本当の名前
――馬車に揺られ、俺達は一路ルファイズ王国の首都へ向かう。
「さて、情報を整理しておくとしようか」
車内には俺とリミナ。そしてフロディアとアクアが乗っている――俺が目で怪しい人物がいないのを確認した後、馬車に乗り込み移動を開始した。他の面々は、別の馬車に乗っているはずだ。
「シュウは今回、聖剣を奪うために私達を襲撃した。その理由は、私達に魔王を倒す力を与えるため」
「意味がわかりませんね……」
俺が歎息しつつ言うと、フロディアは小さく頷いた。
「シュウの言葉が嘘だという可能性も、もちろんある。ただまあ、私の勘だが本当のことのように思えた……この辺りの理由について考えるのはやめにしよう。何か目的があるということで、話を進めさせてもらう」
「はい」
「では……結果的にシュウは聖剣を断念し、レン君が英雄アレスからその技術を教えられていたことが判明した。これで私達は、魔王を倒せる力を得られる可能性が出てきた」
「そうですね」
「そして、聖剣もここにある。戦いの結果としては、良かった」
そう言ってフロディアは胸の辺りをポンポンと叩く。ストレージカードを指しているのだろう。
「今後私達がやるべきことは、魔王を倒す力を解析し、なおかつ擬態魔法を見破るためのやり方を調べること……そこで」
と、フロディアは俺と目を合わせる。
「シュウの言っていた『星渡り』について、詳しく教えてもらえないか?」
「といっても、俺は魔法を使われた側なので……」
「それもそうか。ならばシュウの屋敷を調べた方がよさそうだな。魔法についての詳細もそこにあるだろうし……ではもう一つ質問だが、勇者レンが魔法を使った理由とかはわかる?」
「それはむしろ俺が聞きたいくらいで――」
俺はそう告げた後、フロディア達に一連の説明を加えた。といってもあくまでシュウから教えられた情報だけだが。
「……シュウさんの話によると、夢を通して俺を見ることができるそうですけど、今の所話をしたことはありません」
「そうか。彼から事情を訊ければ、君の友人のことなんかもわかると思うのだが……」
「その辺りは俺自身も勇者レンの記憶が蘇ってきているので、大丈夫かなと思います。時間は掛かると思いますが」
「わかった……あ、そうだ」
次にフロディアは、俺に窺うように尋ねる。
「それで、元の世界には帰れるのか?」
――その言葉の瞬間、横にいたリミナの体が僅かに跳ねた。
「シュウさんの話によると、無理だそうです」
けれど俺は無視してフロディアと会話を続ける。
「だからこそシュウさんはこの世界に留まっていた……元々、帰りたくなかったのかもしれませんけど」
「君はどうだい?」
フロディアが問う。それに俺は沈黙し……少しして、
「まだ、やることがありますから」
「そっか……まあ、この戦いが終わった後考えればいいことか」
そう述べるとフロディアは笑う。俺は「そうですね」と短く返し……少しばかり、考えてみた。
まあやることがある……それは間違いない。もっとも、ラキや魔王のことは、勇者レンに関係しているのであって、俺自身と関係あるかと言えば微妙なところだが――
「同じ世界のシュウさんのことは……決着をつけないといけない気がするんです」
フロディアに告げる。彼は、俺に「そうか」と答え無言となった。
そう――同じ世界からやって来たあの人を止めないといけない……そんな考えが俺の中にはある。
あの人はこの世界にやって来て、魔王と戦った。そして今魔の力に侵され、この世界を無茶苦茶にしようと動いている。
なおかつ、首謀者はラキ……勇者レンのことも気になる以上、俺は彼らと戦う理由がある。
「そういえば、一つ訊いていい?」
そこで、アクアが俺に呼び掛けた。
「英雄シュウ……彼の本名とかも、同じでいいの?」
「あ、はい。同じだと思います」
「レン君も?」
「ええ」
頷きつつ――ふと、俺はあることを思い出した。
「そういえば――」
言いつつ、懐からストレージカードを取り出す。荷物を入れるザックを封印してあるやつだ。
カードに魔力を込め、目の前にザックを出現させる。フロディア達が見守る中で、俺はザックを漁り、
一冊の本を取り出した。
「これが、彼の名前です」
表紙の裏を見せる。そこには『修』の文字。
「これが……? これが、君達の住む世界の文字?」
「厳密に言うと、俺やシュウさんが暮らしていた場所で使われる文字、ですね。学業を修めるといった風に使われる文字です」
「そうなのか……」
と、フロディアはそこで視線を俺へと変える。
「レン君は?」
「え?」
「レン君も同じような文字があるのかい?」
「え、まあ、はい」
「書いてもらってもいいかな。その文字の隣にでも」
彼は車内の隅に置いてある箱から、羽ペンを取り出す。
「どうぞ」
「……どうも」
なんだか奇妙な方向に話が進んでいると思いつつ……俺は自身の名前である『蓮』という文字を書いた。
「これはどういう意味?」
「花の名前です。それの別読み」
「ほう、そうなのか……」
しげしげと眺めるフロディア。合わせてアクアやリミナまでもが俺の書いた名前を凝視する……なんだか恥ずかしい。
「……レン君、一ついいかい?」
その中で、一番最初に目を離したのはフロディア。俺は「どうぞ」と答え言葉を待つ。
「君は……自分の意志で戦うことを選んだということで、間違いないのかい?」
「……はい」
「そうか。なら――」
フロディアは微笑を浮かべ、俺に告げた。
「ここからは勇者レンではなく、蓮君……君に、是非とも協力してほしい」
――その言葉の瞬間、ああなるほどと思った。
おそらく、彼は俺が勇者レンと蓮という狭間で大変な思いをしていると考えている――それで悩んだこともあったので、間違っていない。
そして、これからの戦いで同様に思うことがあるだろう――彼はそう確信し、今ここで勇者レンではなく、俺自身に協力願いたいと告げたわけだ。
「わかりました」
俺は頷く――彼の言葉は、非常に嬉しいものだった。
「喜んで協力します……勇者レンの力を、存分に発揮して」
「ありがとう、蓮君」
礼を述べたフロディアと――そのやり取りをニコニコと眺めるアクア。そしてなんだか複雑な顔をしているのがリミナ。
「どうした?」
疑問を投げかけると、リミナは頬をかきつつ述べる。
「いえ……なんとなく、勇者様にそう言うことができれば、以前のように苦しませずに済んだのではと思いまして」
「二人の間で、そういうやり取りは経験済みか」
横槍を挟むようにフロディアが言う。
「けど、呼び名は勇者様なんだな」
「私にとって勇者様は勇者様です」
「力強い言葉だな……解決済みというわけだ」
リミナの言葉に微笑み……やがて彼は俺に右手を差し出した。
「それでは改めて……蓮君。私達と共に、魔に堕ちた英雄達と戦って欲しい」
「はい」
頷くと、俺は彼と握手をした。
――もしかすると今後、本格的に魔王と戦うことになるかもしれない。今の所その戦いの先陣を切るのは、唯一魔王を倒せる力を持つ俺となる。
不安が無いと言えば嘘になる……けれど、今ここに勇者レンではなく蓮として接する英雄や闘士がいる。その事実が、戦わなければという意志を駆り立てられる。
横を見ると、リミナがこちらに視線を送っていた。先ほどまでの視線とは打って変わり、確信に満ちた瞳――勇者様ならできると、強く主張していた。
その眼は、勇者レンではなく間違いなく俺を見ていると理解できた。それが一層俺の気持ちを奮い立たせ、自然と彼女に頷き返した――