陣地到達
山頂に辿り着くまではマクロイドとゼノンの迎撃が続き、俺やリミナの出番は無かった。
ある意味ナーゲンが予言していた通りで、現状戦力として俺達は役に立っていない……考えると、迷惑を掛けないだろうかと少しばかり不安になる。
「レンには、山頂でしっかり役立ってもらうからな」
ふいに、飛来する悪魔を倒したマクロイドから声が掛かる。まるで俺の胸中を把握しているような言動。
「山頂に着いたら、怪しい奴がいないか確認してくれ」
「……わかった。けど、俺でも見つけられない場合は――」
「その時は、その時だ」
あっさりと断じるマクロイド……至極その通りなのだが、心に引っ掛かる。
「不満そうな顔だな」
それを指摘する彼。対するこちらは小さく首を振り、
「不満とかじゃなく――」
そこまで言った時だった。突如、山の頂上付近から光と轟音が響いた。
慌てて視線を移す。音は落雷のようなもので、残響音がまだ周囲に生じている。
「ああ、魔道砲だな」
マクロイドがあっさりと断じる……マドウホウ?
「えっと、今のは……?」
「ああ、知らないのか。大きな魔石を使って魔法を生み出し、悪魔を迎撃しているんだ」
……大規模魔法ということか? いまいち要領を得ない解説に俺は首を傾げたのだが、
「あ、私が説明します」
リミナが俺の隣まで来て、馬を並走させながら解説を始めた。
「地面に魔法陣を描き、中央に魔石を含有させた支柱を設置。さらに純度の高い魔石を囲うように配置し、柱と土地の魔力を共鳴させることで、大規模な魔法が使えるというものです」
「戦術級の魔法ってわけだ」
マクロイドが追加で告げる。なるほど、悪魔対策に準備しておいたというわけか。
「あれを使い出したということは、敵もかなりの猛攻を仕掛けていると見て間違いないでしょう」
そこへゼノンからの言葉。それにより俺は少なからず警戒を抱き、山頂付近へ目をやった。
よくよく見ると、ほんの僅かではあるが光が明滅している……戦っているのは間違いなさそうだ。
「急ぎましょう」
ゼノンは端的に言うと、馬を速めた。合わせてマクロイドが進み、その後ろに俺とリミナが続く。
その間にも、悪魔はやってくる。中には怪鳥と呼べるような巨大な鳥型のモンスターも散見されたが、その全てをマクロイドとゼノンが撃ち落とす。
俺はそうした光景を見つつ、黙って馬を進める……色々思うところはあったが、マクロイドの言う通り役目を果たすべきだとは感じていた。
それから程なくして山頂付近に到達。戦いの音は止み、俺達が来る前に決着がついてしまったようだ。
「注意してください」
先頭を進むゼノンが警告する。悪魔やモンスターの襲撃もなくなったのだが、彼は気を引き締めるべく続けた。
「攻撃を一時中断し、何か策を用いてくるかもしれません――」
そう言った時、長い坂が終わる。次いで俺の視界に煌々と照らされた魔法の明かりが見えた。
「あそこがゴールだな」
俺は呟きつつ馬首をそちらへ向け、ゼノンの先導により移動。そして、ようやく目的地に――そこは山頂にある平地。天幕が円を描くようにして設置された陣地。入口は簡易的な木の門が設置されており、見張りの騎士に一礼されながら中へと入る。
瞬間、焼け焦げるようなにおいに気付く。交戦のためだろう。
「――団長!」
そうした中ゼノンは声を上げ、馬を進める。俺は彼を一瞥した後、周囲の状況を確認する。
平地に加え、ならされているのか地面はずいぶんと固そうだった。その中で、地面に黒く焦げた跡がいくつもある。
続いて気付いたのは、天幕で囲った陣地の中央。それこそが魔道砲らしく、二メートルくらいの高さを持った太く白い円柱と、周囲に真四角に加工された赤色の石が設置されている。一目見て、俺はストーンサークルを想像した。
そして人員だが――怪我人が出たのか、横になり介抱されている騎士の姿も見えた。人数は目算二十人程だろうか……俺が見る限り、擬態しているような人はいない。
「ゼノンか」
一通り目を向けた後、声。視線を移すと白髪に黒い騎士服を着た男性。
「フォザン団長、到着いたしました」
言いながらゼノンは下馬する。合わせて俺達も降りると、周囲にいる騎士が速やかに馬の手綱を握り、別所に連れていく。
「それで、状況の程は?」
「先ほどまで魔道砲を行使していたのは見えていたな? 襲撃はひとまず収まったが、怪我人が出ている」
そこまで解説すると彼――フォザンは、俺達を一瞥し、マクロイドに目を留めた。
「マクロイド殿か……久しぶりだな」
「ああ。俺達も必要だろうと思い来たわけだ」
「そうか。協力感謝する……では説明を始めよう」
フォザンは語ると不快そうに眉根を寄せ、周囲にいる騎士達を眺める。
「伝令から事情は聞いていると思うが……騎士の中に裏切り者がいるという由々しき事態だ。加え聖剣は現在山を下っている……夜を迎えてから下山し始めたため、地上には辿りついていないだろう」
「それを追えばよろしいのですか?」
ゼノンが確認すると、フォザンは大きく頷き、
「聖剣については、フロディア殿が警護をしている算段のはずで、大丈夫だろう。そして彼らを含めた英雄や戦士の方々が現在山を下りているのだが……」
「なら、そいつらと合流だな」
マクロイドは決した後、俺に視線を送る。
「レン、どうだ? 怪しい奴はいるか?」
こちらは黙って首を振る。彼は「わかった」と答え、フォザンへ口を開く。
「俺達もフロディア達を追うことにしよう……敵を迎撃しながら、予定の場所で結界を張るということでいいんだな?」
「ああ。土地の解析は事前に終えているから、フロディア殿が到達すれば結界を構築するはずだ」
「……ちなみになんだが、ここで一夜を明かすということは考慮に入れなかったのか?」
「山全体、土地の魔力が薄い。結界を張るポイントがほとんどないため、降りるしかない」
「ああ、そういうことか。わかった。それじゃあ行くか」
マクロイドは俺達を一瞥しつつ言うと、歩き出す。
「ああ、マクロイド殿、待ってくれ」
そこで、フォザンが手で制する。
「伝令役の騎士も連れて行ってくれないか。彼は信用できる」
「ん、わかった」
あっさりと了承するマクロイド。フォザンはすぐさま歩き始め、入口近くの天幕へと歩み寄る。
ゼノンやマクロイドはそれに合わせて歩き出す。俺やリミナもそれに追随し――フォザンが天幕を開け、
「すまないが、頼むぞ」
声を掛けた直後、中から一人姿を現した。そして――
「――逃げて!」
瞬間、現れた人物を見て俺は反射的に叫んだ。
フォザンが思わず振り向く。次いでゼノンが俺に目を向け、マクロイドが天幕の奥にいた人物を見据えた。
刹那、天幕の奥にいた人物の腕が振るわれた。手刀――判断し間に合わないと悟った時、
マクロイドの剣が、その手に触れた。
「っ!」
手刀を放った人物は呻き、マクロイドの剣戟に弾かれ大きく跳び退いた。その人物の背後には陣地の入口。俺はすかさず剣を抜き、牽制目的で切っ先を向ける。
「……こいつが、裏切り者だってわけか?」
マクロイドはゆっくりと向き直り、当該の人物へ剣を構える。対するフォザンは状況が理解できないのか、呆然となる。
ゼノンは擬態について聞いていたためか、マクロイドと同様剣を抜き戦闘態勢に入る。リミナも同様に槍をかざし――敵は、俺を見据えた。
「やはり、通用しないのか」
しくじった、という顔を相手は見せる。対する俺は無言。他の人には騎士姿なのかもしれないが、俺の目には黒装束姿で――
「……ミーシャ」
名を呼んだ――そう、相手はシュウの助手である、ミーシャその人だった。