疑心暗鬼
「ゼノン……」
俺が剣を鞘に収めた時、フォザンの声が聞こえた。呼ばれたゼノンが慌てて駆け寄り、指示を待つ。
「この場の指揮権を、お前に渡す……統率し、悪魔の襲来が無いと判断した後、遺跡付近の部隊と合流せよ」
「承知致しました」
ゼノンは応じると、周囲にいる指示を飛ばす。
「撤収できる態勢を整え、待機!」
直後、騎士達は動き出す。フォザンを介抱する騎士達はそのままであったが、半数以上の騎士が天幕の解体を始める。
「マクロイド殿、すいません」
そこで、ゼノンが謝罪した。
「団長がやられた以上、私はここを離れることができません」
「仕方ないさ」
対するマクロイドは肩をすくめ応じる。
「おそらくミーシャの目的は、フォザンを始末し騎士の統率を失くすことだったんだろ。その目論見は半ば成功し、誰かがここの面倒を見る必要が出てきた……加え、負傷者もいるだおる。戦力的にも、遺跡側の面々と合流した方が良い」
「はい」
説明にゼノンは頷く。
「道なりに進めば、下山することができます……皆さんは、このまま進んで下さい」
告げると同時に、別所から騎士が馬を三頭引き連れてやって来た。
「すみませんが、頼みます」
「わかっているさ。よしレン、行くぞ」
「ああ」
返事をするとすかさず騎乗。マクロイドとリミナも馬に乗り、俺達は馬首を入口へと向けた。
「ゼノン、死ぬなよ」
「大丈夫です……ご武運を」
彼の言葉を聞いた後、俺達は移動を開始した。陣地の門から外に出て、一目散に下りの道を進む。山頂から少しの間は荒地だったが、やがて背丈のある木々が道の左右に現れる。
「さあて、ここからが本番だな」
ふいに、マクロイドが呟いた。その言葉に、並走する俺は首を傾げる。
「本番……?」
「ミーシャはどうやら、山頂付近にいた騎士団を始末するように命令されていた……各個撃破というのが目的だろうな」
「騎士団を潰す、ということですね」
リミナの重い声。それにマクロイドは頷く。
「悪魔達は壁を超える技術を持っていないため、警護に参加した騎士達でも倒せる……このことから、分散している所を狙って、数が少ない時に仕留めるのが有効だ。そして、聖剣を守る英雄には、裏切者を当て馬にして混乱させる」
そう述べたマクロイドは、意味深な笑みを浮かべた。
「その中には、シュウもいるだろうな」
「確定、か?」
俺が尋ねると、彼は「当然だろう」と切り返す。
「英雄や現世代の戦士にとって、悪魔やモンスターは烏合の衆だ。対抗するには、さっきのミーシャか、演習地で仕掛けた面々が必要だが、聖剣を奪うには確実な人物……シュウが出てくるはずだ――」
そう述べた瞬間、夜空を引き裂くような咆哮が、どこかから轟いた。悪魔の声とは違う、もっと太く強固な音。
「どうやら、本腰入れてきたようだな」
声を聞いたマクロイドは、厳しい顔をしながら、笑う。懸念しながらも、闘士の血が騒いでいるのかもしれない。
「これまでは裏切者を用い、英雄達に攻撃を仕掛けた……目的はさしずめ、騎士達を潰すための時間稼ぎだろ。しかし俺達がそれを阻んだために次の段階に移行……敵は、本格的に聖剣奪取に軸を移した」
解説する間に、また闇夜に咆哮が響き渡る。
「敵はまず、足元から崩しにかかったわけだ。フロディアやルルーナだって、やられていく騎士達を見過ごすことはできない。怪我人や死者を増やし足かせとすることで、分断や精神的なダメージを与えていく……英雄シュウとはいえ、今回はフロディアやナーゲンがいる。万全を期し、少しずつ追い詰めるようなやり方を用いた、といったところか」
彼の言うことは推測でしかないが、核心部分に触れているとは思った。特にシュウが英雄と戦う場合のこと……さすがに一度に全員と戦うわけにはいかないだろう。だからこそ悪魔やモンスターを用い、騎士団などを分断させ、そちらから攻撃した。
「おそらく、ルルーナやカインは裏切者により浮足立っている所だろ」
さらにマクロイドの説明は続く。
「俺達は、そうした面々の援護に回る……なおかつ、裏切者なのかそうでないかの分別をつける。フロディア達からすれば、後者の方が何より助けになるだろうな。レン、頼んだぜ」
「ああ」
頷いた時、前方に人影が見えた。悪魔と交戦し、斬り払う。暗がりで輪郭しか見えない中、マクロイドは剣を抜く。
「俺が先行するぞ」
言うや否や、彼は馬の速度を上げた。そして空中から新たに悪魔が出現するのを見て、一閃する。
風の刃が飛ぶ。それは悪魔の着地点を見事に看破し、足が地に着く前に剣戟が直撃。打ち倒した。
「おーい、大丈夫か――!」
マクロイドはさらに戦っている人物に声を掛けた――直後、相手の体がこちらに向き、そして、
剣が振られた。刃先から、赤い光が放たれる。
「うおっ!?」
まさか攻撃されるとは思っていなかったらしく、マクロイドは驚きつつ剣でそれを弾き飛ばす。そして俺やリミナは馬を止め、相手を注視。
「おいっ! 何で攻撃するんだよ!」
「――先ほど、悪魔を倒しながら迫る裏切者がいたからな!」
女性の声――あれ、これってもしや。
「ルルーナさん!?」
聞き覚えがあったので尋ねてみた。すると、彼女――ルルーナはこちらに体を向けた。
「その声、レン殿か?」
「あ、はい。そうです」
「ナーゲンの話によると、貴殿は来ないと聞いていたが……」
言って、今度はマクロイドへ首を向ける。
「そっちはマクロイドだな?」
「ああ、そうだ」
「本物だと証明できるか?」
「レンに訊いてくれよ。あいつだけは擬態魔法が効いてない」
「……彼も、本人か?」
どこまでも疑っている……裏切者が多数現れ、現在疑心暗鬼の中戦っているようだ。
「何か証明できるものはあるか?」
問われ、俺は馬上で考える。その時、後方にもう一人誰かがいることに気付いた。どうやら二人で行動していたらしい。
その人物のことを気にしつつ、さらに考える。警戒している以上、戦士団云々の情報を喋っても信用してもらえないだろう。なぜなら彼女は戦士団の中に内通者がいたことを知っている。ほとんどの情報については、漏れていると考えているはず。
とはいえ、俺のことを話しても向こうは理解できないだろう……証明になりそうなものは一応あるのだが、果たして喋ってよいものか。
「無いのか?」
ルルーナが問う。僅かながら強い語気。黙っていると斬られそうだと理解し、俺はゆっくりと口を開いた。
「……そういえば、ライラから聞きました」
「聞いた? 何をだ?」
「ライラが身長を抜いた時、大嫌いな牛乳ガブ飲みしてお腹壊したそうですね」
――瞬間、マクロイドが吹き出した。次いで爆笑し、声が道中に響き渡る。
さらに、ルルーナの体が若干震え始めた。あ、これは裏切者問わず斬られるかもしれない。
「……で、それはどうなんだ? 本当なのか?」
マクロイドが必死に笑いをこらえながら問う。
「なんだ……やっぱり気にしてたんだな、お前」
「黙れ」
重い声音が聞こえた。かと思うと彼女は突然剣の切っ先を下ろした。
「いいだろう……信用してやる。こっちに来てくれ」
……これ、近づいたら斬られないか?
「心配するな、怒っていない。今の言葉で信用できた」
けれど声の重さは変わっていない。俺はちょっと怖くなりつつリミナを見た。
「……行きましょう」
彼女は淡々と促す。顔には自業自得ですと書かれていた。
それを見て、俺は歎息し――覚悟を決め、馬を前に進めた。