戦士と騎士
馬を降りて手綱を握った時、ルルーナと目が合う。顔はニッコリとしていたのだが、なんだかそれがひどく不気味で、思わず半歩退いてしまうくらいだった……こんな事態を招いたのは、俺のせいだけど。
「心配するな、レン殿」
こちらの所作を見て、彼女は口を開く。
「実際、本人の証明ができたからな……まあ、後でライラに言っておく」
うわぁ……ライラ、ごめん。
「で、そっちの状況は?」
横で騎乗したままのマクロイドが問う。視線を転じると、顔はまだ笑っていた。
「……今は、ノディと共に悪魔を迎撃していたところだ」
ルルーナは顔をしかめたが言及はせず、背後に立っている騎士へ振り向いた。
釣られて目を移す。そこには純白の鎧を着込んだ――女性騎士が立っていた。名前は先ほどマクロイドが言及していたので、ドラゴンの魔力を封じた武具を持つ、壁を超えた騎士というのは把握できた。まさか女性とは。
最初気付いたのは、俺と同等の身長を持っていること。そして金髪碧眼ショートヘアの、夜でもわかるくらい肌の白い美人……モデルと言っても通用する容姿をしている。
そして手には、やや大振りかつ真紅に染色された片刃の剣。騎士が使用する物とは明らかに違うので、それこそがドラゴンにまつわる武具なのだろう。
「聖剣を護衛するフロディアとアクアを先行させ、私達が殿を請け負った。悪魔ばかりであるため後れを取ることはなかったが、隠れたり空中へ逃げたりと時間稼ぎされた上、数が多かったからな。倒すのにずいぶんかかってしまった」
「どのくらいいたんだ?」
マクロイドが数を問う。それにルルーナは口元へ手を当て、
「ざっと四、五十」
げ……それは確かに、時間が掛かっても仕方ない。
「しかも土地の魔力によって生み出された存在ではなかった。魔族がいるのではと、仮定するのだが……」
「それなら遭遇しました。シュウさんの助手である、ミーシャです」
今度は俺が提言。するとルルーナは「そうか」と呟いた。
「彼女ならばシュウの指示にも忠実だろうし、納得できるな……それで、彼女はどうなった?」
「戦いましたが、逃げられてしまいました。技量的にも、マクロイドさんの攻撃を受け切るくらいには強いです」
「ちなみに氷の盾で攻撃は防げたか?」
「……正直、魔族相手には心許なかったので、使ってません」
「それもそうか。悪魔やモンスターに対しては余裕だろうし、今回は出番がないかもしないな……そしてマクロイド。魔族に苦戦するとは。腕が鈍ったか?」
「お前じゃあるまいし」
「なんだと?」
「あの、喧嘩は――」
リミナが割って入る。そこで両者は言葉を止める。
「……そうだな、すまない。話を進めよう。ノディ、紹介しておく」
ルルーナは後方にいるノディに呼び掛け、説明を開始。
「彼が勇者レンだ……それと」
「従士のリミナです」
「彼女がドラゴンの力を所持している人物だ」
説明した後、ノディは俺達へ一歩進む。そして、
「――よろしく! 二人とも!」
ずいぶんと快活。そして親しげ。
「彼女はずいぶん馴れ馴れしいが、これが性分だから気にしないでやってくれ」
「いやー、私敬語って苦手でさ!」
と、頭に手をやりながら語る彼女……話し出すと、ずいぶん雰囲気違うなぁ。なんというか、黙っていれば良いのにという感じも――
「ちなみに私がノディと同行しているのは、彼女を敵が真似ることもないだろうと思ったからだ……さすがに、この性格を再現するのは相手も嫌だろう」
「確かに」
頷くマクロイド……って、同意するのかよ。
「いやー、はははは!」
それを笑って受け入れるノディ……今まで遭遇しなかったタイプだな。どうなることやら。
「レン殿、面倒くさそうな顔をするな」
ルルーナから忠告。あ、顔に出ていたか。気をつけないと――考えた時、野獣の咆哮が闇夜に轟いた。
「む、先ほどよりも近くなっているな」
ルルーナの声に警戒が帯びる。そして全員、進行方向を注視する。
「声の大きさから、今までの悪魔とは異なる存在だろう。敵も攻撃の仕方を変えていると見ていい」
「だろうな。で、どうする?」
マクロイドは馬を多少進めつつ、ルルーナに問い掛ける。
「馬は三頭ある……だから三人だけは先行できるぞ」
「なら、私に先行させてくれ。このまま自分の足で移動しても良いが……疲労が溜まるからな。長期戦である以上、無駄な動きはしたくない」
「はい、どうぞ」
リミナが率先して降りる。そこで俺はどうしようか口を開きかけたが、ルルーナの言葉が早かった。
「マクロイドは私と同行。そしてレン殿に、リミナ殿。そしてノディはまだいるかもしれない悪魔達に注意を払い、倒しながら進んでくれ」
「レンはいなくていいのか?」
マクロイドが問う。擬態魔法を見破れる人員が必要ではないか、という問い掛けのようだが――
「私達より、リミナ殿やノディを守った方が良い」
「なるほど、確かに……それじゃあレン。悪いが俺とルルーナは先に進むぞ」
「わかった。気をつけて」
応じると共にルルーナは騎乗。そして二人して馬をとばし、闇の中を駆けて行った。
「……さて」
俺はそれを見送った後、手綱を握り直し口を開く。
「残っているは一頭だけ。誰が乗る?」
「私は大丈夫ですけど」
リミナが先んじて言う。そこで目をノディへ変えた。
「ノディさんはどうしますか?」
「あー、そうだね。乗せてもらってもいい?」
「どうぞ」
俺はあっさりと馬を差し出す。彼女は「悪いねー」と言うと馬に乗る。
「では勇者様、進みましょう」
「ああ」
頷くと同時に、またも咆哮。音の大きさは先ほどとそれほど変わらなかったが、不安が胸の中に広がる。
シュウ達の攻撃は次の段階に入った……それは俺も同意するところであり、敵が強力になったとしたら、かなりの犠牲者が出るのではないか――
「よし! 行くよ!」
考える間にノディが叫ぶ。そして突如手綱を操作し、全速力で駆け始めた――って、おい!
「ちょっと待った――!」
叫んでみたが、遅かった。何を考えているのか馬を進め暗闇に紛れてしまう。
「お、追いましょう!」
リミナは言い、俺は走り出す。さっきの指示を聞いていなかったのかと思いつつ足を動かし――少しして、重い音と馬のいななきが聞こえた。
「……もしかして、悪魔か何かと衝突したか?」
「かもしれませんね」
こちらの言葉にリミナは同意――ちなみに彼女はドラゴンの力によって基礎体力なんかも強化されており、俺と容易に並走できる。
俺達は曲がりくねった道を進み……やがて倒れ込むノディと三体の悪魔の発見。加え、闇の中を疾走し姿を消していく馬を視界に捉えた。
「いたたた……」
ノディは零しながら上体を起こす。その間に悪魔が迫り、彼女へ向け拳を叩き込もうとした。
寸前、俺が雷撃を放つ。それはノディを攻撃しようとしていた悪魔を両断し、消滅させた。
「炎よ!」
さらに、リミナの魔法。生み出されたのは炎の槍で、それは後続の悪魔一体に突き刺さり、倒した。
最後に俺からの雷撃。結果三体は一分と経たずに消滅する。
「大丈夫か!?」
俺はノディに近寄り問い掛ける。対する彼女はゆっくりと立ち上がり、まずは服についた土なんかを払う。
「いや、ごめん。悪魔と正面衝突した」
「……さっき、俺達は三人で戦うって指示受けなかったか?」
「いやー、私実は馬操作するのは苦手で」
……そういうことは最初に言ってくれよ。
「適当に操作したらいきなり走り出しちゃって」
「……今後、注意してください」
「了解」
頷き、彼女は笑う。その笑顔は声と同様快活で、陽のあたる場所で見たなら綺麗に見えたかもしれない……が、さっきの所業を見ていた俺としては、大丈夫なのかと別な不安を感じることとなった。