新たな交戦
調べ始めて五分程だろうか――入口を見極めたのは、リミナだった。
「ここです!」
俺達が通って来た隠し通路の正面にある場所で、彼女は叫んだ。俺達は一度目で会話をした後、通路へ入る。
断続的に振動は続く。道は下り坂となっており、ひたすら突き進む――次第に振動と、爆発音らしき音が耳に入る。
「戦っているみたいだな」
ギアが断じる。俺は無言のまま先陣を切るように歩き、広間に通じるらしい空間が見えた。
直後、爆発音がしかと聞こえる。まだ戦っている――
「ギア、一つ頼みがある」
そこで俺は剣を抜きつつ、彼に言った。
「どういう相手なのかわからないが……もし怪我人とか出て危なそうだったら、引き返して連絡取ってもらえないか? 介抱する人も必要だろうし」
「いいぜ」
ギアはあっさり了承。しかもなんだか安堵した顔。
「俺はいても戦力にならなそうだしな……」
「ギアって、戦闘的にはどうなの?」
「そりゃあ、他のギルドメンバーより強いという自負はあるが……あんなゴーレムなんて規格外だぞ。普通、ギルドで仕事している人間はあんなの対処できない」
それを倒せる俺は何なんだよ、と思ったが勇者だった。ギルドメンバーじゃなかった。
そうこうしている内に広間に辿り着く。先ほどと同じような奥行きのある直方体の部屋。だが壁に通路は見当たらず、正面に人がおり――
「……おい」
ギアが声を漏らす。傍らに立つリミナは険しい顔つきとなる。
先ほどまでの攻防のためか、僅かに土埃が待っている目の前の空間は紛れもなく戦場だった。敵は先ほど見たマジックゴーレムと同じ――だが、紫ではなく鮮やかなライトグリーン。
対峙するのは勇者グランド。しかし苦戦していると一目でわかる。彼に付き従っていた仲間は床に倒れ、共に行動していたと思われる白いローブを着た学者達も、倒れているか壁の隅で身を震わせていた。
「おい!」
俺は惨状を目の当たりにして、唯一立っているグランドへ声を掛けた。しかし、
「やあああっ!」
彼は突貫の声を上げ、仕掛ける。俺はリミナとアイコンタクトをして、彼へと駆け出す。
「ギア! さっき言った通りに!」
そして呼び掛け――後方から靴音。それを聞きながら真正面を見据える。
グランドが剣を放つ。対するマジックゴーレムは手刀を繰り出す。双方の攻撃が衝突すると、力負けしたグランドは吹き飛ばされた。
「ぐうっ!」
呻きつつ、彼は地面に尻餅をつく。だがすぐさま起き上がると――俺達が彼に下に到着した。
「大丈夫か!?」
呼び掛ける。グランドはこちらを一瞥すると、睨むような目つきと合わせ舌打ちをした。
「何の用だ?」
「何のって……助けに来たんだ」
「必要ない」
断じた直後、マジックゴーレムが動く。一歩で俺達へ近寄り、手刀を縦に振り下ろす。
「っ!」
俺は後方に跳んで回避する。一方のグランドは左に移動してかわす。
ゴーレムの攻撃は床石を打ち付け、轟音を撒き散らした。威力は十分。だが、先ほど戦った紫の奴よりは、圧迫感を抱かない。
「さっきのよりは、弱いみたいですね」
リミナも同じ感想のようで、そう呟くのを耳にした。けれどこれは至極当然だ。紫の奴が最後の関門で待ち構えていた以上、そちらの方が強いに決まっている。
「くそっ……!」
そこでグランドが毒づく。焦燥感を募らせた表情から、俺は彼の心情をなんとなく把握する。
こんな奴に後れを取るはずがない――胸の内はそう思っているに違いない。だからこそ仲間や学者が倒れ伏しても現実を受け入れられず、退却しようとしない。
「ああいう人が、一番厄介だな……リミナ、どうする?」
「倒れている方々は……魔力を察するに、全員気絶しているだけだと思います。ですが、あのまま放置していては、踏み潰される可能性も」
「だな……けど、大人数である以上安全な場所まで移動させるのも時間が掛かる」
「答えは、一つしかありませんね」
リミナの言葉――そして、俺達は全く同じタイミングで駆け出した。
「まずは氷で動きを止めてください」
「わかった」
走っている最中短い会話をこなし、俺は剣に力を入れる。瞬間、マジックゴーレムの頭部がこちらへ傾く。
「おい……!」
グランドの声が聞こえた。しかし、無視して剣を振った。剣先から冷気が発し、氷柱がゴーレムの真正面に生じる――それは巨体を包み、一瞬で氷漬けにする。
「リミナ!」
呼び掛ける。リミナは詠唱を始めており――少しして杖を振りかざした。
「天使よ! 邪悪なる門を閉じよ!」
そして発動したのは、白色の結界。俺達とマジックゴーレムを円形に包み始める。もちろんグランドも、対象外。
「倒れている人達が巻き添えにならないよう、壁を作ります」
解説に俺は小さく頷いた。
「ですが勇者様……飛龍の剣は結界を破壊してしまう恐れがあります……なので、氷の力を使ってください」
「どうすれば?」
「氷系の技として……地面に氷を伝わせ、相手を凍らせ砕く技があります……見た目は翼を生やした天使のようだったので……それをイメージして頂ければ、使えるかと」
「わかった」
俺は答えると魔力を閉じる。飛龍を生み出した時のように呼吸を整え、じっと佇む。
その最中氷が軋み始めた。さらにヒビが入り始めた時、俺はゆっくりと剣を掲げる。
地面に氷を伝わせ相手を凍らせる――想像した時、ふいに目を瞑った。まぶたの裏で導火線の様な氷がマジックゴーレムに迫り、それが体に触れた瞬間、螺旋状に氷がせり上がりゴーレムを飲み込む姿が思い浮かんだ。
飛龍の時とは違い、明確なイメージができる――これはもしかすると、勇者レンが体に刻み付けた結果かもしれない。こうやって冷静になれば、今のように明確なイメージが湧き上がるのかもしれない。
ゆっくりと目を開ける。マジックゴーレムを包む氷全体にヒビが入っていた。けれど、俺は慌てない。一度深呼吸をした後――一気に魔力を解放する。
「――ああああっ!」
絶叫と共に、剣を振り下ろす。石床に強く打ちつけた瞬間、導火線の様な氷が地面を走り始め――それが氷の牢獄から脱出寸前のマジックゴーレムに触れた。
直後、轟音が生まれた。破壊されそうになった氷の上をさらなる氷が螺旋状にせり上がる。それがマジックゴーレムの頭部まで包んだ時、氷を壊す破砕音が聞こえ始めた。
「氷漬けにした後、無数の刃が内側に生み出されて切り刻んでいく技だと、勇者様は語っていました」
リミナが解説する。俺は剣を下ろした体勢のまま事の推移を見守っていると、突如氷から刃のように鋭い切っ先が六つ姿を現した。
見様によっては、マジックゴーレムを抱き包む六枚羽の天使――刹那、氷が突如砕け始め、マジックゴーレムごと光となって消失していく。
「これで、終わりですね」
リミナが言った。俺は息をつき、剣を鞘に収めた。
さらに結界が解かれる。外には倒れる人達と、呆然と立ち尽くすグランドの姿。
「……ひとまず、終わったよ」
グランドへ言う。彼は俺を凝視し、無言を貫く。こちらもそれ以上語れず、ただ見返すしかなかった。
――沈黙は長い間生じ、ギアが応援を呼んで駆けつけてくるまで続いた。けれど勇者の視線は、倒れる人達を介抱する光景を眺めている最中もずっとあった。