前哨戦
「――明かりよ」
シュウが魔力を生じさせる中、フロディアが明かりの魔法を使用。
彼は杖を軽く振り、それを陣地上へと放り投げた。光はかなり大きく、陣地内をしっかりと照らす。
「ジオ、悪いが騎士を避難させてほしい」
その後、ジオへ指示を出す。この場は彼が仕切るようだ。
「現状、シュウは私達以外に眼中はないようだ。ひとまず陣地を離れれば、襲っては来ないだろう」
「そんな戦力も、もうないからな」
シュウが横槍を入れる。なおかつ魔力を維持したまま、俺達へ怪しく笑んだ。
「土地の魔力から偽のドラゴンを生み出していたが、さすがにそれも限界があるわけだ。種明かしをするとあれもまた開発途中の魔法でね。魔力を長時間収束させないと生み出せないというわけだ。フロディア達がこちらのルートを使うのは読めていたので、先んじて仕掛けておいたのだが……」
「ずいぶんと余裕だな、ペラペラと話すとは」
ルルーナが剣の切っ先を彼に向けながら言う。
「どういう風の吹き回しだ?」
「言っただろう? 実験だと。この幻影の力を確認するためには、是非とも君達に全力を出してもらいたくてね。騎士が襲われないとわかれば、こちらに集中できるだろ?」
「反吐が出るな」
ルルーナは吐き捨てるように告げ、不審の目を送る。他に理由があるのかもしれない――そう彼女は、考えている様子。
「ルルーナ、カイン……そしてナーゲンとマクロイド」
その間に、フロディアがさらに言う。
「四人はシュウを見張り、この状況を維持してくれ」
「維持? フロディアはどうするつもりだい?」
シュウに視線を向けながらナーゲンが問う。
「私は……アクアと共に、背後のゴーレムを倒す」
俺は彼らに視線を送る――瞬間、炸裂音が生じた。アクアが地面を蹴り上げて衝撃波を生み出し、囲うように設置された天幕の一つを吹っ飛ばした。その奥にはゆっくりと歩みを進めるゴーレムと、足元に人影が一つ。気配を探ると、ミーシャであるとわかった。
「前哨戦だな」
シュウが軽口を叩くように呟く。途端ルルーナやカインが一歩間合いを詰めた。
「――全員、退避!」
そこへジオの指示。すぐさま他の騎士達は移動を開始し、各々が陣地を出るべく動き始める。
「ジオさん、私は――」
「ノディさんは、ここに残ってください」
ノディが口を開きかけた時、フロディアから指示が行われる。
「そしてレン君、リミナさん……お二方も待機を」
――なぜそうした指示をしたのか、俺にはわからなかった。戦力的な観点から言えば、間違いなく足手まといのはずなのだが。
けれど、理由を訊く余裕はなかった。ゴーレムが俺達を踏みつぶそうと近づいてくる。
「フロディア、私が先行する」
アクアが歩き出す。天幕を吹き飛ばしたことによりできた空間を抜け、陣地の外へ。やや遅れてフロディアも進む……シュウのことは気になったが、俺は二人から目を離せなくなった。
「さすがのミーシャも、英雄と現世代最強と謳われた闘士が相手では、分が悪いかな?」
シュウの傍観者的な物言いが耳に入った――直後、アクアが駆け、ゴーレムへ一気に接近する。
すぐさま人影――ミーシャが動いた。同時に緩慢な動きではあったがゴーレムが右腕を振り上げ、振り下ろそうという気配を見せる。
アクアの能力を考えれば、その一撃が当たるはずはない、と思う。だがゴーレムはそのまま彼女目掛け手刀を放った。
瞬間、俺は指先に魔力が凝縮しているのを感じ取る。もし地面に着弾すれば、それが衝撃波となって周囲に拡散するかもしれない……アクアやフロディアは無事だとしても、その余波で退く騎士や、こちらにも被害が及ぶ可能性だってある。
対するアクアは、俺と同じように思ったらしく……手刀を真正面から受けるべく立ち止まり、右手をかざし掌底を放った。
ゴーレムの攻撃を弾くのだろう――先ほど竜を吹き飛ばした一撃を見れば、相殺くらいは可能かも……そんな風に思った瞬間、
双方の拳が衝突する――結果、轟音と共にゴーレムの右腕……肘から先が消失した。
「え……?」
びっくりしている間に、アクアは跳んだ。目標はゴーレムの腹部。そこへ、掌底を叩き込むつもりのようだ。
彼女に対し次に動いたのはミーシャ。攻撃されまいと右腕を振り、突如地面から漆黒の刃を生み出し――
それを、フロディアが杖をかざし止めた。
「あなたの相手は私だ」
彼が高らかに宣言するのを聞いた直後、ミーシャの動きが止まり、なおかつアクアの掌底がゴーレムに直撃した。
もしかすると、体に大穴が……予想をした直後、腹部に亀裂が入り、大きく穴が空いた。さすが――と思った所で、さらにゴーレムが傾いた。
いや、違う……掌底により、ゴーレムが吹き飛んだ。
俺は声もなく目を見開く。あれだけの質量のものを掌底一発で――
「さすが、最強の闘士だ」
シュウが、感嘆の声を発した。
「引退して、腕が落ちたのではないかと思っていたのだが……まだまだ現役だな」
「いいのか? そんな余裕で」
ルルーナの声。目を移すと、さらに一歩近づいていた。
彼女にシュウは肩をすくめ、同時に後方から爆発でもしたような轟音と共に、地面が振動した。
振り返ると、ゴーレムが横倒しになっている姿。そして、アクアが追撃を入れるべくさらに駆ける姿が見えた。どうするのか事の推移を見守っていると、アクアは先ほど以上に跳躍し、右足を天に向ける。
かかと落とし――理解する間に彼女の右足がごゴーレムへと炸裂した。刹那、爆音と共に先ほど以上に地面が振動し、ゴーレムを中心として魔力による白い衝撃波が発声。彼女達の姿が見えなくなる。加え、攻撃による突風がこちらを襲い、陣地に残っていた天幕を大きく揺らした。
「単なる体術がこれほどの威力とは、アクア殿の力には感服する他ないな」
シュウの言葉。俺はそちらに視線を向けようか迷ったが、衝撃波が収まり彼女の姿が見えたため、注視する。
ゴーレムはいなくなっていた。あの一撃によって跡形もなく消し飛ばしたらしい。残るはミーシャ。彼女はフロディアと対峙し、微動だにしていない。
「フロディア対ミーシャか。さすがに、勝つのは難しそうだな」
なおも続くシュウの発言。余裕を大いに含んだ声音であったため、俺としては何か策があるのかと、勘ぐってしまう。
いや、待った……彼はこの戦いを実験と称していた。となるとミーシャの能力を確かめようとするのが、目的ということなのだろうか? とはいえ、この戦いで場合によっては彼女自身の命も危うくなりそうだが――
「良いのか? あいつを放置しておいて」
カインの声。今度こそ振り向くと、俺から見てシュウの右側を陣取り、剣を構えている。
「実験などと称し戦わせるのはいいが、フロディアと戦えば滅されるかもしれないぞ」
彼は俺と同じ見解。しかし、シュウは首を左右に振った。
「心配はしていない。ああ見えてミーシャは高位魔族だからな」
それが答えとでもいうのか――再度振り返る。フロディアとミーシャは動かない。その間にゴーレムを倒したアクアがゆっくりと二人へ歩み寄る。
二対一という状況……それに彼女はどう迎え撃つのか。俺はフロディア達へ視線を送り続ける……その時、
先に動いたのは、ミーシャだった。