変化する形勢
シュウと入れ替わるように黒騎士は後退し――放たれたのは刺突。狙われた人物は、即座に回避に転じた。しかし、黒騎士と交戦していたためか僅かに動きが鈍り、手刀が左脇腹に触れた。
「ぐっ……!」
当該の人物が呻いた瞬間、俺は思わず声を上げる。
「マクロイド――!」
瞬間、攻撃を受けた――マクロイドは切り返し、距離を置く。見るとシュウの刺突が掠め、出血していた。
「直撃はしなかったか……さすがと言っておこう」
感嘆の声をシュウは発する。その間に、彼の背後から黒騎士が進み出てマクロイドへ襲い掛かる。
「ちっ!」
舌打ちしたマクロイドは剣を構え直したが、先ほどよりも明らかに動きが鈍い。かなり深刻。これは、まずい。
俺は咄嗟にフォローしようと足を踏み出した。けれど、決定的に間に合わない――
「光よ――!」
刹那、フロディアの声が響き渡る。それにより黒騎士の肩に光の槍が着弾し――マクロイドは、
「おおおおっ!」
吠えた。豪快に振りかぶると、大気を震わせる魔力を込め、全身全霊の一撃を放つ。
黒騎士は体勢を立て直すのに一歩遅れ、剣をその身に受けた。果たして――斬撃は見事胴体を両断し、黒騎士は光となる。
「土壇場に力を引き出すとは。さすが統一闘技大会の覇者だな」
シュウはなおも余裕を大いに含め語る……その間に、
ルルーナとカインが黒騎士を同時に滅し――シュウの背後から、斬り込んだ。
「二人とも――!」
アクアから声が飛ぶ。けれど二人はシュウへ渾身の一撃を見舞う。
「ルルーナとカインも素晴らしい。しかし」
語る間に両者の剣がシュウの肩に入った。けれど、
「己の力を過信している部分が、少しはあるようだな」
刃は通らない……俺が黒騎士に通用しなかったように、効いていない。
シュウは腕で二人の剣を押し退けると、振り返り両手に光を生み出す。それを見たルルーナとカインは即座に後退したが、
「弾けろ」
淡々としたシュウの魔法。それが、光のつぶてとなり二人へ降り注いだ。
「ぐっ!?」
ルルーナは呻き魔法をまともに受ける。カインも無言であるが同様で……両者は大きく吹き飛んだ。
そして着地はしたものの、衣服や鎧を押し退けたつぶてにより、体のあちこちから出血する。
「急所は避けたようだが、その怪我で全力戦闘は無理だろう? 攻撃も効かないことだし、おとなしく引き下がれ」
シュウは悠然とルルーナ達へ歩く。それに二人は横に跳び、陣地の端へと移動した。
「マクロイドを含め三人は退場だ……いや、四人だな」
言葉の瞬間、破裂音が。見ると、唯一残った黒騎士にジオが吹き飛ばされたところだった。
俺はその様子を、恐怖を抱きながら眺める。この場にいる面々は、間違いなく最精鋭だ。それを、シュウは軽くいなすように半分戦闘不能にした。
「さて、フロディア。残りはお前と、ナーゲンとアクア……三人だけでも、まだ戦うか?」
シュウは彼らに目を向け、悠然と問う。その間に残った黒騎士が近づき、彼の傍に控えるように立った。
「フロディア、おそらく把握しているはずだ……私の懐にある魔石の魔力は残り少ない」
「……ああ、そうだね」
頷くフロディアは、散らばっている戦士達に視線を送る。
「怪我をした者は、私達の背後に」
言うと、ナーゲンとアクアが前に進み出て、シュウと正面から対峙する。加えて逃れていたルルーナとカイン。そしてジオとマクロイドは、シュウへ警戒の視線を送りながら移動を開始した。
全員、命に別状はないようだ。けれど負傷し、戦うことはできるものの全力には程遠い……もうシュウと相対することはできない。
「おい、レン」
その中でマクロイドは、俺に近づくと名を呼んだ。
「俺と訓練した時こと、憶えているか?」
「え……?」
唐突な問い掛けに俺は目を白黒させる……その時シュウから声が発せられた。
「さて、残ったのは稀代の英雄二人と、伝説的な闘士……実力の程は私もよく理解している。油断する様な真似はしない。そして……」
と、シュウはフロディアに好戦的な眼差しを向けた。
「ここからは、本格的に私が相手をしよう」
フロディア達は黙し、何も語らない。ただひたすら、シュウを注視する。
「とはいえフロディア。ある程度理解できているはずだ……私を相手にする場合は、魔王そのものと相対するように応じなければならない」
彼は、どこか芝居がかった口調で続ける。
「ならばどうすれば良いか……簡単な話だ。魔王に傷をつけられる可能性のある武具を用い、私に対抗する」
「……実験だと言っておいて、まだ聖剣を奪う算段を立てているようだな」
フロディアは告げると、小さく肩をすくめた。
「私達を窮地に追い詰め、聖剣を使わせたいわけだな?」
「そうだな……まあ、こちらもフロディアの魂胆はわかっていた」
シュウもまた肩をすくめた。顔には、面倒だという心情が見え隠れする。
「ストレージカードに入れ、ナーゲンではなくフロディアが所持しているという時点で明確に察せられた。もし私と交戦し、万が一殺されてしまった場合……己が魔力を用いて、首都まで聖剣を転移させるよう処置を施しているいうわけだ」
シュウの言葉に、俺はフロディアを見た。今の、言葉の意味は――
「人は死ぬ寸前に、体に秘める魔力を放出します」
そこへ右からジオの声。見ると、腹部を抑えた彼の姿。
「その多量の魔力を利用し、純度の高い魔石や魔方陣を利用しなければ使えない転移魔法を自力で発動する……そうした処置を、フロディア殿は行っているのです」
なるほど……フロディアが聖剣をストレージカードとして肌身離さず持ち歩いているのは、そのためなのか。これならどう足掻いてもシュウは聖剣を手にできない。
「そんな転移魔法で聖剣を隠されてはたまらない……つまり、私は殺さないよう奪い取らなければならないわけだ」
「させない」
アクアが宣告し一歩前に出る。それに同調したナーゲンもまた、彼女に続き足を踏み出す。
「ここで、あなたを止める」
「できるものなら、な」
告げた瞬間、シュウの魔力が濃くなる……大気が、歪んでいると錯覚するほどに。
「……レン」
そこへ、再度マクロイドの声。首を向けると、
「さっきの話の続きだが、変わったやり方で魔力を収束させていたな?」
「え……?」
「ベルファトラスで俺と打ち合った時の話だ」
……それは、英雄アレスが夢で教えていたあの暖かな力だろうか。確かに試しに使ってみた。
「あ、ああ……」
「それを使って、シュウに一撃入れられると思わないか?」
――その力が、魔王に対抗するものだと彼は言いたいのか?
「いや、待ってくれ。それが魔王に対抗できるかなんて――」
「何の話だ?」
近づいてきたルルーナが問う。するとマクロイドが口の端に笑みを浮かべ、
「レンが魔王に対抗できる力を有しているという話だ」
「ちょ、っと……待ってくれ」
慌てて制止しようとした、その時、シュウの視線がこちらに向いているのに気付く。
それはほんの一瞬――加え、彼はすぐに興味を失くしたのか、フロディア達へ視線を戻した。
「……聞かせてもらおう」
ルルーナは興味を抱いたのかマクロイドに告げる。さらに近くにいたジオや、最後にやって来たカインまでも話を聞く構え。
けど、俺としては戸惑う他なく――その間に、アクアが戦いの口火を切った。