彼が動く目的
見回した時、彼の姿はなかった……俺が来るとわかり、隠れていたのだろうとすぐに察せられた。
見た目は、髪や瞳の色を含め全てが黒――けれどローブ姿ではなかった。体にフィットする様な、戦闘服。ただし武器の類は持っておらず、手ぶら。
――もし、あの中にシュウが擬態魔法を使って潜入しているとしたら――ルルーナの言葉を心の中で思い出し、彼と視線をかわす。
「どうしました?」
シュウが敬語で、騎士のふりをしつつ問い掛ける。彼は、こちらが気付いていないなどと馬鹿な想像はしていないだろう。おそらく、俺の反応を面白おかしく見ているのだ。
その間に、リミナは俺とシュウの顔を交互に見比べ――察したのか、槍を構えようとした。
「二人とも、少し話さないか?」
その時、機先を制しシュウが俺達へ尋ねた。
「もしよければ、色々と質問に答えよう。天幕に案内する。こちらも、訊きたいことがあるしね」
……正直、彼と対峙すること自体、リスクが高いのではと思った。けれど、今回の戦いの事情に強い興味を抱いたのも事実。
いや、待った。シュウが、本当のことを言うかどうかなんてわからない。
「交渉が決裂したなら、ここで戦闘に入るけれど」
――今、俺達が立っている場所は陣地の入口付近。周囲には動き回る騎士がいる。
こんな状況で戦いが始まれば、犠牲者の出る可能性が高い。
「……場所を移しましょう」
「構わないよ。端の天幕でいいだろ?」
こちらの意図を察し、シュウは提案。俺が小さく頷くと、彼は歩き出した。
「適当に雑談をしているフリをしてくれ。ここで怪しまれると話をする前に戦いになってしまうからね」
涼やかに俺へと話すシュウ。それがひどく不気味ではあるが、こちらは黙ったまま彼に追随する。
その中でふと、リミナに視線を向けた。彼女は不安な表情を浮かべ……こちらと目が合い、覚悟を決めたのか槍を握り締め、小さく頷いた。
そこから程なくして目的の天幕に辿り着く。入口とは遠く、なおかつ周囲に人がいない場所。シュウは迷わず天幕に入り、俺達もそれに続いた。
中は無人かつ、毛布など多少の荷物が端に固めておかれている程度。
「さて、もういいかな」
シュウは呟くと、俺達に体を向け――次の瞬間、リミナが短く呻いた。魔法を解除したようだ。
「ミーシャから報告を聞いた時、やれやれと思ったよ。情報では、君は来ないはずだったからね」
「それは、悪かったですね」
「おかげで当初のプランはご破算だ。ま、割り切るしかないけど、ここまでダメージを与えられないとなると……少し、考えないといけないかな」
俺に話しているのか、それとも呟いているのかわからないため沈黙。そこで、シュウはにっこりとした。
「さて、再会したことを喜ぼうなんて雰囲気でもないし、さっさと始めようか。訊きたいことはある?」
問われ、俺は僅かに思案する。質問したいことは掃いて捨てるほどある。けれど、今ここで何より重要なことは――
「ここで、決着をつけるつもりか?」
明確な答えが出るとは到底思えなかったが、俺は剣の柄に手を掛けながら訊いた。
「好戦的だね、君も」
対するシュウは俺の態度に動揺一つ見せず、肩をすくめる。
「ま、仕方ない話か……私は、敵なわけだし」
「それに、ルルーナさんが言っていたよ。もしあんたが擬態魔法を使ってここにいるとしたら……最悪の展開だと」
限りない警戒を込め告げる。横にいるリミナもまた槍を向け、鋭い視線を彼へと投げかけている。
「最悪の展開……そうか」
反面、シュウは口元に手を当て俺の言葉を吟味し始めた。
「なるほど、ルルーナは私の意図を察したのだろう」
「意図、だと?」
「ああ。私の目的は聖剣奪取ではなく、単なる実験だと推測したわけだ」
実験――俺は意味がわからず不審な目でシュウを見据える。
「そしてその答えは……無論、聖剣を奪い取るということも目的の一つに入ってはいたが、実験の方がメインだと思ってもらえればいいさ」
「悪魔や偽のドラゴンの力を試すことが、目的だったと?」
槍の切っ先を僅かに近づけ、リミナが問う。シュウは彼女を見返すと小さく「ああ」と答える。
「その中で聖剣を奪い取ることができれば一番だったわけだが……この辺りは、君達がいようがいまいが関係なかったかもしれないな。警護当初はこちらの優勢だったが、すぐに立て直したフロディア達の攻勢により、失敗に終わった……いや」
と、シュウは首を左右に振る。
「そもそも、この聖剣警護自体が私を倒すための策略だった、と見ることもできる」
「何?」
俺は訝しげな視線を送りつつ聞き返す。
「策略?」
「フロディア達も、聖剣警護だけが目的というわけではないということさ」
両手を広げ語るシュウ。その姿は、現状をどこか楽しんでいるように思えた。
「ルファイズ側は、私に協力する人間がどこにいるかわからない以上、密かに聖剣を移送しても見つけられる可能性がある……と判断し、二の足を踏んだのだろう。だからこそフロディアを始め英雄や戦士を呼び、少々のことではビクともしない布陣を敷いた。その策は見事功を奏し、私の手勢は損害を多少与えるに留まっている」
そう言って、彼は小さく笑う。顔には「そうでなくては」という気配が滲み出ていた。
「加え、私が来た場合返り討ちにする目論見があったのだろう。だからこそのフロディアやナーゲン、そして現世代の戦士だ。戦力を分析した段階で、私は聖剣奪取については半ばあきらめていたよ。どれだけ軍勢をつぎ込んだとしても、所持しているのがフロディアでは、奪うのは難しい」
「だが、あなたは来ましたね」
リミナが言う。シュウは頷き、目的を口にする。
「だからこその実験だ……今回戦ったルファイズの騎士団。悪魔や偽物の竜でどれだけ戦えるかを試したかった……結果は、上々だった」
「何を、するつもりだ?」
俺は限りない警戒を込め尋ねる。
「そこが、ルルーナの至った結論だろう」
シュウは腕を下ろし、俺と視線を重ねる。
「おそらく彼女はこう考えたはずだ……もし実験と称して活動しているなら、私が魔王のように人間達に戦いを挑むのではないか、と」
告げられた瞬間、俺は絶句する。この人は、何を――
「なぜ、そんなことをする?」
「ああ、言っておくが因果関係が逆だ」
「何?」
「私達はとある目的のために活動している。その結果、場合によっては君達人間に戦いを挑む可能性がある」
恐ろしい内容、としか言いようが無かった。英雄が、人々に牙を剥く――
「その目的とは?」
リミナが一歩前に出て、問う。シュウは俺から彼女に目を移すと、優しく答えた。
「悪いがそれは話せない……というより、話す資格がない」
「資格が、ない?」
「ああ、なぜなら――」
彼は一拍置いて、俺達へ告げた。
「この計画を主導しているのは、私ではなくてラキだから」
――またも、言葉を失った。シュウではなく、ラキ?
「以前、私は彼らの目的に賛同し活動していると言ったはず。それが、ラキの目的というわけだ」
なぜ……魔に魅入られたシュウが、なぜラキの計画に乗っかるのか。
「魔王復活のために、ということですか?」
リミナがさらに質問を重ねる。魔王――俺はただじっとシュウを見続け、
「そうかも、しれないな」
否定をせず、含みを持たせた答えに――ただ、背筋を凍らせるしかなかった。