表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/596

『彼』は何者なのか

 しばしの静寂――その後、最初に口を開いたのはギアだった。


「……やれやれ、最後の最後でこれか」


 この状況を一言で表すような口上――俺は苦笑し、小さく息をついた。


「相手は消えたみたいだし、ひとまず部屋を調べる?」


 問いにギアは小さく頷いた。そしてリミナはやや不安げに、こちらへ視線を送っている。


「……リミナ、今の俺に答えは出せないよ」


 言うと、彼女は目を伏せ「わかりました」とだけ答えた。


「それじゃあ、気を取り直して調べるか」


 ギアは言うと、率先して中を動き始める。俺は彼の様子を見ながら、部屋をぐるりと見回した。


 廊下と同様に赤い絨毯の敷かれた部屋は、扉から見て両サイドの壁が棚で埋め尽くされていた。さらに扉と反対側の壁際には、書類整理でもするような大きいデスクが一つ。

 棚に目をやる。分厚い本や、巻物なんかが詰め込まれている。


 金目の物はなさそうだが――こういう考え方をすると、なんだか泥棒している気分になる。


「うーん、武器や道具の類はないのか……?」


 ギアは呟きながら、棚から一冊本を手に取る。そこに何か仕掛けられていたら――警告しようとしたが、何事もなくページをめくり始める彼を見て、口をつぐんだ。罠もないようだ。


「ふむ、人間の研究資料だな」

「人間?」


 聞き返しつつ、俺は彼に近寄り横から文面を覗き見る。それは、アーガスト王国の歴史と思われる本だった。


「人間に関する情報を集積させた場所、みたいだな」


 ギアは言うと本を元に戻した。そして両サイドの棚を一瞥し、深いため息をつく。


「怪しそうな場所がわかればいいんだが……」


 見た目上、研究者なら喜びそうな部屋だが……俺達には、魅力がない。


「……ん?」


 その時、リミナが訝しげな声を発した。目をやると、棚を凝視する彼女がいた。


「所々、本が抜き取られていますね」


 言われて、再度棚に視線を送る。確かに指摘されてみれば、何ヶ所か隙間の空いている部分がある。


「先ほどの人が、取りに来たのでしょうか?」

「何のために……というか」


 リミナに応じたのはギア。


「そもそも、あいつはどうやってここに来たんだ?」

「転移術でしょうね」

「ここに直接? できるのか?」

「それほど難しいことなのか?」


 俺が尋ねると、返答はリミナから来た。


「転移術を使用する場合、まず到達地点の場所を明確にしておかなければなりません。その状態で魔力を使い移動する……口で言うのは簡単ですが、かなり大変です」


 リミナは一度言葉を切ると、棚に視線を向けながら続ける。


「私達が街へ戻る場合の転移術と同じ原理ですが……あちらの場合は地上にあることと、街中に魔石を据え置いているので、多少大雑把でも魔石の魔力に引き寄せられて転移できます。しかしここの場合は地中であり、魔力だって土などに阻まれて地上からは判別できないはず……少なくとも、同じことをやれと言われても、私にはできません」

「かなりのことを、やっているわけか」


 感想を漏らすと、リミナは頷いた。


「疑問は他にもあります。彼がここにいたということは、この場所を正確に把握していたということ。現在研究者や勇者がここを攻略している状況で、なぜ彼が知っているのか」

「魔族、という線ならわからないでもないが……」


 続けたのは、ギアだった。


「それだとレンに親しげだった説明がつかない。あいつは人間だろうからな」

「彼が魔族と交流のある可能性は……」

「ゼロじゃないが、魔族が敵である人間と関わりを持つとは……いや、待て」


 ギアはそこであさっての方向に目をやり、何事か考え始める。


「そういえば、あいつのマント……」

「何かあるのか?」

「あいつが着ていたマントの裏地に嫌な刻印が見えた気がした。見間違いかと思って話さなかったんだが……それなら説明がつくかもしれない」

「何を見ましたか?」


 リミナの問い。ギアは彼女に鋭く目線をやると、意を決したように話し出す。


「六芒星の魔方陣と、その中心に十字架の刻印……見間違いじゃなければ『アークシェイド』の奴らだ」

「……なるほど」


 聞き慣れない単語。組織名みたいだが。


「解説しておくべきだな」


 そこでギアは俺に顔を向けた。


「人間の中にも魔族と繋がっている輩が存在する……仲間とかではなく、完全な打算関係だが……そうした組織の一つが『アークシェイド』だ。魔族の依頼を請け、人間の暗殺なんかをしているらしい」


 ずいぶんと物騒な組織だ。けれど、その情報から考えが浮かんだ。


「もしさっきの男性……俺の知り合いっぽい奴が『アークシェイド』だとしたら、魔族から依頼のためここに来たと?」

「そうだ。魔族からの仕事なら、ここに転移できたのも理解できる。遺跡の地図くらいあるだろうからな」


 ギアは言うと、顔を険しいものに変える。


「さっきの奴は、決着を付けるとか言っていなかったか? もしそうなら何かしら因縁があるようだが……」

「さっきリミナにも言ったけど、記憶の無い俺には答えを提示できないよ」

「それもそうか……あ、一つ言っておくが奴と知り合いだからって、お前も組織所属だとか言う気はないから心配するな」

「お気遣いどうも」


 俺が答えるとギアは笑う。


「ま、奴は消えたわけだし、大丈夫だろう。次会ったらみたいなこと言っていたが、それまでに力を取り戻せばいいわけだ」


 楽観的なギアの意見。けれど、俺はそう思えなかった。

 リミナを見る。ギアに同意見なのか、こちらと目を合わせ小さく頷いている。


「……わかった」


 言葉を押し殺した。なんとなく勇者であるため弱音を吐くべきではない――そんな風に思った。


「で、これからどうしようか?」


 話を変えるべく、俺は二人へ尋ねる。


「めぼしい物もなさそうだし、戻る?」

「それも一つの案ですが……」


 今度はリミナが口を開いた。


「なんとなく、上の方が気になりませんか?」

「上?」

「あんなゴーレムが……一体だとは限らないでしょうし」


 確かに、そうだ。俺達はマジックゴーレムを難なく倒せたが、他の面々も同様なのかはわからない。


「もし戻って犠牲者が出ていた場合……寝覚めが悪いですし」

「そうだな。勇者としては、窮地に陥っていたら救うべきだな」


 決定。ギアも俺達に賛同し、来た道を戻り始める。


「はあ、しかし収穫なしか」


 通路を歩いているとギアが愚痴を零す。俺は苦笑しつつ、ふと気になった点を訊いてみた。


「なあギア。この場合俺達が一番乗りになるわけだが……お宝はなし。ということは、こっちとしてはくたびれ損?」

「遺跡攻略レースは完全勝利だが、それだけじゃあ味気ないよなぁ」

「そうだな」


 同意しつつ、先ほどの男性を思い浮かべる。最深部には到達した。けれど、釈然としない心情が渦巻いている。


 なんとかならないものか――考えていると、通路に複数の靴音が響き始めた。大きなこの通路に人影はない。けれど予想はつく。俺達が通って来た通路だ。

 やがて隠し通路のある場所に差し掛かる――そこから、学者らしき一団が現れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ