英雄対魔族
仕掛けたミーシャは両腕を硬化させ、挨拶代りの刺突を放つ。対するフロディアはそれを杖で受け流した。なおかつ前進し、杖の先端を彼女へ向けようとする。
するとミーシャは魔法が来ると判断したようで、大きく飛び退いた。
英雄相手であるためか、ずいぶん警戒している――考える間に、フロディアはアクアへ顔を向け……彼女が頷く。何か指示されたようだ。
そしてアクアはフロディア達と距離を置きつつ、こちらへ向かう。戻るよう言われたらしい。
刹那、今度はミーシャの気配が膨らんだ。瘴気を発している。対するフロディアは杖を構え直しただけで、注視を続ける。
ここからどう動くのか……二人の動向を窺っていると、またもミーシャから仕掛けた。けれど今度は手刀ではない。彼女の身を包むように闇が生じ――右腕が、大人一人を超える長さの剣に変化し、振り下ろした。
フロディアは彼女の攻撃を、身を捻ることで避ける。同時に杖を差し向け、その先端が淡く発光する。
「――光よ!」
朗々とした声とともに放たれたのは白き光弾。それは一直線上にミーシャへと向かい――彼女は、剣をかざし防御した。
瞬間、光弾と剣とが衝突。ドウッ――という音と共に光が四散し、ミーシャを吹き飛ばした。
大したことのない魔法に見えたが……英雄ともなると、簡単な魔法でさえあれほど威力が出せるということなのだろう。
ミーシャは光弾を受けると、空中で回転し地面に着地。距離は十メートル前後といったところ――そこまで確認した時、アクアが陣地近くに到達する。
「……不安?」
彼女は俺の顔つきを見て、質問する。こちらは黙しどう応えようと思案し始めたが、
「心配いらないわ」
端的なアクアの言葉――それと同時に、またもミーシャから魔力が発せられた。
闇が、彼女の体を大きく取り巻き始める。そうして全身が取り込まれたかと思うと闇は急速に膨張し、フロディアと比べ倍の高さを持つ人型の闇が生まれた。
あれが、ミーシャの本気なのだろうか――思っていると、巨体がフロディアへ突撃を開始した。同時に闇がさらに膨張し、フロディアを飲み込もうと津波のように押し寄せる。
一飲みにして片を付けるつもりなのか……対するフロディアは動かない。そればかりか、杖をかざし真っ向から対峙したまま。
そして――杖の先端からまたも白光が生じる。けれど先ほどと違い、ミーシャはおろかフロディア達のいる周囲を完全に覆い――
爆発音がこだました。
「っ!」
呻き凝視した次の瞬間、漆黒の巨体が吹き飛ばされる光景。さらに闇が一気に剥がれ落ち、ミーシャは身一つで地面に倒れ込んだ。
それを見たフロディアは――とどめを刺さず、杖を肩で担ぎ悠然とこちらへ歩き出す。
「……さすが、ですね」
横からリミナの声。戦いを俺と同様見ていたらしい。
「けれど、なぜとどめを刺さないのでしょうか」
「彼女に取り巻いている魔力の一つに、怪しいのがあったからだと思うわ」
アクアの発言。それに俺は眉をひそめ、問い掛ける。
「怪しい、とは?」
「微細ながら、シュウの魔力を感じることができたのよ。彼女を倒そうとした時、何か罠が炸裂して攻撃されるのではないか、とフロディアは考えたのだと思う」
罠――俺は一度シュウへ視線を移す。彼は微動だにせず、ナーゲンを始めとする一行の烈気をその身に受け続けている。加え、騎士達の退避が完了したようで、ジオもまた戦線に加わり、ノディが俺達の近くで待機していた。
「相変わらず慎重だな、フロディアは」
一連の光景を見ていたのか、シュウが口を開く。
「私がミーシャに対しどのような魔法をかけたかは、想像がつくはずだが……それでも警戒したのは、私との戦いに備えて、といったところか?」
語った直後、シュウが顔を歪ませた――いや、それはきっと笑みを浮かべたのだと思う。けれど俺はそう認識できず、さらに剣を握る右腕に力が入る。
その時、後方から足音。見ると、ミーシャを倒したフロディアが陣地へ足を踏み入れようとしている所だった。
「……シュウ、舐められたものだ」
フロディアはシュウを見据え、杖を大剣のように素振りして、語る。
「君にとって、私は――」
そこまで告げた時、ミーシャが倒れた場所にいないことに気付く。刹那、瘴気と思しき気配が周囲を圧した。
「くっ……!?」
唐突な変化により呻、ミーシャがフロディアの背後へ迫ろうとする光景を目に映す。こちらが声を発する間もなく、彼女は全てを凝縮した右腕を振り下ろす。
大剣なんて表現するにはあまりにも不定な、漆黒の塊。並みの戦士であれば見ただけで動けなくなる程の強い気配を放ったそれを――フロディアは、振り向くと同時に杖をかざし対応する。
「――風よ」
一言の後、疾風がミーシャに直撃する。それは正確に彼女を捉え、押し戻す。
「シュウ、目が曇っているのか?」
そしてフロディアはシュウへと語る。戦っているミーシャを眼中にしないような態度。
「私が、彼女に負ける程腕が鈍っていると?」
告げて、杖に魔力を収束させた。今までとは比べ物にならない程大きな魔力。それを、吹き飛び体勢を立て直したミーシャへ振った。
「裁け――地神の剣!」
端的な言葉と共に、ミーシャの立っていた場所が突如白い光に包まれる。そして瞬きをする時間の後、光が収束し、
ゴアッ――地面から噴き上がるように光が、天へと昇った。それは言わば巨大な光の柱。轟音と共に生じるそれは、彼の言葉通りミーシャを裁くべく放たれた地神の剣に見えた。
魔法により、ミーシャが無事では済まないというのはわかりきっていた。発動が終わった後、おそらく消滅しているか、あるいは――
「そんなことは、思っていないさ」
ふいに、シュウが発言する。
「実際、ミーシャに施した魔法は転移……ミーシャ自身に大きな危機が迫った時、発動するようにしてある」
「ならば、これで彼女は退場だな」
フロディアが宣言。同時に魔力が収まり始め、光が消える。ミーシャが立っていた場所に視線を送ると、跡形もなく消え失せていた。
「仕留められなかったのは心残りだが……シュウ、君さえ倒してしまえば問題ない」
「そうかも、しれないな」
含みのある言い方をして、彼は両手を左右に広げる。途端に、周囲にいる英雄や戦士の烈気が増幅する。
「こちらの軍勢は、ミーシャを始め英雄と戦うには力が足りないことが改めてわかった。今後の、検討課題だな」
「検討なんかしなくていいぜ。お前は、ここでブッ飛ばされるんだからな」
マクロイドが語気を荒げ宣告。それに、シュウは肩をすくめ応じる。
「そうならないよう、頑張らないといけないな」
語り――彼は、両手で指をパチンと鳴らした。
「無論これで終わりだとは、思っていないだろ? もう一つ手があるから、それを是非堪能してもらいたい」
語る間に、明かりによって生じたシュウの影が、突如蠢き始めた。
「君達は確かに強い……この場にいる面々なら、高位の魔族が来ても一蹴できるだろう。実際、ここまでミーシャが生み出した手勢を君達は全て押し退けた……高位魔族との戦いであれば、この時点で終わっていただろう。けれど、今回は私が相手」
「何が言いたいんだ?」
若干の苛立ちを伴いルルーナが問う。対するシュウは、俺がきちんと認識できるような笑みを浮かべた。
「私は、魔族や魔王の力すら利用できる……単なる魔族との違いを、今からお見せしよう」
告げた直後、影が垂直に伸び、シュウの立つ周囲に拡散する。そしてそれらは形を成し――悪魔が、出現した。