遺跡への途上
「いやあ、予定よりも遅くなっちまったなあ」
車上、一切悪びれた様子も無くマクロイドは言う。向かい合う俺は、そんな彼の姿を見ながら小さくため息をついた。
「……誰のせいなのかは、わかってる?」
「ああ、わかっている。そんな怒るなよ」
と、彼はガハハと笑う。それに俺はもう一度ため息をつき、横を向いた。そこには座り込んで苦笑するリミナ。
――聖剣警護に行くと決定した翌日、早朝馬車により移動を開始した。目的地は遺跡。話によると、メンバーが集まり次第移送を開始するとのことで……俺達は、それに見事遅れたというわけだ。
理由の大半はマクロイドのせいにある。というかこの人、時間に恐ろしくルーズで予定時刻に出発しないわ、酒飲んで二日酔いになるわでこちらとしてはフラストレーションが溜まるばかり。もしかしてこういう性格によりナーゲンだけが向かったのか、などと思ってしまうくらいだった。
そして到着予定日になっても結局着かず、陽が沈んでしまった。車内はリミナが生み出した明かりにより照らされているが、時折天幕の隙間から見える外は暗闇となっている。
「マクロイドさーん」
そうした状況で御者から呑気な声が聞こえた。その人物はマクロイドのお付きみたいな人で、名をパルア。茶髪に額には赤いバンダナを巻いた、地黒の好青年。
「もう完全に夜になっちゃいましたけど、このまま進むんですか?」
「当然だろ」
彼はすかさず返答。しかし、
「けど、移送予定時間って昼からですよね? どう考えても目的地に人はいないと思いますけど」
――スケジュール管理なんかも行っているため、パルアは正確に状況を把握している。俺も同意見であり、リミナもまた小さく頷いていた。
予定としては、遺跡からルファイズ王国首都まで聖剣を運ぶ。ちなみに手段については一切聞かされていない。本来は、現地で聞くことになるはずだったのだが――
「輸送の方法は、大きく分けて二つ考えられる」
ふいに、マクロイドが口を開く。先ほどまでの陽気な声とは打って変わり、真面目。
「一つは聖剣を乗せた馬車を囲むようにして、騎士や戦士が護衛する。で、もう一つは少数精鋭による早馬で輸送する」
「人を集めているのですから、前者のような気もしますが……」
これはリミナの意見。マクロイドは「そうだな」と同意したが、話には続きがあった。
「推測だが、どう動いても大丈夫なよう精鋭を集めていたのかもしれん」
「……というと?」
「最初は当然ながら聖剣を全員で警護しながら移動するだろう。しかし敵の攻撃が始まり危険な状態となれば、フロディアなんかに聖剣を託し、後の全員で敵を撃滅する、なんてやり方ができる」
臨機応変に対応するべく、人を集めたということか……何しろ輸送対象はアレスが持っていた剣。しかもシュウ達が来る可能性を考慮すれば……まあ、フロディア達が動くのも理解できるし、国が人を集めたのも理解できる。
「で、問題は早馬で移動している場合……当然だが、俺達が追い付くのはむりだろうなぁ」
「……だろうね。帰る?」
冗談交じりに問い掛けると、マクロイドは「それもいいな」と言いつつ、
「ひとまず遺跡には向かってみよう。人がいて状況がわかるかもしれん」
そう言い――俺とリミナは頷く他なかった。
とりあえず当初の目的通りに馬車が動く。無駄足のような気がしないでもないけど。
「人がいなかったらどうしますか?」
リミナがマクロイドへ問う。それに対し彼は僅かに沈黙し、
「……その時はその時で考えようぜ」
濁した言い方に終始した。
考えていなかったな……とはいえ人がいないとなると手立てもないので帰るしかなさそうなのだが。
そう考えている時、ガタンと車体が揺れた。窪地か何かを踏んだのだろうか。
「……マクロイドさーん」
そこで、御者台にいるパルアから声。俺達は視線を前に向け、呼ばれた彼だけは声を上げる。
「どうした? 何かあったのか?」
「もしかすると、まずいことになっているかもしれませんよー」
まずい――その言葉を聞き、俺は御者に通じる天幕を開き、外を見た。月明かりがそれなりにあるのだが、目が慣れていないせいでほとんど何も見えない。
「馬車から見て左斜め前方から、煙が上がり始めた」
二頭の馬を操作するパルアは、顔を覗かせた俺に向かって告げた。
「戦っているのは間違いないと思う。で、その場所は目的地付近だね」
「早速、トラブルというわけか」
俺は応じながら、周囲を見回す。暗がりながら馬車が街道を突き進んでいるのはわかる。周囲には草原があるのだが……やがて街道は、森の中を突っ切るように進むことがわかった。
やがて目が慣れ始め……その道が正面にある山に進んでいく道であるのを理解する。
「山越えのルートだな」
後方からマクロイドの声。振り向くと、明かりの中神妙な顔つきで俺と目を合わせる彼。
「遺跡は山の中腹だったはずだ……周囲は森ばっかりで人が来るような場所じゃない。だからこそ、遺跡が今まで見つからなかったということもあるが……」
「この道は、どこに続いているんだ?」
「ルファイズの首都ガーグレオンだ。道自体は坂も多くて険しいため、現在は山を迂回するルートが一般的だ」
「とすると、あまり使わない道というわけか」
再度暗がりに目を向ける。そしてパルアが指摘した場所を凝視する。少しして、月明かりにより何かがゆらゆらと動いているものを発見した。あれが、煙のようだ。
「さっきまではなかったから、野営の火とは考えにくいね」
パルアが述べた――直後、今度は山の中腹で発光した。俺はさらに注目すると……やがて、ドォンという爆発音が響いた。
「魔法、だな」
まだ距離があるため音が遅れて聞こえてくる。戦っているのであればすぐにでも行きたいが……馬車の速度が上がるわけでもない。加えてここから山を登る。必然的に速度は下がってしまうだろう。
「焦るな、レン。あの場で戦っている人間は精鋭だ。心配ないさ」
マクロイドが言う。そこで再度一瞥すると、あぐらをかいてどっしりと構える彼がいた。
「ここでジタバタしても始まらない。今は精神を落ち着かせ、戦いに備えるべきだぞ」
「……わかった」
彼のいうことはもっともなので、俺は元の位置に座る。
「何か変化があれば報告しますよ」
パルアが呑気に言う。緊張感のカケラもないような雰囲気なのだが……ここでそれを指摘しても仕方ない。
「相手は、やはりシュウさんでしょうか」
ふとリミナが口を開く。俺はそうだろうと同意するように口の形を変え声を発しようとしたのだが、
「そうだとしても、本人がいる可能性はないだろう」
寸前、マクロイドは断定した。
「聖剣が無いにも関わらず襲ったのは……駐留する騎士に攻撃するためだろう。聖剣が見つかったからといって遺跡調査が終わるわけでもない。だから残った調査隊の護衛を行う騎士を襲った……と、いったところか」
「騎士を?」
俺が問う。それにマクロイドは口の端を歪め、笑った。
「俺がシュウなら、生成できる悪魔を使ってけしかけるな。移送している面々が襲われている事を知れば、残った騎士達も救援に向かうだろう。それを足止めする意味もあるし、なおかつそこに英雄や現世代戦士はいないはず……戦力を、減らせる可能性も高い」
――彼の予想はおそらく当たりだろう。聖剣そのものがないような場所に、シュウが来るとは思えないので、兵力を減らすことが主目的……いや、他に何か目的の物があるとしたら、目があるかもしれない。
色々と思考しながらも、馬車は進んでく。俺としては一刻も早く到着してくれることを願うばかりだった。