遭遇と異変
学者達は、全員が青いローブ姿――つまり、アーガスト王国の面々だ。俺は内心ほっとした。ここでクルシェイド王国の学者が現れたら、話がこじれる気がしたのだ。
「あなた方は……」
目を見張り、先頭に立つ人物が声を上げる。髪は黒いが見た所顔にいくつも皺がある……おそらく教授に属する人物だろう。
「近道を見つけたので、ここまで探索を」
俺が答えると、彼はこちらを上から下にじっと眺めた。
「ギルド関係者……ですか?」
「ええ、まあ」
名前を言うと大騒ぎされるかもしれないので、濁して答えた。
勇者レンの事情はわからないが、変に目立つのは避けるべきだろう――先ほどの男性を頭に浮かべつつ、俺は思った。
「そうですか。ご協力感謝します」
男性は一礼する。俺は「お気遣いなく」と答えた後、先ほどまでいた一室を指差した。
「あちらがおそらくゴールです。俺達にとっては価値の無い物ばかりなので、これで失礼させて頂きます」
「わかりました……ありがとうございます」
彼は再度礼を示した後、後方にいる学者達を伴い部屋へ向かって行こうとする。
「あ、ちょっと待ってください」
そこでリミナが彼らに呼び掛けた。
「上の方々の状況はどうなっていますか?」
問いに、先ほど話した教授らしき男性が振り返る。彼は他の面々に手で部屋へ行くよう指示すると、俺達に歩み寄りリミナに話し出した。
「状況とは?」
「まず隠し通路を見つけてどのような動きを見せているか」
「私達は先遣隊です。後続の面々もこちらに来る予定となっています」
「クルシェイド王国の方々も?」
「クルシェイド王国の人は勇者グランドと共に先へ進み続けているため、隠し通路に気付いていません」
――勇者の威光に頼っているらしい。その結果がこれでは、彼らも報われない。
「かなり深部まで進んでいるようなので、連絡するのも時間が掛かっているのですが」
「そうですか……被害の方は?」
「今のところは無しです。クルシェイド王国の人達も大丈夫だという報告を受けています」
俺達の不安は取り越し苦労のよう――それを聞くと、リミナも安堵した様子。
「そうですか……私達はどうすれば?」
「深部まで到達したので、ひとまずお戻りください……と、手ぶらで帰っても他の人にはわかりませんね」
彼は言うと、ローブのポケットからメモとペンらしきものを取り出し、何やら書き始めた。
「戻ったらこれをアーガスト王国の誰かに渡してください」
言いながら書き終え、メモをリミナに渡す。
「わかりました。私達は、戻ります」
「はい」
彼女の声により男性は踵を返し、部屋へ歩いて行った。
「……行くか」
見送りながら俺が言う。リミナとギアは頷いて、元来た道を戻り始めた。
途中、狭い通路の中で二度ほどアーガスト王国の一団とすれ違う。全員が一様に驚き、俺は名も言わずそそくさと立ち去る。
通路はきちんと明かりが灯され、水のモンスターと戦った部屋もきっちり全貌が把握できた。全体はやはりドーム状で、隠し通路部分だけが窪地のように凹んでいる。
「はあ、これで終わりか」
ふいにギアが呟く。味気ない終わり方なので、そういう感想が漏れるのも致し方ない。
「なあレン。地上に戻ったらどうする?」
「どうするって?」
「最深部には着いた。後は未踏破の場所をくまなく歩き回るだけだが……一番奥でお宝がない以上、期待薄じゃないか?」
「確かにお宝だけを考えるとそうなるかな」
俺は呟きつつ思案する。ギアの言う通り、これ以上粘っても旨味はなさそうだ。それに加え、目的の一つである訓練だってある程度はできた。何よりマジックゴーレム――あいつのおかげで一つ技を繰り出せたわけだし、十分な収穫だろう。
「そうだな……ちなみにギア。この状況で首都まで帰り、ギルドを訪れたらどうなる?」
「もし功が認められたら、報酬をもらって終わりだな」
「後は学者の評価次第?」
「ああ。けど花マルで間違いないだろ。最深部まではきっちり進んだわけだから」
「そうかもね」
会話をしながら、俺達は入口への上り坂を歩む。来た時より面倒臭さが倍増だ。
「あ……そういえば」
そこで思い出したかのようにリミナが発言した。
「隠し通路に、もう一本道がありましたよね?」
「ん、あったな」
俺はY字路を思い出す。きっとそこは調べがついているかもしれないが――
「行ってみるだけ行ってみようか。どうせこの後やることもないだろうし」
「そうですね」
「俺もいいぜ」
リミナとギアは相次いで承諾。
というわけで分かれ道に到達すると、入口方向には行かず進まなかった道へ入る。そこも明かりがあったので調べはついているらしい。
程なくして、壁に辿り着く。明かりはあるのだが、仕掛けが作動して開いた様子は見受けられない。
「推測して、わざと開けなかったな」
ギアが言う。俺もなんとなく理解できた。きっとここに着いた時、壁の向こうからクルシェイド王国の人達が会話でもしていたのかもしれない。だから調べずに引き返し、深部まで進んだ。
彼は周囲の壁を探る。少しすると見つけたかゆっくりと石壁を押すと、前の壁が重い音と共に僅かにズレた。
俺達は手を引っ掛け扉を開ける。その先はやはり広間で、壁には一定間隔で狭い通路の入口。ただ形は横に長くした直方体。俺は周囲に視線を凝らした後、小さく呟く。
「誰もいないな」
広間には人の姿が無い。しかし見える範囲の通路には明かりが点灯し、調べ回っているのはわかる。
「……無駄足だったか?」
「かもしれないな」
俺の言葉に対し、ギアが答えた。
「人がいれば事情を訊けたが……さすがに通路を全部調べるのは骨だぞ」
「確かに……リミナは案とかある?」
「特には」
手詰まりのようだった。まあ、ここに来たこと自体にそれほど意味があるとは思えないので、この結末も当然かもしれない。
俺はしばし周囲を眺めた後――二人へ口を開いた。
「勇者達も順調に進んでいるみたいだし、ここは一端――」
直後、広間全体に振動が響き渡った。地面が僅かに揺れ、俺達は互いに顔を見合わせる。
「……今のは?」
問うが、ギアもリミナも驚いた目をするだけ。
そこでさらなる轟音。それほど遠くない――おそらく、ここから先へ進んだ場所――
「行ってみるか?」
俺は二人に尋ねた。すると両者は同時に頷く。何かしら、感じ取ったのかもしれない。
「まずはどの通路なのかの確認だな」
断じた後、俺達三人は弾かれたように動き出した。




