳重な暗号等を記憶させているような状況だ。だからフロディアはその部分の解析から着手することになった。


 その研究を、聖剣警護の後半月注力した。結果としてフロディアは原理を解析し、それに対抗する魔法道具を作成した……が、本当に通用するかどうかは今後シュウ達が出現するまでは不明だ。

 そして、魔王に対抗する力……現在はこちらの訓練を重点的に行おうとしている。壁を超える技術とセットである必要があるため、かなり時間が掛かるだろうというのがフロディア達の見解だ。


 ちなみに聖剣はまだ俺の手元にあり、鞘を布で巻き、さらに革で作ったカバーをかぶせるという形で聖剣であることを隠している――


「しっかし、暑いね」


 屋敷を出て四人で歩きながらセシルは言う。確かにそうだが、そもそもセシルの場合は黒い長袖の貴族服なので、脱いだらどうだと言いたくなる。


「レンは平気なの?」

「俺は冷気の魔法使っているから」

「ぐ、羨ましいなあ……ちなみにこのくらいの暑さって、レンの世界でもあるの?」

「これよりもっと湿気が多くて、ムシムシしている感じ」

「……気持ち悪そうだな」

「ああ。日中行動する気が起きなくなる」


 言うとセシルは笑う――彼には、俺のことについては話した。

 その辺もこの一ヶ月で変化したことと言えばいいだろうか……というか、ノディがうっかり喋ってしまったので、仕方なく話したということなんだけど。


「……ん?」


 その時、セシルが前方を注視して怪訝な声を上げる。見ると、闘技場に向かう闘士らしき姿。


「どうした?」

「……あいつらは今日、別の訓練場を使うはずなんだけど」


 会話をする間に闘技場へ近づく……すると、首を傾げたくなるような光景が目に映った。


「……何だ、これ?」


 ベルファトラスの頂点にある闘技場……その前に、多数闘士がたむろしていた。


「誰かに呼ばれてきたということでしょうね」


 リミナが一瞥しながら言う――これ、ナーゲンの話と関係あるのだろうか?


「とりあえず、ナーゲンさんに事情を訊いた方がよさそうだね」


 セシルは言うと、俺達を先導し始める。それに俺を含めた三人が続き、建物の中へと入った。


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