攻撃の目的
次で――? 俺は驚く他なかったのだが、体は声に応じ動き出した。
マクロイドが彼女の真正面に立ち、またも剣と手刀が交錯する。そして破片が弾け飛ぶ……その間に、俺は間合いを詰めた。
ゼノンはまだ体勢を立て直していないため、動いていない。リミナも静観する構えなのか、周囲にいる騎士達に目を向けている――そうした状況で、俺は剣に魔力を込めた。
通用するのか不安になりながらも、再度ミーシャへ斬撃を放った。それをまたも左腕で受ける彼女と、金属的な感触。やはり効いていないのか――
「レン!」
マクロイドが叫ぶ。そのまま続けろとでも言いたげな声音……同時に、俺は応える必要があると断じ、魔力を集め剣を振り抜いた。
途端、ミーシャの表情に多少変化。同時に僅かだが刃先が彼女の体に食い込んだ気がした。
「――ちっ」
直後、彼女は舌打ちし俺の剣を押し返すと、大きく距離を取った。
「やっぱりな」
そこで、マクロイドがミーシャに対し笑みを浮かべながら口を開いた。
「お前、俺達のことを研究し、攻撃を防いでいるな?」
研究……? 俺は首を傾げたが、ミーシャは自然体となりつつ、警戒の眼差しをマクロイドへ向ける。
「俺達の体に眠る魔力に合わせ結界を形成し、防御……シュウがいる以上、その辺の調べはついているというわけだ。俺の攻撃は完全に防げなかったが、ゼノンの攻撃を防ぐことはできた。しかし」
マクロイドは、俺のことを一瞥した。
「レンの剣だけは、しっかりとお前に届く……決めるまではいかなかったが、勝機は見出せたな」
――言葉の瞬間、彼女の左腕から地面に水滴のようなものが落ちた。暗がりで色合いは漆黒だったが、血なのだと確信する。そこでフロディアが、魔族や魔王は肉体を持っていると言っていたのを思い出した。
「……本人は、ちょっと自信なかったようだが」
そしてマクロイドは俺にも言い聞かせるように告げた。こちらとしては、苦笑する他ない。
「……そうか」
対するミーシャは呟くと、左腕を軽く振る。それにより鮮血が落ち、厳しい目が俺へと向けられる。
「お前はどこまでも予定を狂わせる人間だな」
「……何?」
「戦士団への奇襲もそうだ。お前が来なければ速やかに敵を撃滅していたはずだ」
「そっちの予定通りにならなくて良かったぜ」
皮肉下にマクロイドは語ると、剣を構え直した。
「で、だ……さすがに俺も舐められっぱなしというのは癪だ。そろそろ、気合を入れさせてもらうがいいか?」
「奥の手でもあるのか?」
ミーシャが問うと、マクロイドは笑う。叩き潰すという気概を含んだ、野獣のような笑み。
「一応、俺も闘士の看板背負っているんでね――!」
告げた瞬間、魔力が生じる。周囲の空気を圧迫するような強烈な気配。味方でなかったら、大きく退いていたかもしれない。
「ここからが本番、などと言いたいようだな」
ミーシャはそれに淡々と応じる。しかし先ほどまでの余裕は喪失し、マクロイドに明確な敵意を向けていた。
「さすがに、現状維持では難しそうだな。なら――」
彼女からさらに呟きが発せられた直後、マクロイドが一瞬で接近し、仕掛けた。
ミーシャはそれに対し大きく飛び退く。防げないと判断したらしい――考える間に俺も動く。距離を縮め、決着をつけるべく剣に魔力を収束させた。
「――仕方あるまい」
刹那、彼女の声が聞こえた。踏ん切りついたようなトーンで、何か考えがあるのか――そう思った時、
ミーシャから瘴気が大量に発せられた。
「……っ!?」
吐き気すら催しそうになる量だった。周囲の騎士達は大丈夫なのかと感じつつも、足は止めず前に出す。そして剣を放ち――それは、マクロイドの追撃とほぼ同じタイミングだった。
彼女は回避をあきらめ防御に転じる。果たして――俺達の剣が腕に当たると、確実に刃が食い込んだ。通用している。このままいけば腕を両断しそうな勢い。
けれど、彼女は両の攻撃を弾き返した。踏ん張っていなければ吹き飛んでいたかもしれないその勢いに、俺は数歩たたらを踏んだ。マクロイドも僅かに後退し、
次の瞬間、彼女の姿が視界から消えた。
「なっ!?」
何が起こったのかわからず、気配の捕捉にかかる。すると彼女はすぐに見つかった。それは、ゼノンの背後。
「しまっ――」
彼を狙う気なのかと思い慌てて視線を移す。ゼノンは即座に気配を察知し、迎え撃とうと体勢を整えようとした。
そこでミーシャは左腕を振るい、手の先から黒い剣が生じる。それを――
一歩でフォザンへ近づき、放った。
呻く間もなく、剣戟はフォザンの左肩から斜めに入る。鮮血が舞い、慌てて周囲にいた騎士達が彼女を追い払おうと剣を抜き近づく。
対するミーシャは彼らに一瞥すら向けず、マクロイドへ視線を戻した。彼は既に彼女を剣の間合いに入れており、暴風のような鋭い一撃を、頭部目掛けて放った。
しかし、彼女は剣に触れる寸前に回避。さらに右腕に魔力を集め、手の先に光弾を生み出す。
何をするつもりだ――限りない警戒を抱きながら、俺はその光弾が放たれるのを視界に捉えた。
それは、あさっての方向のように思った――けれど光弾の直線状にある物を見て、俺はしまったと思った。
目標は、魔道砲の支柱。それを破壊しようと動いたらしい。
「やっ!」
そこで、リミナが反応した。槍を振る姿を見て大丈夫なのかと不安になったが――声を発する間もなく、槍と光が衝突――結果、光弾が消えて無くなった。
「何!?」
これは予想外だったのか、ミーシャは驚愕の声を漏らした。見た目は地味だが、強力な魔法だったのかもしれない。
「おっと、そういうことか……援護助かったぞ、リミナ」
そしてマクロイドはミーシャと距離を取り、告げた。
「魔族ということでつい熱くなっちまった……お前の目的はフォザンと魔道砲か。なら、それを守るべく動くだけだな」
「……やれやれ」
ミーシャは彼の言葉に対し嘆息。そして騎士達に守られ介抱されているフォザンへ目を向けた。
「出血量からすると、生存率は五分五分といったところか……できれば、確実に仕留めたかったところだが」
「させない」
ゼノンが応じ、フォザンの前に立ってミーシャを阻む。
「で、ここからどうする気だ?」
そうした中、今度はマクロイドが尋ねた。
「さっきの瘴気噴出が元に戻っている所を見ると、あれは一瞬だけしか使えないんだろ? 乱用すれば、力尽きるんじゃないか?」
「そちらの本気と同じようなものさ」
肩をすくめるミーシャ。そういえば、マクロイドの方もいつのまにか魔力が収まっている。瞬間的に魔力を解放し、攻撃する技法のようだ。
こちらも似たような技を持っているし、それを使えば勝機はありそうだ……問題は先ほどの動きを捕捉できなかったこと。転移したのか高速で移動したのかわからないが、警戒に値するのは確かだ。
「……全てが、後手に回ってしまったな」
やがて嘆息する彼女。俺達を見据え、今度は指をパチンと鳴らす。
「本当は残党処理のために残しておくつもりだったのだが……」
呟いた瞬間、周囲から気配。見なくてもわかっていた。悪魔やモンスターだ。
「フォザンを倒し、魔道砲を破壊し、残った騎士達を一人残らず始末する、というわけか」
マクロイドは何をしようとしていたのかを察し告げる。それにミーシャは無言だったが、小さく肩をすくめた。図星らしい。
動作の間にも悪魔の咆哮が響き渡る。周囲にいる騎士達が明確な警戒を示し……ミーシャと対峙する中、悪魔が陣地へと飛来した。




