警護の状況
戦いについては、始終俺達が優勢だった。
俺やリミナの攻撃により悪魔やモンスターは一撃で沈んでいく。加えてマクロイドの猛攻によりあっという間に敵はその数を減らしていく。
加えて騎士達も立て直し始め、迎撃……どうやら数が非常に多かったため苦戦を強いられていたらしい。
よって、戦い自体は十分前後で決着がついた。俺達が来る前に怪我人は発生したようだが、幸い犠牲者は出なかったようだ。
「援護、感謝致します」
周囲にモンスターがいなくなった時点で、騎士の一人がマクロイドに声を掛けた。
「皆様が来ていなければ、被害が出ていたかもしれません」
「そうかもしれんな……で、ここの総指揮を任されているのは誰だ?」
「それが……」
濁した言い方をする騎士。俺は何事かと見守っていると、騎士は口を開こうとし――
遺跡入口方向から蹄の音が聞こえた。
「ん?」
反射的にそちらを注視。そこへ、騎士が告げた。
「リーダー格と思しき悪魔が存在しており、その迎撃のため隊長が向かっていました」
「で、当該の人物が今まさに戻ってきたというわけか」
マクロイドが述べた時、視界にその人物が見えた。白馬に騎乗し、他の騎士同様純白の鎧をまとった金髪の男性。印象の薄い顔で涼やかな雰囲気だと俺は思い、
「ほう、ここにも主力は置いたのか」
マクロイドは言った。どうやらその人物は、彼が知っているくらいには認知度があるようだ。
騎士は俺達に気付くと馬を進め、寸前で下馬した。すかさず近くの騎士が手綱を握り馬を操作し始める。
「マクロイド殿、ですか」
騎士が言う。顔つきの通り線の細い声だった。
「まさかお前がここにいるとは、以外だな……ゼノン」
マクロイドが答えると、騎士――ゼノンは苦笑した。
「念の為、ということで残っていたのですが、本当に良かったですよ」
「この方は?」
リミナがマクロイドへ問う。するとゼノンは俺達に慇懃な礼を示した。
「申し遅れました。私の名はゼノン。ルファイズ王国で騎士をしている身です」
「こういう警護で分隊長をするくらいの腕は持っている……壁を超えている現世代の騎士だ」
壁を――なるほど、マクロイドが知っているのも頷ける。
「あなた方は?」
「あ、はい……レンといいます」
「リミナと申します」
合わせて自己紹介をすると――名前に聞き覚えがあったのか、彼は俺とリミナを交互に見た。
「……あの、勇者レンと従士の方ですか」
「俺のことはともかく、リミナのことも知っているんですか?」
「ええ、フロディア殿が仰っていました」
ああ、そうか。英雄と話をして名前くらいは聞いたのか。
「ナーゲン殿から今回は出ないとお聞きしたのですが……何故ここに?」
「俺が連れて来たんだよ」
今度はマクロイドが語り、話を戻す。
「自己紹介はこのくらいにしよう。状況はどうなっている?」
「あ、はい……といっても、私達も聖剣警護の面々がどうなっているかはわかりません」
ゼノンは語ると、多少ながら不安な表情を示す。
「ここに悪魔が現れるような事態ですから、聖剣を護衛する方々も襲撃されていると予想できます……実際、何度か爆音も耳にしました」
「予定としてはどういう経路を辿るつもりだったんだ?」
マクロイドが問う。ゼノンは彼を見返し、難しい顔をして答えた。
「山越えのルートです。迂回ルートは多くの人が利用する道なので避けました。そして、予定では山頂付近で馬を換え、さらに下山して馬を換え……と、山を越えるまでは馬を使い潰すつもりで急ぐ予定でした」
「夜も移動するのか?」
「夜までに下山し、平原で土地の魔力を利用した大規模な結界を張る予定でした……が、現状そのようにしているかどうかはわかりませんし、緊急措置として考えていたプランを実行しているかもしれません」
「誰かに聖剣を預け、首都に急行するというやり方だな?」
マクロイドが問うと、ゼノンは神妙に頷いた。
「はい、そうです」
「そうか。フロディア達が護送している以上、襲撃を受けても問題ないとうが――」
そこまで彼が語った時、また蹄の音。新たな騎士らしい。
「他にも打って出ていた面々がいたのか?」
マクロイドが質問すると、ゼノンは険しい顔をした。
「いえ……他の者達はここを守るように言い渡したはず」
答えた直後、当該の人物が見える。やはり騎士――けれど負傷しているのか、額に包帯をはちまきのように巻いていた。
周囲の騎士達がその姿を見てにわかにどよめく。そしてゼノンは相手を迎え入れるように一歩前に出ると、やってきた騎士は下馬し一礼した。
「騎士ゼノンにご連絡を……」
「君は確か、馬車を警護していた人間だったはずだね?」
「はい……騎士ゼノンに今すぐ急行して頂きたく」
急行――どうやら、良い状況ではなさそうだ。
「詳しく聞かせてくれ」
「はい……馬車は山頂に到達する前に襲撃を受け、フロディア殿やナーゲン殿の助力により事なきを得ていたのですが……山頂を越え下り始めた時点で、突然騎士の一人が裏切り、馬車を破壊してしまいました」
「裏切り……?」
ゼノンが驚き、呻くように零す。
「騎士の中に、悪魔に加担する者が?」
「そうした状況下で戦士ルルーナが何かに気付いたらしく、その騎士と交戦を始めました。結果的に騎士は退却しましたが……同時に、その場にいた騎士達が相次いで裏切り始め――」
「まさか……」
俺は説明を聞き、一つの可能性を見出す。それにゼノンが反応し、こちらに問い掛けた。
「何か心当たりが?」
「……戦士団の演習時、敵は擬態系の魔法を使用し戦士達の目を誤魔化して。裏切りについては、騎士のフリをした敵であった可能性があります」
「その辺の対策って、する予定だったと聞いているが?」
これはマクロイドの言葉。以前戦士達がしてやられたという経緯から考えれば、対策を立てていないはずはないのだが――
「通用していない、ということでしょうね」
ゼノンが複雑な表情で応じた。
「私達もルルーナ殿から報告を聞きました。それについては警戒していましたし、護衛をする騎士には、魔法によるチェックを行い万全の態勢だったはず。しかし――」
「それが通用していなかった、と」
マクロイドが言うと、ゼノンは渋い顔を見せ……やがて、頷いた。
「フロディア殿が開発した魔法だったのですが……」
「相手は英雄シュウだからな。フロディアの魔法をすり抜けるようなものを考案してもおかしくない……ともかく、これで敵のやり方は察しがついたな」
マクロイドはそこまで語ると、俺に目を向ける。
「敵は予め騎士に擬態させた内通者を配置し、どこかのタイミングで襲撃。聖剣を奪うという算段らしい」
「そして作戦は成功し、現状は混沌としている……」
「ああ。とはいえ聖剣が奪われた可能性は低いだろう。そこんところどうだ?」
彼は怪我をした騎士に問うと、相手はこちらに視線を移し答えた。
「英雄や戦士などが護衛をしているため、最悪の事態にはなっていません」
「だろうな……さすがにフロディアやカインに擬態することはできないだろう。見た目は精巧でも、挙動でバレるだろうしな」
「そう言う意味では、画一的な騎士の動きは模倣しやすいというわけですね」
これはゼノンの言葉。同時に表情には悔しさがにじみ出る。
「可能性として考慮に入れることもできたはずですが……」
「嘆いても仕方ない。ともかく今は要請通り救援に行くとしよう」
最後にマクロイドが締める――俺は心の中で承諾し、改めて表情を引き締めた。リミナもまた同様の表情を示し、マクロイドの言葉に賛同するように頷いていた。