凶行に至った理由
「憎……んだ?」
俺は意を介せず聞き返すと、シュウは笑みを収め、改めて口を開いた。
「私が英雄アレスを殺した時の話をしよう」
唐突な言葉――俺は驚き、フロディア達も警戒しながら聞く構えの様子。
「魔王との戦いの後、私は日々魔の力に体が侵食されていくのがわかった……当時はそれを是正するため魔法開発に勤しみ、君達の言う所の『英雄の自覚』とやらも忘れていなかった」
そこで表情を笑みに戻し、続ける。
「そんなある時、私の屋敷にアレスが訪れた。事情を訊くと、彼はどこで調べたかわからないが、フィベウス王国にある秘宝を手に入れたいと言ってきた」
「……何?」
――英雄アレスはフィベウス王国の聖域で亡くなっていた。となれば当然、そこに至るまでの理由もあったはず。それを、彼は今から語るのか。
「フィベウスに伝わる強大な魔力が備わった秘宝……当時の彼は、それを欲していたというわけだ。彼はその時詳しく理由を話さなかったが、他ならぬアレスの頼みと思い、私は快諾した」
語るシュウの声音は段々と穏やかなものになっていく。その時の光景を思い出しているようで……彼がアレスを殺したという事実が奇妙に思えてしまう。
「それがフィベウス王国で聖域とされる場所に存在していたのは、レン君も理解できているはず。王との交渉はアレスが行い、二人して聖域へと入った……今にして思えば幸運だったな。アレスを殺し、私が聖域を訪れたことを隠滅するための記憶改ざんを、見張りの兵士くらいにしかする必要がなかったのだから」
その時の光景を思い出してか……彼は苦笑する。それは、どういう意味合いのものなのだろうか――
「そして聖域に入り込み、私達は秘宝を発見した。そこでふと、私はアレスに訊いた。なぜ、秘宝を手に入れようと思ったのか」
彼の目が、やや遠くなる。いよいよ、確信部分に迫る――
「……ここで一つ、言っておこう。アレスは、一つだけ私やリデス、そしてザンウィスに隠し事をしていた」
さらに話が変わる。俺は眉をひそめ、言葉を待つしかない。
「魔王という存在を滅ぼし英雄と呼ばれるようになった後、彼は隠居した……実を言うと私は戦いの後調査し、なぜ彼がそうしたのか理由は知っていた。だからその時、半ば興味本位で隠し事を知っている旨をを伝え、尋ねた。そして」
彼は一拍置く。さらに、俺と目を合わせ、語った。
「彼の口から理由が語られた……その結果私は彼を憎み、殺した」
「……え?」
突然の言葉。俺は驚愕し、言葉を失う。
「それは半ば衝動的だと言ってもいい。けれど、私の中に眠る記憶が彼を憎み、殺した」
「……経緯が、一切理解できないな」
その言葉は、ルルーナからのもの。
「アレスが語った理由を訊けば理解できるのか?」
「ああ、そうだな」
「……思いつくとしたら、彼もまた何かしら悪事に手を染めていたと? まあ、秘密裏に聖域の秘宝を盗るなんて所業をやっている以上、後ろめたいことだったのかもしれんな」
シュウは何も語らない。代わりに微笑を浮かべ、全てを誤魔化すような態度を見せる。
「それと、腑に落ちないことがある。私の中に眠る記憶だと? なぜそんな客観的な物言いをする? 既にその時点で魔の力に浸食され、自我を失いつつあったということか?」
「その点が深く関係していたのは認めよう。実際聖域を訪れた時点で記憶が混濁するケースもあったからな。そしてアレスを殺して以後さらに強くなり、現在のように君達の敵となりこの場に立っている」
シュウは両手を左右に広げた。まるで演説するかのような仕草。
「アレスから理由を聞かされ、侵食が早まったと言うべきかもしれない――私の中にあるこの世界のシュウの記憶が、私自身の記憶と混ざり合い、自分のもののように思え、アレスを殺すことになったというわけだ」
――その説明を真に理解できたのは、事情を知っている俺と、リミナだけだっただろう。
「レン君には話したはずだ。この世界の彼は魔王との戦いに怯え、『星渡り』を使い私と入れ替わった。戦いが終わった後そうした記憶が時折生活の中で思い出され、魔の力によりいつしか自分の記憶のように認識するようになった……ということだろう」
「……何を、言っているの?」
アクアが言葉を零す。当然ながら、理解できないはず――
「なるほど、『星渡り』か」
その中で、ナーゲンが口を開いた。
「確か、どこかのパーティーか何かで冗談混じりに語っていたね」
「ああ、ナーゲンには話したんだったか。まあ冗談として受け取られていたはずだし、この場においても、世迷言だと思って聞いてもらえばいいぞ?」
「レン君に話すということは、彼もそうなんだろ?」
ナーゲンの視線が一瞬だけこちらを向く。
「……そして、表情から従士であるリミナさんもあなたの言ったことが理解できている様子。あなたはどうもレン君達を一目置いている様子だしね……真実を話すことにしたんだろう」
「ふむ、理解が早くて助かると言うべきか、もう少し戸惑ってくれた方が面白かったと言うべきか」
笑うシュウ。無邪気なもので、それまでの笑みと異なりひどく新鮮に映る。
「まあいいさ……話を続けると、この世界のシュウは怯えながらも様々な感情を胸に宿していたわけだ。それらがアレスの返答の時一気に押し寄せ、気付けば戦っていた」
「そして秘宝を奪い取った、と」
結論をフロディアが結ぶ。それにシュウは小さく頷き、
「どのように使うかは、ご想像にお任せしよう……さて、『星渡り』の話題も出たし、丁度よいだろう。君達の戦いを讃え、一つ教えておこうか」
と、シュウはさらに別の話題へ移る。それは――
「レン君になぜ、擬態魔法が通じないか。これは『星渡り』が大きく関係している」
「……この世界の人間でないから、通用しないと言いたいのか?」
俺が問う。それにシュウは頷いた。
「そういう見解で間違いない」
「……意志は別人でも、体は勇者レンのものだぞ?」
「そこだよ。精神……ここが、大きく関係している」
彼は断言し、なおも続ける。
「擬態魔法は、相手の精神に働きかけて誤認させる。それに利用するのが大気中の魔力なのだが……この世界で生まれた人間にとっては、赤ん坊の頃から慣れ親しんだ魔力だ。だから体も本能的に大丈夫だと認識し、露見されないようになっている……けれど、ここに例外があった」
そう言って彼は自分と、俺を指差した。
「私達のように異世界から渡って来た人間にとって、この大気中に存在する魔力を異物として認識してしまうというわけだ。体はこの世界の人間のものにも関わらずこういう結果となるのは、おそらく擬態魔法が精神面に働きかける魔法だからだろう。体は同じでも、精神が異なっている。だから、通用しない」
説明されてわかるような、わからないような。とはいえ、俺に魔法が通用しないというのは異世界の人間だから……というのは、理解できた。
そして内容から、俺以外の面々が擬態魔法に騙されないようにするのはかなり難しいのでは……そんな風に思うと同時に、さらにシュウが話す。
「さて、聞き足りないところもあるだろうけど、そろそろ終わりにしよう」
シュウが語る――向かい合うフロディア達は動かない。
唯一残った黒騎士が一歩近づく。また先ほどのような奇襲を仕掛けるのかと思い注視していると、その奥でシュウが俺に向けて言った。
「最後だ、レン君……聖剣を渡してくれ。拒否するのであれば、今度こそ決着をつけさせてもらう」