現る漆黒
ノディと合流してから、一路山を下り始める。馬の姿はもう見えず、逃げてしまったのは間違いない。
「あははは……」
乾いた笑い声を上げるノディ。まあ起こってしまったことは仕方ないので、俺は何も言わずひたすら進む。
その間も、間断なく獣の叫びが聞こえてくる。それに紛れ爆音なんかも聞こえるため、誰かが戦っているのだとわかった。
「一体何が現れたんでしょうか……」
リミナは音を気にしつつ口にする。少なくとも今まで出現した悪魔とは違う……と、思う。
「敵は決めにかかっているのかもしれないね」
続いてノディの言葉。彼女は左右に広がる森を注視しつつ語る。
「敵は今回、誰が聖剣を守っているかくらいは把握しているのは間違いないし、だからこそこちらを混乱させるような戦い方をしている。で、続いてこの雄叫び。敵さんは聖剣を奪いに来ていると考えてもいい」
「でも相手はフロディアさんやアクアさんだろ? 単純にモンスターをけしかけても奪うのは難しいと考えるはずだ」
俺が意見すると、ノディは「確かに」と頷き、続ける。
「でもさ、モンスターを活用する手はある」
「というと?」
「モンスターと英雄フロディアが交戦を開始。そこに裏切者が加われば、混乱に乗じて聖剣を奪える可能性も高くなる」
確かにそうだ。まあどういう形であれ、今までの悪魔よりは強いはず――そう考えていると、またも咆哮。
けれど、今度は複数。しかも、その一つは――
「後方?」
リミナが気付いて振り返る。言う通り、背後からも聞こえた。
「……ルルーナさんの指示で下りて来たけど、一度戻った方がいいか?」
立ち止まり、騎士団のことが気に掛かって言及してみるが……ノディは、首を振った。
「騎士団は騎士団でどうにかするって」
「でも怪我人とか……」
「ゼノン辺りは無事だった?」
「え? あ、ああ。まあ……」
「なら大丈夫でしょ」
楽観的に彼女は言う……不安は消えなかったが、彼女自身戻る気は無いと判断し、俺は同調するべく足を前に出そうとした――その時、
背後から、ドン、というひどく重い音が響いた。
「ん?」
反射的に振り返る。爆発音ではなかったのだが――考える間に地響きと共に轟音が遠くから聞こえた。
「跳んで、着地したんじゃない?」
ノディが言う。うん、それなら音の原因としては筋が通る。
「……急ごう」
俺は嫌な予感がして二人へ指示する。だが直後にまたも重い音。跳んだらしい。
「待って」
そこでノディが告げた。声色が変わり、警戒に満ちている。視線は前を向く俺の背後を見据え、こちらもなんとなく振り返る。
刹那、闇夜の中で動くものを発見した。その物体はこちらに近づいており、接近するにつれそれがずいぶんと大きなものであるとわかり、
「……おい」
呟いた直後――漆黒が、眼前に飛来した。土砂を巻き上げ、腹を打つような音が耳に入る。
同時につんざくような雄叫び。全員戦闘態勢に入り、俺は半ば本能的に魔力を刀身に注いだ。
「音の原因はこれみたいだね」
ノディは目の前に現れた漆黒に目を移しながら呟く。俺やリミナもそれを見上げ――真紅の瞳と目が合った気がした。
おそらく、これは魔力で形作られたモンスターの類だろう。けれど威圧感は相当なもので、本物と出会ったようなプレッシャーを受ける。
――目の前に現れたのは、漆黒の竜。東洋竜のように胴長ではなく、西洋竜のような四肢を持ち、人間のような体躯と翼を持った、畏怖を与える存在。それが二本の足で立ち、俺達に視線を送っている。
身長は、少なくとも俺の三倍以上。周囲の木々を超える高さ加え、翼を入れれば道を覆う横幅。かといって体は太いというよりはスリムで、非常に素早そうに見える。加えて両前足には鋭い爪。あれが攻撃手段の一つだと察することができた。
そして竜は、首を俺達へ向け唸り声を上げ――
オオオオオオオオッ!
威嚇するように叫ぶと、突撃を仕掛ける――巨躯から考えると、恐ろしく速い。
「くっ!」
俺はすかさず後退し距離を取ろうとした。しかし竜は俺に追いすがり爪を振り下ろす。まともに食らえば、五体がバラバラにされそうな一撃。
「勇者様!」
リミナの声が飛ぶ。彼女は横手に移動し難を逃れていた。俺もさらに魔力を集め逃げようとしたが、一歩の移動距離が違いすぎて高速で移動しても追いつかれてしまう。
避けられない――判断と同時に、爪が俺に振り下ろされる。こちらは反射的に氷の盾を形成。さらにありったけの魔力を剣に込め、双方をクロスさせて防御した。
瞬間、爪が盾に激突。そして体が宙に浮く。とりあえず怪我はないが――後方にすっ飛ばされた。
「うおっ――!」
俺は声を上げながら空中で一回転し、着地。けれど反動で止まれず、足でブレーキをかける。土埃が周囲に舞い、なおかつ地面にくっきりと跡をつけつつ……二十メートル程して、ようやく止まった。
竜は追ってこない。既に俺から視線を逸らし、周囲を警戒している。
立ち位置としては、俺が真正面。そしてリミナとノディが竜の背後にいた。挟撃するような形となったが、あの巨体ならば問答無用で位置を変えることはできるので、ほとんど意味はないだろう。
俺はどう対応するべきか思案し――動き出す前に、ノディが走った。
竜はそれに反応。首をゆるりと向けると、大きく息を吸い込むような所作を見せる――まさか、
考えた矢先、口から炎が生じた。
「っ!」
ノディはそれを見ながらどうにか体を捻り、避けた。そしてなおも竜へと走りこみ――
「はああっ!」
声とともに剣を一閃。刃が入ったのは竜の右後足。剣は深く入り込み、ノディはすり抜けるようにして、豪快に薙いだ。
直後、雄叫びが上がる。彼女の剣戟はしかと足を両断。竜が大きく体勢を崩す。
「よし――!」
ノディが呟いた時、俺は動いた。対する竜はこちらの動きに気付いたか、声を押し殺し右前足の爪をかざし、俺に差し向けた。
直撃すれば叩き潰されてしまうだろう――けれど俺はそれを目で追いながら横にかわした。巨体そのものが動かなければ、容易に避けることができる。
加えて剣に魔力を込め、かざされた前足へと剣戟を見舞い――先端部分を両断した。
またも叫びが生じる。これで後は頭でも吹き飛ばせば終わるだろう――そう思いつつ、追撃を加えるべく魔力を刀身に集中させようとした。
だがそこで、気付いた。ノディが両断した右後足が――元に戻っている。
「――っ!?」
俺は瞠目。そして次の瞬間、俺が斬り飛ばした部分に魔力が集まり始めた。
何を――考える間にその魔力が形を成し、足が元通りとなる。
「再生……した?」
これはさすがに予想外――思いながら我に返ると、一度後退し頭の中で情報を整理する。魔力を収束させ再生しているようなので、その根を断てば倒せるはず。
「――炎よ!」
そこへ、今度はリミナの魔法。赤い光が生じたかと思うと、炎の槍が竜の胸部を貫いた。
もし魔力を供給するのが人間でいう心臓部だったなら――そういう推測をリミナは抱いたのだろう。けれど、ぽっかりと穴が空いた竜の胸部に魔力が生じる。外れだ。
なら、考えられるとすれば頭部だろう――断じ、俺は剣に魔力を集めた。
使用するのは飛龍を象った雷撃。氷の盾で攻撃を防げたことや、リミナの魔法が通用していることから目の前の竜は壁を超えてはいない……雷撃や氷の魔法で壁を超えることができていないのだが、目の前の存在には通用するはず。
「――おおっ!」
声と共に、俺は剣を掲げる。すると呼応するかのように竜が動き始め、再度俺へ突撃を敢行した。