二つの礼
怪我人を地上に出した時、太陽は中天を越えていた。戦闘など緊張続きだったので時間間隔が喪失していたが、結構な時間潜っていたようだ。
「大丈夫ですか?」
遺跡を出るとメストが出迎えてくれた。俺達は一斉に頷いた後、邪魔にならないよう入り口横に移動する。
「メストさん、これを」
リミナが渡されたメモを差し出す。彼は受け取り確認した後――驚愕した。
「攻略……したんですか」
「ええ、まあ」
俺が応じると、メストはメモとこちらの顔を交互に見やり、
「少し待っていてください」
テントの方へ走り去った。
「大丈夫そうだな」
ギアが言う。彼は肩を軽く回しつつ、周辺の様子を眺めていた。
「ひとまず死者がいなくて良かったな」
「まったくだよ」
同意する。一番危なかった勇者グランドの戦闘も、犠牲者は出さすに済んだ。あとは怪我人の容体が気になったが、様子を確認したリミナが「大丈夫です」と言っていたから、大事には至らないだろう。
「で、ギア。俺達は帰るのか?」
そこで訊いてみる。ギアは「うーん」と唸りつつも、同意する様な調子で応じた。
「そうだなぁ……グランドの戦っていた先はゴールらしいし、ここでできることはないだろうな」
――ギアの言う通り、最後に戦ったマジックゴーレムの奥は、俺達が隠し通路から入った絨毯の道だった。倒れている人達を収容している間に、アーガスト王国の学者達が逆走してきて、それが判明した。
「メストさんの話を聞いて、よさそうなら帰るか」
「わかった」
俺は了承する――と、よくよく考えると半日少ししか滞在していない。こんなんでいいのかと思ったりする。
やがてメストが戻ってくる。若干興奮気味であり、告げられる言葉も予想できた。
「皆さん、ありがとうございました」
開口一番、彼から礼が発せられた。
「どうやら今回は私達が先行した様子……ご協力、ありがとうございました。それと報酬に関してですが……」
メストは告げるとクルクルと巻かれた書状を俺に差し出した。
「こちらをギルドに見せて頂ければ、支払われることとなります」
「わかりました」
代表して俺が受け取る。そして、
「俺達は、今後どうすれば?」
彼に質問した。
「遺跡はひとまず、最深部まで到達したようですが」
「そこについてはまだ協議があるのでなんとも……ただ、内部にモンスターがいないとわかれば、ご協力いただくこともないと思います」
「なら、その辺がわかるまで待機でいいですか?」
「はい」
了承するメスト。俺は頷くとリミナとギアに視線をやった。
「じゃあ、ひとまずテントに――」
言いかけて、遺跡の入口から視線を向けている人物が一人。言葉を止めると、リミナ達も気付いたらしく振り返る。
「何か用なのか?」
最初ギアが呟いた。その人物は勇者グランド。遠目からもただならぬ雰囲気を感じられ、礼を述べようなどと考えていないのはわかる。
「……きっと、さっきの戦いについてだろうな」
「でしょうね」
俺の意見にリミナが賛同。
「ギア、先に戻っていてくれ。俺達で話をする」
「いいぜ」
ギアは承諾した後、メストの案内により一人去っていく。そして俺とリミナはグランドへ近づき、話し掛けた。
「何か用ですか?」
まず俺が声を出す。けれどグランドは沈黙。こちらも無言となり、しばらくの間嫌な空気が流れる。
それを脱したのは、重い口を開いたグランド。
「お前達は……何者だ?」
疑問。正とも負ともつかない声。
「先の技……どう見ても一傭兵の力ではない。あれは……」
「どうする?」
グランドの声を遮り、俺はリミナに尋ねた。彼女は顎に手をやりグランドを見据える。
「他言無用であれば、よろしいのではないでしょうか」
「……そうだな」
そもそも目立たないよう行動しているのは、俺の個人的な理由からだ。なので、話をこじらせないためにも説明したほうがいいだろう。
「話しても構いませんが……秘密にお願いします。目立ちたくないので」
「いいだろう」
頷く彼。そこで一呼吸置いて、ゆっくりと語り始める。
「そちらも聞き覚えがあるかもしれませんが……俺の名は、レン。巷で噂されている、勇者レンです」
その言葉に――グランドは驚嘆の色を見せる。
「諸事情があって、人前に顔を出したくないんです。だからできるだけ穏便に済ませようと行動しています」
「私と出会った時も、そのようにしていたと?」
「はい」
あっさり答えると、グランドは目を細めた。
「……英雄アレスの真似事をしているとことから、生意気なのかと想像していたが、ずいぶんと腰の低い人物だな」
「真似事?」
「各地を旅して回り、悪魔やモンスターを倒し続ける……英雄アレスも戦争前はそうして武勲を重ねただろう?」
――俺はこういう風に言い出す人間がいるから、目立たないようにしていた一面もあったのだろうと、半ば察せられた。確かに目的などを考えれば、顔を出すことはデメリットだ。
「まあ……俺にも理由がありますから」
グランドには、そう濁しながら返した。あいにく俺自身が勇者レンでない以上、どこまでも答えは出ない――
けれど、ふいに最深部で出会った男性を思い出す。勇者レンの行動動機……彼もまた、関係しているのだろうか?
「わかった。詳しいことは聞かない」
グランドはそこで身を退いた。そして、
「ありがとう、助かった」
高圧的な雰囲気は喪失し、礼を告げられた。俺は首を左右に振り、返答する。
「当然のことをしたまでです」
「そうか……」
言うと、彼は身を翻した。
「そちらは、今後どうする?」
「協議で必要ないとわかれば、帰ります」
「……わかった」
彼はそのまま去った。後姿が肩を落としているように見えたのは、気のせいではないだろう。
「悔しいのでしょうね」
同じ見解を抱いたらしいリミナが口を挟む。
「勇者という自負がある以上、当然かと思いますが」
「傲岸不遜ばかりではないというわけか」
「国から認可された勇者は結果を残さないといけませんので、称号に胡坐をかいていては駄目なのでしょう」
彼もまた、色々と事情があるようだ――そんな風に考えると、俺は歎息し、
「テントに戻ろう」
リミナに言って、歩き始めた。