聖剣と英雄
漆黒の刃が眼前に迫る――けれどカインとジオが弾き、俺に刃が届くことは無い。
全ては俺の斬撃をシュウに入れるため――背筋にヒヤリとした感触と緊張がいっぺんに駆け抜け、それでいて応えるべく魔力を収束させた。
暖かな力……それが本当に通用するかどうかは俺を含めこの場にいる誰もわからない。けれどその可能性が万に一つあからこそ、今動いている。
「――行け!」
カインが叫ぶ。同時に彼は地面から出た漆黒の刃を防ぐと同時に、ほんの僅か横に移動。それにより彼とジオの間に隙間が生まれる。そこから、シュウに飛び込めということか――
理解した瞬間一気に駆けた。漆黒の刃は無く、真正面にシュウがいる。その顔は笑顔が消え、訝しげな視線でこちらを捉えていた。
カイン達を越えた時、間合いに入った。すると、シュウは腕をかざしこちらの攻撃を防ごうとする――
「ふっ!」
カインの援護が入り、剣戟が右腕に触れる。傷を負わせることはできなかったが、衝撃により僅かな隙を生じさせた。
「……そうか」
そこでシュウが声を上げた――瞬間、俺の剣が彼の体に入る。
右肩から腹部にかけて縦に振り下ろす。無我夢中であったため剣先からの感触を確かめる余裕もなく、傷を負わせられたかどうかわからない――
「変わった魔力の収束方法だな」
シュウが告げる――結果は、効いていない。
「だが、それで私に傷をつけることはできないようだ」
言葉の直後、カインとジオは俺を押し退けシュウと向かい合う。刹那、
「弾け」
左腕を差し向けたシュウの魔法が発動する。手の先から光が生まれ、散弾のような数えきれない光の粒子が俺達へ放たれた。
それを正面からカインとジオは受け、吹き飛ぶ。俺その二人に体が当たり、巻き込まれる形で後方にすっ飛んだ。
「勇者様!」
後方からリミナの声。けれど応じる余裕もなく、およそ元の立ち位置くらいまで飛ばされて、倒れ込んだ。
「ぐっ……!」
背中を打ち付け呻く。けれどどうにじゃ起き上がり周囲を見ると、片膝立ちとなるカインと、上体を起こし荒い呼吸をするジオが目に入った。
「さすがに……キツイですね」
「だな」
ジオの言葉にカインが頷く。見ると、ジオは鎧が大きく破壊され、カインの衣服に血が浮き出ていた。
「接近は上手くいったが、通用はしなかったようだ」
「ですね……」
ジオの言葉と同時にルルーナとマクロイドが退いてくる。両者も弾ききれなかった刃を受け、あちこちから出血していた。
「レン殿、無事か?」
ルルーナの確認。俺は小さく頷くとゆっくり立ち上がった。カインやジオが盾になったため、無傷。
「で、どうする? 効かなかったようだが……」
ルルーナがマクロイドへ向け問い掛ける。そこに、今度はノディが近寄った。
「ち、治療を!」
「大丈夫だ。まだ動ける……シュウを警戒していてくれ」
ルルーナは手で制すと、改めてマクロイドに口を開く。
「これで、私達はお役御免か?」
「どうだろうな。戦況次第じゃないか? もしフロディア達がやられたとしたら、無理してでも戦わないとまずいだろ?」
どこか軽口で語るマクロイドの奥で……距離を置いたフロディアが動いた。懐に手を突っ込み、何かを取り出す。
「ようやく、出す気か」
シュウがフロディアへ視線を移し、告げる。間違いなく、それは――
ストレージカードから中身が取り出される。それにより現れたのは、一本の長剣。刀身は白銀で柄や鍔なんかは非常にシンプルな構成。見た目は、ごくごく普通の長剣に見える。
「相変わらず、それが聖剣には見えないな」
苦笑しシュウは語る……が、目は強い光を放つ。
「真打登場というわけだが、私に奪われる可能性を覚悟してのことだな?」
シュウは問い掛けるが、フロディアは無視し剣をナーゲンへと渡す。受け取った彼は自身の剣を鞘に収め、聖剣を構えた。
そして、フロディアが言う。
「これで、決着をつける」
「そうか。私もそろそろ終わりにしたいと思っていたところだ……さっさと始めよう」
端的に告げたシュウは腕をかざし、
「――弾け」
先ほどと同様散弾のような魔法を炸裂させた。
「――防げ!」
対応するフロディアの魔法。それは青白い結界となり、シュウの魔法を完全に防ぎ切る。
そして結界が消えると同時にアクアとナーゲンが走り出す。すかさず漆黒の刃を地面から炸裂させるシュウ。だがそれを、アクアの拳が全て防いだ。
彼女を前衛として、決着をつける構え。俺はただひたすら事の推移を見守った。おそらくこれは、最終局面――
「……見事」
シュウはアクアの攻防を見て称賛の声を放つ。その間に、アクア達が接近する。
だが間合いに入る寸前、シュウの足元にそれまでとは比べ物にならない数の漆黒の刃が生まれ、花を咲かせた。その全てが近づこうとするアクア達に向けられ――射出される。
「――あああっ!」
刹那、アクアが叫ぶ。同時に全身の魔力を拳に収束させ、飛来する刃へ叩き込んだ。刹那、凄まじい衝撃波が生まれ、襲い掛かろうとした刃を一切合切消滅させた。
これは予想外だったのか、シュウが驚愕の顔を見せ、僅かな隙が生じた。それは、ナーゲンが懐に飛び込むには十分すぎる時間となり、
シュウへ彼が剣を放った。
息を呑む。これで決着がつくと半ば確信し、体に自然と力が入った。
直後、金属音めいた高い音が周囲に響く。ひどく乾ききったものであり、予想していた音とは異なっており――
「……さすが、と言いたい所だが」
シュウが告げる。冷静さを取り戻し――いや、驚いたフリをしていたのか。
剣は左肩に触れていたが、その身に入り込んではいない。さらには、シュウの左手が刃を握りしめている。
「予想の範疇であり、この時を待っていた」
勝利を確信するような声――ナーゲンは弾かれたように後方に退こうとした。しかしシュウは聖剣の刃を握り、離そうとしない。
そのまま奪い取るつもりか――!? ここに至り、俺はシュウが誘い込んだのだと理解する。そしてそれは自分に聖剣が通用しないと頭から理解していたはずであり、
「やああっ!」
アクアが二人の横から割って入り、聖剣を握るシュウの腕に蹴りを放った。
足と腕が激突したことによる重い音が生じる。それによりシュウは衝撃によって手を離し、
「――弾け」
右腕から、またも光の粒子を放った。今度こそナーゲン達は防ぐことができず、直撃した。けれど多少のけぞった程度で、吹き飛ばされるようなことはなく、
「今度こそ、もらうぞ」
シュウの右腕が聖剣へ伸びる。その時ナーゲンは全力で後退を始め、後方にいるフロディアが杖をかざしアクアが殿としてシュウの前に立ちはだかる。
「……ふむ、失敗か」
シュウが呟くのを耳にする。そんな相手にアクアは負傷してなお拳を向ける。
そしてまたも生じる漆黒の刃。アクアの拳とそれが衝突し、拳が押し返しシュウへと向かうが、
彼は、一切防御しなかった。
「弾け」
代わりに相打ち覚悟で魔法を発動。瞬間、今度こそアクアは攻撃に耐え切れず吹き飛び、フロディア達は後退を余儀なくされた。
「本来は、今の攻撃で奪えていたはずなんだが」
押し返したフロディア達を見て、シュウは自嘲的な笑みを浮かべる。
「まあいい。どちらにせよこれで戦える人材がフロディアとナーゲンだけになった。後は、じっくりと攻めればいい」
言いながらシュウは聖剣握るナーゲンに腕をかざす。彼の目は既にアクアを眼中としていない。それもそのはずで、先ほどの魔法により彼女のローブには血が浮き出ていた。